44・転生ものぐさ皇妃と前世の邂逅
通路は大人二人では厳しいが、レシェフモートとガートルードならどうにか並んで通れるくらいの幅だ。しかし長身のレシェフモートでもつっかえない高さがあるのでさほど圧迫感はない。
外の光がまったく入らないのにぼんやり明るいのは、数メートル間隔で壁に埋め込まれた照明の魔法道具のおかげだ。隠し通路は他にもあるだろうから、きっと膨大な数になるはずで、魔石の主要産出国である帝国の力を思い知らされる。
「ここからは階段だ。足元に気をつけろ」
何度かの分岐の後、アンドレアスが一旦止まり、忠告してから突き当たりの階段を下りていく。
レシェフモートと共に後を追いながら、ガートルードはやや拍子抜けしたような気分だった。隠し通路というものはもっと入り組んだ、複雑な迷路のようなものだと思っていたのだ。
しかしよく考えれば、隠し通路を使わざるを得ない時とは、基本的に命の危機が迫っている時である。悠長に迷路を踏破するような余裕はないだろう。
(……なんなのかしら。この感じ……)
かつん、かつん、と三人分の靴音が響く中、ガートルードはなんとも言えない違和感を覚える。地下へ進むにつれ空気はひんやりしていくのに、まとわりつく空気がどこかねっとりとして生温かいような……。
その違和感はアンドレアスが階段を下りた先の両開きの重厚な扉を押し開け、前世の中学校の体育館ほどはありそうな空間がぽっかりと現れた瞬間、最高潮に達した。ドーム状の高い天井の頂点にステンドグラスが嵌め込まれた空間は神殿や教会を連想させ、荘厳さと神聖さを醸し出しているのに、満ちた空気はなぜかひどくまがまがしい。
奥の壁際の祭壇に安置された黄金の棺を中心に、右側に三つ、左側に二つ並ぶ、帝国の紋章が彫られた石の棺。きっとあの中に歴代皇帝の遺体が葬られているのだろう。
すぐ近くに遺体があるがゆえの、本能的な忌避感のせいなのか。前世でも親族の葬儀に参列したことは何度かあったが、こんな空気を感じるのは初めてだ。
「ここが皇帝廟だ。初代から俺の父まで、五人の皇帝の骸が眠っている」
アンドレアスが祭壇の前で振り返った。
てっきりそこに安置された黄金の棺が初代皇帝のものかと思ったら、初代皇帝の棺は向かって右側の一番奥だそうだ。その棺だけ金糸で刺繍された紅色の細長い緞帳がかけられている。
(……帝国って、確か帝国と名乗りだしてからまだ百年よね)
百年の間に五人の皇帝が亡くなって交代しているというのは、少し多いような気がする。帝国創成期は皇帝自ら出陣することもあっただろうが、少なくともアンドレアスの父や祖父の代では、命を落とすような戦はなかったはずだ。
(じゃあ、みんな病死? 癌家系とか、心筋梗塞とか脳梗塞を起こしやすい家系だったりするのかしら)
考え込んでいると、アンドレアスは黄金の棺をてのひらで示した。
「これは『不朽の屍櫃』。帝国の前身であるアダマン王国から伝わる宝物だ」
「お一人で近づかれませんように」
レシェフモートが厳しい表情でガートルードの手を握り込んだ。
「奇妙な魔力を感じます。世界と反発し合うような」
「さすが神使だな」
アンドレアスが翡翠色の瞳を見張った。
「この『不朽の屍櫃』はアダマン王国の三代目……今からざっと七百年前、当時の王のもとに流れ着いた魔法道具職人が、助けられた礼に献上したものだと伝わっている。なんでもその職人は王宮の学者も知らぬ言葉を話し、誰も見たことのない衣装をまとい、誰とも違う容姿をしていたとか」
その職人はアダマン王国に骨を埋めたが、王国の言葉を操れるようになった晩年、自分は異なる世界から迷い込んできたのだと家族に語ったという。
「異なる、世界?」
どくん、と心臓が胸を叩いた。異なる世界からやって来た者ならここにもいる。魂だけで、肉体はこちらの世界のモノだが。
(……もしかして、わたし以外にもこの世界に転生した人がいるの?)
