おひとり様流クリスマスの過ごし方
「あれ?
うちの部署が頼んだのってカジくんだったんですか?」
比奈子へと頼んでいた上役は既に帰宅したらしい。彼の代わりに待っていたのは浩和だった。
「いえ、綾瀬さんだったんですけれど、せっかくのクリスマスですし私が手伝って仕上げました」
もちろん彼女は定時で上がっていきましたよ、と付け足せば浩和はほっとした表情を浮かべる。
「このタイミングで申し訳ないと思っていたから、カジくんには悪いけど助かりました」
二人で顔を見合わせ、新婚さんにはやっぱりクリスマスくらいゆっくりしてほしいよね、と笑い合う。集計に使った書類を渡し、完成したデータの場所を告げるとすぐに浩和はチェックし始める。
チェックといっても総数や種類の確認であり、すぐに集計結果の表だけを印刷して手元に持ってくる。
「これで来年頭に景品配布できるな。 カジくんが手伝ってくれたおかげで思っていたよりも早く上がれます。
ありがとうございました。
もう少し、つきあってもらえると助かったりするんだけど――……この後、どう?」
祥順は首を傾げた。
浩和に連れて行かれた祥順は、店内に一歩踏み込むと同時に動きを止めた。クリスマスという時期に男二人ではなるべく避けたい場所である。
「完全予約制で、しかも予約キャンセルできないんだ」
「本当に俺でいいんですか」
「いいのいいの」
軽い調子で答える浩和は先に行ってしまう。
彼女と来るつもりで予約を入れていたのだろう。彼女と別れなければ、今日プロポーズするつもりだったのかもしれない。
残念ながら彼の目の前にいるのは、彼女に振られて傷心の際に仲良くなった同僚である。
「別れる運命にある女性と一緒に食べるより、これからもずっと仲良く生きていけそうな友人と一緒に過ごした方が幸せだと思わないか?」
どうやら浩和の心の中には「あの後ろ姿を見かけなかった」としても彼女との未来はなかっただろうという確信があるようだ。単に「もし、~でなかったら」という思考がないだけかもしれないが。
落ち着いた雰囲気の室内で、クラシックが流れている。ピアノだけで、オーケストラではない。店内を見渡せば、ピアノは生演奏だった。
「一度はここでロマンチックに過ごしたいと考えていたんだ。
今日のお礼といつもの差し入れって感じで楽しもう」
そう言って浩和は食前酒として出されていたワインを口に含んだ。確かにロマンチックだ。祥順はそう思ったが、それと差し入れを楽しむのでは真逆ではないのか。
これを自分の都合が良いように解釈すると「俺が君とここで楽しく過ごしたい」となる。これは同性の方が恥ずかしい。
「差し入れにしては、すごく豪華ですね」
「いや、カジくんの可愛らしい差し入れに込められた真心には負けるよ」
照れくささを隠すように言えば、浩和がクサいことを言い出した。ワインを飲もうとしていた祥順がむせると浩和は笑った。
フレンチのフルコースらしく、前菜から始まり結構なボリュームだった。
「綾瀬さん、今頃旦那さんとゆっくりできてるかな」
祥順の呟きに浩和が答える。
「旦那さんが半休とってて豪華なディナーを作ってくれるとか、俺に自慢してたよ」
「すごいですね!」
ホテルでシェフをしているという彼女の夫は、かなりの愛妻家のようである。新婚とはいえ、ホテルに勤めておきながらクリスマスで休みをもぎ取るとは、簡単にできる事ではないだろう。
きっと、そういう事をやってのける彼の優しさに比奈子は惹かれたのだ。
「俺も気がきいて優しくて、甲斐性のある男になりたいですね」
「はは、俺もそうなりたいよ」
幸せそうな二人を想像しながら、男二人は笑う。男二人、恋人のいない同士であるが寂しさはない。綾瀬夫妻が羨ましいとも思わなかった。
「俺は、そんなに怖いですか」
「この前一回だけ、何とかしてくれと泣きつかれた事はありましたよ」
祥順はそこまで飲んでいないにも関わらず、ほろ酔い状態になっていた。珍しい、そんな風に思っている浩和もまた、日頃の疲れのせいか、酔いが回り始めている事を自覚していた。
「俺は、人間らしい一面だと思って見てましたけど、確かに話しかけにくいとは思いました」
「……すみません。俺、忙しすぎるとどうにもオーラが変わっちゃうみたいで。
でも、そうしないと次から次へと話しかけられてしまって仕事がぜんぜん進まないんですぅ」
口を尖らせてワイングラスを揺らす男は、浩和だけがよく知る祥順の可愛らしい一面だった。仕事中の淡々とした姿からは、万能なロボットだと言われても頷いてしまいそうなほどだ。
そんな彼の見せるユニークで子供じみた一面はアンバランスな部分であり、このアンバランスさが仕事中の生真面目さとバランスを取っているようでもある。
「そういう時は、差し入れしたりして教えてあげるよ」
「嬉しいけど。正直に言えば、本当に嬉しいけど。俺はあなたの仕事を妨害したくない」
「全体の効率が良くなれば、仕事の妨害にはならないでしょ。
カジくんが何でもできるから、ついみんなも頼りたくなってしまうんだろうし」
ぐるぐると思考の渦に身を任せている祥順は、浩和に頼る事を肯定しつつも足かせになりたくないと反抗する。浩和からすれば、互いに不足している部分をフォローし合うだけで、一方通行の行為でもなんでもない。
全く正常な思考になっていない。だからこそ、普段理路整然としている男のぐだぐだ感が面白い。
「そうだ、この前滝川さんに似てきたって言われたんです。
少しはできる男になってきましたか?」
「元からできる男だと思うけど」
「俺は、滝川さんみたいに気配りとかできないから」
デザートのティラミスをつつきながら、視線を落とす。頑張り屋の彼は自己評価が低めのようだ。元来、控え目な性格なのだろう。完璧になろうと、もっと上を目指そうとするくせに、そこまでの達成度に対して評価をしない男だ。
祥順に「よくここまでがんばった、また次の段階までがんばろう」そんな考えはない。彼の場合は「まだまだ次の段階が残ってる、やらないと」といったところか。ストイックにも見えるが、これではいつか潰れてしまうだろう。
浩和がよく差し入れをして“ご褒美”の休憩を入れるように、こっそりとコントロールしているのはそれを気にしているからである。
「どうやったら、俺は滝川さんみたいになれますかぁ」
「少し力を抜いて周りと接するのも、必要かもね」
「仕事でも?」
「そう。余裕のない雰囲気とかって伝染するから」
努力してみます、そう小さく呟いた彼は、ようやくティラミスを口に運ぶ。前にも似たような話をしたな、と思い出す浩和の目の前で、つつかれて少しだけかわいそうな姿になっていたティラミスがどんどん減っていく。
「甘過ぎなくて、ほろ苦くて、好き」
ほう、と息を吐いてゆるりと笑みをこぼした。妙な高揚感が浩和の中に広がる。これは浩和だけの特権だね。そう、耳元に甘い声がささやいた。
急にのどが渇いた気がして、浩和は手元に残っていたワインを飲み干した。
2023.9.23 一部修正




