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書類不備です。  作者: 魚野れん
おひとり様、二人で年末年始を過ごす
22/210

酔っ払いと優雅な朝

 結局祥順だけではなく浩和も酔いが回ってしまった。二人は祥順の家で転がって笑い合う。途中、不思議な光景を目にした気もしたが、浩和はそれどころではなかった。

 目の前で笑っている、この可愛らしい生き物を家まで連れ帰る事に集中していたのだ。足下がふわふわしていると感じるくらいには酔っぱらっている浩和では、気を抜けば祥順と一緒に倒れてしまう。

 酔い醒ましほどのインパクトはないが、それなりの労働であった。おおよそ一週間ぶりに見る彼の部屋は、多少ちらかってはいるものの、許容範囲である。


 酔っぱらっているから汚くても転がれた、という訳ではない。祥順にしては、片付いていたのだ。一瞬女の影、という単語が浮かび上がったが、いないと彼は今夜も言っていた。

 祥順が現状維持を心がけているのだと分かり、嬉しくなる。


「帰ってすぐ、あなたと転がる時がきたんですねぇ」

「俺も思ってはいなかったよ」


 祥順は意味もなく感慨深そうに言う。既に言葉が足らず、何となくニュアンスで会話しているようなものだ。それでも楽しそうな雰囲気を出してまったりと笑う彼に、浩和は手を伸ばした。

「もう寝た方が良いけど、どうします?」

 わしゃわしゃと彼の髪をかき混ぜれば、珍しくけらけらと笑う。かき混ぜている手を祥順の両手が押さえた。


「お風呂はいって寝まーす」

「大丈夫なの」

「だいじょーぶ」


 すくっと立ち上がった祥順はそのまま近くに放ってあった服を手にして風呂場へと向かう。意外にも足取りはしっかりとしていた。

 それでも心配な浩和は脱衣室で、途中で変な音がしないか耳を傾けていた。シャワーを浴びて多少アルコールの抜けた祥順が彼を見た時、さすがに首を傾げた。

「どーしたんです? こんなところで」

「カジくんが倒れても大丈夫なように、念のため……はは」

「俺、そんなにヤワじゃないですよぉー」

 ふふ、と笑いながら浩和の目の前で体を拭き始める。ほっそりとした体だった。あまり筋肉もついていなさそうな、なめらかな腹部を見ていれば、文句が上がる。


「筋肉つけるの苦手ぇ」

「ジム通えばすぐだよ。

 通わなくても、ある程度続けられれば結果はでるし」

「んー……」

 祥順は勝手に浩和のワイシャツをスラックスから引き出し、中に手を入れた。距離感掴めず、突然接近してくるあたり、本当に猫に似ている。

「めっちゃ割れてる」

「いやいや」


 風呂上がりのせいかしっとりと暖かな手が浩和の腹筋を撫でていた。酔っぱらいに何を言っても無駄なのは分かっている。こんなふざけた会話、高校生の時にだってした事がない。いや、しているのを聞いた事はあるか。

「こうなりたいなら、俺が指導しましょうか」

「うん」

 ひとしきり人の腹筋を撫でて満足したのか、すっと手が引かれた。熱源が離れて少しひんやりとした空気が代わりに入ってくる。その寒さを誤魔化すように近くに干してあった祥順のスウェットを手に取った。

 浩和には少し小さいが、こういった突然の泊まりの時には祥順のものを勝手に借りる事にしている。もちろん本人も了承済みだ。


「シャワー借りますね」

「ん、どうぞ。俺も見張っておきますー?」

「いや、寝てください。大丈夫ですから」

「んふふー、おやすみなさい」


 ゆらゆらふわふわとした足取りで自室へと祥順は戻っていった。部屋までいきつくのを確認してから浩和は服を脱ぎ始める。

 熱めのシャワーを浴びながらぼんやりとした思考で、あのひょろっとした体をどう鍛えていくべきか考えていた。




 思ったよりもすんなりと目覚めた。浩和は、酔いが回った割には飲んでいなかった事を思いだし、それと同時に昨日は大した事がないと思っていたものが、実は重大な事だったという事に気が付いた。