その職人は明らかに異なる容姿の主だったそうだから、生きたままこちらへやって来た……転生というより転移と呼ぶべきかもしれない。でも、異なる世界の出身という点では同じだ。
「我が女神」
レシェフモートがまた手を強く握ってくれる。その温もりを今ほどありがたく感じたことはない。
なにがあろうと、ガートルードが何者であろうと、レシェフモートだけはそばにいてくれる。
「ありがとう、レシェ」
ガートルードは微笑み、レシェフモートと手をつないだまま『不朽の屍櫃』に歩み寄った。
言われてみれば、黄金の棺からは通常の魔法道具とは違う魔力を感じる。具体的にどう違うのかと問われても説明しがたいのだが。
「『不朽の屍櫃』は、中に収めたものを時間経過による劣化や衝撃による損傷など、ありとあらゆる変化から守る魔法道具だ。すなわちこの中に収めたものは、取り出されない限り永遠に同じ状態を保ち続ける」
アンドレアスが『不朽の屍櫃』を見つめながら説明する。永遠に同じということは、もしや『不朽の屍櫃』の中に入っていれば不老不死になれるのだろうか。
「中に入れられるのは命なきモノのみ、という制約があるゆえ、残念ながら不老不死は不可能だがな」
アンドレアスは先回りして苦笑を浮かべた。ガートルードに限らず、誰しも一度は同じことを考えるのだろう。
「では、こちらはなんのために作られたのでしょう?」
「かつてのアダマン王国では、王の遺骸を安置するために使われていたそうだ。……安心せよ、帝国にそのような風習はない」
ガートルードがぎょっとしたのを見て、アンドレアスはまた苦笑する。
なんのために遺骸を保存しておくのかと思ったが、前世の古代でも『死後の世界で復活するための肉体を残しておく』という理由でミイラが作られていた。アダマン王国にも似たような風習があったのかもしれない。
「俺は貴方のもとへおもむく前に、この中にあるものを隠した。ガートルード皇妃、貴方にはこれに封印を施してもらいたい」
「封印?」
「『不朽の屍櫃』には封印を施せる。一度封印された『不朽の屍櫃』を開けるには、封印時に設定した暗号を打ち込まなければならない」
暗号。打ち込む。
妙な既視感を覚えさせる言葉に、ガートルードの胸はざわめく。
「そして『不朽の屍櫃』を開閉できるのは、ソベリオンの皇族のみだ。これは血族のみならず、婚姻により皇族に迎えられた者も含まれる。すなわち、貴方も」
「ならば、皇后陛下でも良かったのではありませんか?」
なにを隠したのかは知らないが、ヴォルフラムを守るためだというのなら、母親でもあるコンスタンツェの方がふさわしいだろう。
首を傾げるガートルードを、アンドレアスは真剣な表情でじっと見つめた。
「貴方でなければ駄目なのだ、ガートルード皇妃」
「……なぜ?」
「貴方は破邪の力を持つ女神の愛し子であり、シルヴァーナの王女であり、皇族でもありながら帝国にはなんのしがらみもない。……それに……」
切なそうになにか言いかけ、アンドレアスは首を振った。
「……いや、やめておこう。これ以上貴方に負担をかけたくはない」
「超、……陛下……?」
「さあ、前置きはここまでにして始めようか。あまり時間がない」
アンドレアスは祭壇に埋め込まれた大粒の翡翠に触れた。そこを起点に祭壇の緻密な模様に光が走り、がこん、と黄金の棺のすぐ横の壁がせり出してくる。
出現したソレに、ガートルードは今度こそ言葉を失った。
(これ……、見たこと、ある)
記憶の中にあるソレは金ぴかでも、色とりどりの宝玉がちりばめられてもいなかったけれど、間違いない。
分厚い三角に結んだおむすびを倒したような、ころんとした特徴的なフォルムは、前世のガートルードがまだ幼稚園児だったころ一世を風靡した、ディスプレイ一体型のデスクトップパソコンそのものだった。




