第四章 自由研究、どうしよう?
行くときと逆の方向だったので、帰り道は下り坂ばかりだった。そのため、三人は行くときの半分ぐらいの時間で、智子の家に帰り着いた。
智子の家は大きな農家であり、たくさんの田畑や果樹園をもっている。そして、智子の家には母屋のほかに、蔵や納屋やガラスハウスが並んでいる。
自転車に乗って帰ってきた三人は、ちょうどガラスハウスから出てきた、智子の祖母の郁子と顔を合わせた。郁子は、「おかえり」と三人に声をかけると、そのまま納屋のほうに歩いていった。
◇ ◇ ◇
智子の服は、夏の日射しと、下り坂で吹きつける向かい風のおかげで、すっかり乾いていた。吉清も伸行もそんな感じだった。
太陽はやや西に傾き、ヒグラシゼミの鳴き声が響き始めていた。
「なぁ……」
伸行が、母屋の玄関前に自転車を停めながら、口を開いた。
「やっぱり、トモコも見たんだろ?」
智子が、少しだけ伸行の方を見ながら返事をした。
「うん……見た。ゆうれいかはわからないけど」
三人で、母屋とガラスハウスの間の通路を歩き、広い芝生の庭に出た。庭の向こうには緑色の稲の田んぼと、背が伸びてきたサトイモの畑と、西陽に影を伸ばしてきたリンゴ畑がひろがっている。
「でも、科学的にかんがえると……」
吉清が、濡れ縁(庭から戸を開けずに座れる縁側)に座り、まるで先生みたいな口ぶりで続けた。濡れ縁の上には、郁子がさっきまで使っていたのか、まだ蚊取り線香のついたままの蚊やり豚が置かれていた。
「雨でできたキリとか、木のかげからもれた光とか、目のさっかくとか……そういうかのうせいのほうが高いと思う」
濡れ縁に座らず、立ったままの伸行が言い返す。
「さっかくで体がつめたくなるかよ! せなかがゾクゾクッてしたんだぞ!」
「人間って、こわいと思ったしゅんかんに、体温が下がるんだってさ」
吉清が、くいっとメガネを指で持ち上げながら言う。いつもの癖だった。
「りくつっぽいんだよ! ヨッシイは!」
「ボクの、とくいわざだから」
伸行と吉清が、徐々にいつもの明るさを取り戻してきた。その二人のやりとりを聞くと、智子は少し安心してきた。
智子は置き石に靴を脱いで、大きく足を上げて濡れ縁に登った。網戸を引いて廊下を歩き、台所に行くと冷蔵庫を開けた。
……自分も見た。たしかに白いかげがいた……でも、あれがなんだったのか、わからない……
智子はそう思いながら、三人分のアルミ缶入りの炭酸飲料を左腕に抱え、冷蔵庫を閉じた。
智子は濡れ縁に戻り、二人にアルミ缶を渡した。プシュッと小気味のいい音を立てて栓を開け、口に当てて傾けると、喉に爽やかな味が広がった。
智子は、靴下のまま吉清の隣に腰を下ろし、少し日焼けした足をぶらぶらさせながら言った。
「もしほんとにゆうれいだったら、あのたきって……なにかあるんじゃないかなぁ」
喉を鳴らしながら炭酸飲料を飲んでいた吉清が、ちらりと智子を見た。
「なにかって?」
「うん。たとえば、あの小さな石の塔……あれって、やっぱり、お墓とか、人をくようするものなんじゃないの?」
ザワッ。
広い芝生の庭の向こうに広がる田んぼの稲とイモ畑の葉と、リンゴの木の枝が、不意に強く吹いた風に音を立てて揺れた。その音が不自然に大きく聞こえて、三人はしばらく口をつぐんだ。
少しの沈黙の後、炭酸飲料を飲み切った伸行が、無理に元気な声を出した。
「……な、なぁ! それよりさ、じゆうけんきゅう、どうする? こんなの、先生にていしゅつできないだろ!」
その言葉に、智子と吉清は、思わず顔を見合わせた。
「……そうだね、トモちゃんのはいいけど」
「ヨシ君たちのは、むずかしいね」
「だよな。『川のはじまりは、ゆうれいのでるたきでした』なんて、かけるわけねえよ!」
冒険のワクワク感、そして少し不思議で怖い場所を見つけたスリルが、三人の心の中で、急に現実に押しつぶされてしまった。
夏休みは、あと一週間と少し。これから、別の自由研究のテーマを見つけるなんて、とてもする気にならなかった。
吉清がぼそりと言った。
「……ボクらも、川の生きものをしらべたってことにするしかないな」
「でも、それじゃトモコが困るんだろ」
伸行が智子をちらりと見ながら言った。智子は小さくうなずいた。
「だから念のため、だいめいだけ変えとこうぜ。たとえば『水の流れるところの生物をしらべた』とか」
吉清が呆れた声をあげた。
「……それ、トモちゃんの『クルミ川の生き物調査』と、なにがちがうんだよ」
「文字だけ変えれば、へいきだって!」
「もうちょっと、ひねろうよ」
智子は、二人の会話を聞きながら、遠くを見ていた。自由研究をまとめるとき、何の絵を描けばいいか、ぼんやりと考え始めていた。
「ところで」
吉清が、智子の顔を覗き込んできた。
「トモちゃん、いつ、かみがた、変えたの?」
「えっ?」
智子は、自分の髪の毛を触った。いつもの、左右の耳の上で留めている髪の毛がほどけて、肩までのセミロングになっていた。
「あっ!」
智子は思い出した。
髪の毛をタオルで拭いたとき、「髪留め」を岩の上に置きっぱなしにしてしまった。あの雨宿りをした岩陰のところだ。
「『髪留め』、あそこにおいてきちゃった!」
あの白い影のことにばかり気を取られて、うっかり忘れてきてしまった。




