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書類不備です。  作者: 魚野れん
猫被りの為のメソッド

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聖人千誠様の作る病人ご飯

 うとうととしては喉の渇きを覚えて目覚め、水を飲んではまたうとうととする。そんな事を繰り返していると千誠からの着信があった。マナーモードにしてあった為、最初は何の振動だか分からなかった。

 が、着信だと気付いて慌てて通話をオンにする。千誠からの電話は今がお昼時である事、少し手を加えれば昼食が食べられる事、体調の確認等が主な目的だったらしい。


 穏やかな声が寛茂の耳を癒す。寛茂を心配し、不安がらせないように気を遣ってくれているのだろう。ありがたいし、この上なく幸せな事だった。寛茂は少しだけその余韻に浸ってから昼食を取る事にした。

 小さな具がトッピングされているごはんは彼の言う通り、少し少なめだった。多分大丈夫だろう、と用意してくれていた水を加えた器に溶き卵を一つ追加した。確か、適当にレンチンと攪拌を繰り返せばできたはず。寝込んでいて頭がいまいち働いていない気もするが、と寛茂は電子レンジの中でふつふつと泡を立てる様子を見つめた。


 具は多分、シイタケとダイコン、ニンジンだ。ただの卵とご飯だけの粥でも良かったのに、少しでも栄養が摂れるように工夫してくれたようだ。朝の短時間で寛茂の為にここまでしてくれるなんて、本当に千誠の人柄を尊敬してしまう。

 器から泡があふれそうになっているのに気が付き急いで電子レンジの扉を開ける。加熱が止まり、外の空気が流れ込んでその泡がしぼんでいく。泡というか、米つぶか。

 変なスリルでどきどきとしながらかき混ぜる。その頃にはすっかりと意識は覚醒していた。


 溶き卵の溶き方が雑だったのか、白い部分ができてしまっている。まあ、食べられれば良いか。千誠が見るでもないし、自分だけの食事だしな。寛茂はざっくりとかき混ざったそれをもう一度温める。

 今度はもう少し時間短くしよう。数十秒ごとにかき混ぜては温め、という行為を数回繰り返し、ようやくお粥ができあがるのだった。


「……んまっ」


 だしが効いてる。ここに入ってるシイタケだけでは出せないだろう。さすがにこのトッピングに味が付いていたからといっても、ここまでの味が出るとは思えない。

 もしかしたら、千誠が水だと言っていたあれは水ではなく調味液だったのかもしれない。


 想定外のおいしさに寛茂の口元も緩む。何でここまでの心遣いができるんだろう。彼は聖人でもあるのだろうか。

 だとしたら、寛茂が千誠に対して劣情のようなものを抱いてしまったあれは最悪な出来事の一つになるだろう。万が一気が付かれたり知られてしまったら、もう生きていけないかも。寛茂はそう考えて、一人身震いした。

 それなりにまじめな考えを持っている寛茂は、今後は誤作動しないように気を付ければ良い、と簡単に考えて気楽でいられるような人間ではない。自分の失態を反省したり、千誠が自分の為だけに用意してくれたお粥を味わっては幸せな気分になったりとある意味忙しい昼食を取るのだった。




 ある程度腹が満たされると眠くなる。それは普段よりも強い欲求だった。体調が芳しくない、というのが大きな原因だろう。寛茂はベッドへ横になるなり、すうっと意識が遠のいていったのは仕方のない事だ。

 次に目が覚めたのは、日が傾きかける頃だった。何だかじっとりと汗ばんだ不快感に起こされた。不快感が示す通り、寛茂の着ているシャツは湿っている。

 シャツが湿っているだけで、寛茂の汗は引いている。シャワーを浴びたいという欲求を満たす為、体温を測る。結果が良ければシャワーを浴びる口実になる。

 ――と、思ったのだが。


「ええ、上がってる……」


 熱は下がるどころか上がっていた。もしかしたら、汗にできるだけの水分が足りなくなっただけかもしれない。寛茂は腹がたぷたぷになるくらいにスポーツ飲料水を飲む事にして、シャワーを諦め着替えるだけにする。

 本当は濡れタオルで体を拭いたいところだが、そこまでの気力はなかった。熱が上がっているという事実を認めただけで疲れてしまったのだ。


「明日、仕事……うーん」


 ばたりと力なくベッドへうつ伏せに倒れ込んだ寛茂は、千誠が帰宅するまで束の間の眠りについたのだった。




 千誠に起こされたのは七時過ぎで、既に夕食の準備が済んでいた。

「眠っていたから、まだ体調が良くないのかと思ってキノコ雑炊を作ったよ」

 寛茂の部屋に彼が入ってきた途端、シイタケの香りとバターの甘い香りが漂ってきた。珍しく、スーツ姿にエプロンである。普段は私服に着替えてから料理するのに、と不思議に思ってから気付く。

 千誠は寛茂の体調不良を優先してくれたのだ。


「栗原さん、おかえりなさい」

「……熱、測って」


 ただいまという言葉の代わりに出てきた言葉はやはり寛茂優先のようだ。うまく働き始めていない脳味噌を無理矢理起こして体温を測る。

 寝過ぎたのか、やけに体が重く感じられたが熱は少し下がっていた。と言っても、昼時よりは高めだったが。


「様子を見て、明日も休んだ方が良いかもしれないな。まあ、とにかく食事だ」

「すみません」

「構わないよ。それにヒロは他の人よりも病気で休んでいないし、むしろこういう時に休まないと損じゃないか?」


 なにが楽しいのか、千誠が笑う。のっそりと立ち上がった寛茂は千誠の後を追って食卓に着いた。


「ほら、何とかは風邪ひかないって言うだろ。良かったな。これで馬鹿という称号から卒業だ」

「さりげなく馬鹿にしてるっす……」


 口を尖らせて眉を下げ、大げさにショックだと示す。だが、千誠なりのフォローだと分かっているから気にしない。スプーンでキノコ雑炊をすくう。キノコ雑炊は梅干し入りだった。

 バターの香りが強かったから、てっきり完全洋風かと寛茂は思っていたがどうやら違うらしい。一口、口に含むと白だしとバターだけではない味がした。洋風っぽい風味である。


「白だしとバターですか?」

「いや、白だしは隠し味でメインはコンソメスープの素を使っている」


 そんな組み合わせ、ありなんだ。元気になったら作り方を教えてもらおう。そして千誠が体調不良になったら、今度は自分がこれを作ってあげるのだ。

 寛茂は自分の具合を忘れておいしいキノコ雑炊に舌鼓を打った。

2024.2.22 一部加筆修正

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