 半年近く前に別れた女性が、クリスマスに見知らぬ女性と連れ立っていた。彼氏はどうした。クリスマスなのだから、普通は自分を見限る原因となったであろう男と一緒に過ごすはずなのではないか。


 今更ながら複雑な気持ちが次々と浮かんでくる。昨晩までの、ほのぼのとしたあたたかな気持ちは掻き消えてしまった。浩和は小さく息を吐く。暖房を切っていた部屋は肌寒く、小さく吐いた息は白くなった。

 腕時計の秒針が奏でる音に耳を傾け、気持ちをリセットする。これからやるべき事は決まっていた。祥順との朝食を用意する事と、この部屋を少しだけ片付ける事である。


 頭の中から完全に彼女の存在を消し去り、黙々と片付けを行う。綺麗にしようと祥順が努力していたせいか、片付けは早々に終わってしまった。

 時計を見れば、朝の七時。そろそろ祥順を起こしても問題ない頃だ。そう思ったものの、浩和は彼の自室を覗き込んで、その気持ちが減ってしまう。

 寒くないのだろうか。祥順は掛け布団を抱き枕代わりにして眠っていた。もう少しだけ、良いか。規則正しい寝息を聞き、浩和はそっとドアを閉じた。


 リビングのソファに座り、スマホをいじる。今週の外貨の終値を確認し、ついでにチャートも見る。年末に向けて、全体的に値が上がっている。円安になった方が良いとは一概に言えないが、FXにおける現状の投資的には嬉しい事である。自分の所属している会社的に言えば、できれば円高の方が嬉しいが。

 そんな事を考えながら株価の確認をする。浩和が持っている株の方は、長期運用を目的としている為、大きな変化以外はあまり気にしていない。特に代わり映えもしない結果になっており、買い足すべき株もなかった。


 そうして時間を潰し、七時半を迎えたところで朝食の準備を始めたのだった。フランスパンをエッグベネディクト風にアレンジしたものを考え、冷蔵庫を漁る。卵とベーコンがあった。

 個人的にはサーモンも捨てがたいのだが、あいにくと祥順の冷蔵庫には入っていなかった。


 浩和はまずポーチドエッグの準備をしながらソースを作り始めた。ソースといってもそんなに難しいものではない。卵黄にマヨネーズや塩胡椒、バターを加えてかき混ぜるだけだ。好みでレモン汁を入れるのだが、この家にはレモン汁がなかったのでなしとする。

 ポーチドエッグが少し面倒ではある。この準備としては酢と塩を加えた熱湯を作る事だ。そして卵をゆでるところからが本番である。


 沸騰したのを確認したら弱火に変え、菜箸を使って渦を作り出す。この渦を保った状態で、卵を流し入れるのだ。あらかじめ口のついた器に卵を割っておき、流し入れるのが楽だ。流し入れたらすぐに菜箸を動かして渦が消えないようにする。そうしていると流し入れた卵が竜巻の中央でくるくると回転しながら丸くまとまっていく。

 形が整ったら数分放置する。この間にトーストし、ベーコンを用意する。ここまでできたらもう完成は目の前である。


 浩和は流し込んだ卵の形が整ってきたところで祥順を起こした。卵は二つ作らなければならない。一つめは自分用にする。彼がここに現れる前にもう一つのポーチドエッグを用意するのである。そうすれば祥順は出来立てを食べることができる。

 昔、紗彩(さあや)に食べさせる時もこうしていたし、紗彩が作ってくれる時もそうだった。懐かしい気分と昨日の出来事、これからの良い気分と混ぜこぜになり、再び複雑になる浩和であった。

2020.5.27 誤字修正

2023.9.23 一部修正

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