戦利品の確認
個室が選べる居酒屋に着き、適当に頼んだ数品が届くと祥順はごっちゃりと今日の収穫をテーブルに出した。それを丁寧に一列に並べ、浩和を見つめて首を傾けた。
同じように出せと言っているのだろう。得心した浩和も同じように貰った品々を並べていった。
「では、まず名前がついていない物から」
祥順は一つずつ丁寧に、それが誰から届けられた物なのか、渡してきた人間からどのようなリクエストを受け取ったのか、説明し始めた。
「営業部の丸山さんと金谷さん。いつも同じブランドを二人で用意してくれる。色違いのものが二つあったら二人からのだと判断すると良いです」
面白い選び方をするものだ、と浩和は苦笑する。だが、覚える方からすればそういった変わった選び方をしている人の方が覚えやすい事には違いない。一種のアピールなのだろう。
祥順は次から次へと説明をしていく。必ず同じブランドのシリーズで用意しているという企画の浅井百合。そのシリーズがなくなったらいったいどうするつもりなのか、とくだらない心配をしてしまう。
彼女は企画課の中でも活動的に営業へくっついて出かけていく人だから、毎年選ぶのが面倒なのだろう。ああ見えて可愛い物が好きだと言っていたし、百合自身が好きなデザインという事もあるかもしれない。
それで気に入ったシリーズをずっと買い続けている気がする。
企画課のデザイナー枠にいる湯浅美嘉が選ぶチョコは、彼女らしくデザインの凝ったものばかりだという。これは祥順の説明が後半に回っているだけあって、彼女のサインが書かれたメモが添えてあった。
企画の人間は趣味と実益を兼ねて用意しているようだ。
他にも営業部にある庶務課の事務の女性陣はまとめて用意していたり。あそこは年中忙しく、内勤事務なのに残業が多かったりする為か、殆どの人間が未婚のキャリアウーマン顔負けの仕事の鬼ばかりである。
つまり、選ぶの面倒だからまとめてっていう事にしてしまおうという魂胆が見え見えだ。
浩和からすれば楽だという感想だが、彼女らの内の特定の人から貰いたい人間がいたとしたらこれはとても残念に感じる事だろう。
「――そういえば」
ふと、贈り物の説明を聞いていて気が付いた事があった。
「そちらの女性陣は参加しないんだね」
「ああ、役職付きにしか渡さない事にしたんですよ」
祥順の表情から、その理由が言いにくい事であるとピンとくる。何かトラブルでもあったのだろうか。
「……フリーな人が少なくなりまして、面倒だからと」
「そっちか!」
プレゼントを勘違いしたバカな社員が何かやらかしたのかと思ったら、なんともくだらない理由だった。いや、くだらないと一刀両断するには情報量が少ないと反省する。
「でもそれはどうして」
「ここで話す事が申し訳ないくらい、本当にくだらないんです」
どうやら祥順から見てもくだらない理由らしい。浩和の好奇心が刺激された。
フリーな人間が減った事と面倒だという事に理由がつくというのは不思議な話だ。両方ともに単体でも理由として十分に通用するはずである。
浩和の好奇な視線に苦笑し、問いかけてもいないのに口を開いた。くだらないその話をしてすっきりしたかったに違いないと後に確信する事となる。
「いやいや、それおかしいでしょ」
「本当なんですって」
祥順の話はこうだ。フリーの人間が少なくなり、面倒だという中、一人の新妻が立ち上がった。自分の夫に会社用のプレゼントすべて用意させようというのだ。
彼女が夫に作らせて配布するところまでは、ある種おかしい部分があるにしろ何事もなく終わった。
その後が問題だった。会社で配布するプレゼントの方に気を取られるあまり、己の夫用のプレゼントを用意し忘れたのである。
愛妻の為に、見知らぬ男達への菓子を作った代償が「あ、忘れちゃってた!」である。どれほどその男性がショックを受けた事だろうか。想像に難くない。
元々献身的な人間だという彼は、ショックで寝込んだ。笑い事のように聞こえるが笑い事ではない。本当に寝込んだのだ。
面倒だからという周囲の代わりに面倒を背負った相手が寝込んでしまい、最初の面倒だと感じた以上に面倒な事になってしまった。だいぶ気まずくなった。
急がば回れではないが、何事も急いて――あるいは手抜きして――ゴールを目指すのはよくない結果を生むようだ。
この新妻というのは比奈子の事だった。という事は、つい去年の話だ。その夫はホテルに勤めているシェフで、彼の作った菓子は美味しかったに違いない。
しかし相当のインパクトがあったのだろう。
どんな菓子だったのかは分からないが、比奈子の事後エピソードを組み合わせると「今後はもうやめよう」という気持ちにさせるに十分な威力があった、という事だ。
結局のところ、気まずくなったから、そういう原因になりそうな事をやめてしまおうという方向になった。
事の顛末を知れば、確かにこれはかなりくだらない。比奈子の言葉に甘えた人達も人達だが、比奈子も比奈子だ。
互いに想像ができなかったのだろうか。と思うものの、それを口にする気にならなかった。
「綾瀬さん、優しすぎるんですよね。それが彼女の美徳でもあるんですが……」
「それがある意味すごい効果を生んだって事か」
こういった時間やお金がかかる、意味を見い出せない義理と惰性で続いている行事は縮小傾向にある。大手企業は年賀状を禁止する、といった行事に関わる手間を省き始めている。
この手の行事物は一長一短である。互いにより良い関係を築いていくきっかけになれば良いが、ただ片方の欲求を満たすだけであったり、両方を疲労させるだけの行事になったりしてしまえば本末転倒だ。
浩和は祥順に指示されるがままに分けたチョコ達を見つめた。いつかはこれも減っていくのだろうか。寂しい気もするが、手間が省けるのは喜ばしい。
もったいないと思うのだ。ほとんど心のないものを渋々用意するならば、その時間とお金を自分自身もしくは家族の為に使った方が充実した人生を歩めるに違いない。この行動を好きでやっているならば、それはそれで良いと思うし文句もないが。
「そのまとまりはチョコを返すと喜んでもらえます。こっちのまとまりは焼き菓子。
あと……こっちは特殊なのでメモしますね」
祥順がすらすらとメモ帳にペンを滑らせていく。下に視線を落としているせいでいつもよりはっきりと見えるまつ毛。機嫌が良さそうに口角の上がった唇。
彼はこの作業をどんな気持ちで毎年繰り返しているのだろうか。そんな事を考えている内に、ノートはメモで埋まっていった。
2018.11.11 誤字修正
2023.10.29 加筆修正




