21・新たな王配候補の陰謀(シルヴァーナ王国サイド)
唯一の皇子ヴォルフラムを生かすため、シルヴァーナの王女を生きたお守りとして寄越せ。皇帝アンドレアスの申し出は、要約すればそういうことだった。
当然、非難が噴出し、帝国に宣戦布告すべきだと主張する者まで現れた。しかしクローディア女王は苦悩の末、妹の第四王女フローラを差し出すと決めたのだ。苦渋の決断だっただろう。
しかしフローラは帝国行きを逃れたい一心で取り巻きの侯爵子息と密通し、身ごもってしまった。代わりに帝国へ差し出されることになったのが、第五王女ガートルードだったのだ。
たったの六歳で家族からも故郷からも引き離される少女に、さすがのモルガンも憐憫を抱いた。しかし二度と故郷には関わらないはずの王女が、王国に大きな衝撃をもたらしたのである。
『ガートルード王女が女神シルヴァーナ様から神使を賜った!?』
帝国への道中、シルヴァーナ神殿の付近にて、ガートルードはとつじょ神域に招かれ、女神の使い……神使を賜ったのだという。見知らぬ土地へ連れて行かれる愛し子を守るために。
レシェフモートというその神使は銀髪に金色の瞳、褐色の肌の、それはそれは美しい偉丈夫で、ガートルードにかいがいしく尽くしているそうだ。
女神シルヴァーナの血を引く王家直系の歴代王女に、神使を賜るほど女神の寵愛を受けた者はいなかった。それだけでも王国は動揺したのに、ガートルードが帝国領に入った瞬間起こした奇跡が伝わると激震が走った。
ただ魔獣を遠ざけるだけではなく、消滅させるほどの破邪の力。女神の御業とも言うべき力の主を、むざむざと帝国へ渡してしまったのだ。貴族も民も失意に沈み、王女を差し出す決定を下したクローディア女王にも非難が浴びせられた。
しかし後に、驚くべき一報が入る。
皇帝アンドレアスの親族でもあるヘルマンという貴族の少年が、ガートルードに刃を向けたというのだ。
偶発的な事故だったと帝国は主張しているし、実際にそうだったのだろう。六歳の子どもが殺意を持って皇妃を襲うなんて、まずありえない。
だがこれは、ガートルード奪還を熱望する王国にとっては千載一遇の好機だった。大事なのは『皇帝の一族が、シルヴァーナの王女だった皇妃に刃を向けた』という事実だ。
輿入れしたとて、ガートルードがシルヴァーナの王女だった事実は変わらない。ヘルマンの行動は帝国から王国への宣戦布告――シルヴァーナはそう判断した。皇子のため我が身を犠牲にした幼くけなげなガートルードを、恩知らずにも殺そうとしたのだと。
帝国はすぐさま弁明の使者を寄越した。あちらも王国がこの機に乗じ、ガートルードを奪還しようとすることは看破している。莫大な賠償金に加え、帝国が産出量第一位を誇る魔石の相当量の定期的な無償譲渡まで申し出てきた。
国内に魔獣が出没せず、魔石のほとんどを輸入に頼るシルヴァーナ王国には願ってもない話だ。
魔石は魔獣の肉体からしか採れない。つまり魔獣が多く出現する国ほど魔石が大量に採取できることになるが、湧き出る魔獣を確実に討伐できるだけの兵力がなければ魔獣に滅ぼされてしまう。
高い魔獣の出現率と、精強な軍隊。
両方を併存させられるのは、国内にいくつもの不入の土地を抱え、大陸一の兵力を誇る帝国くらいであろう。
帝国が大陸に覇を唱えるのは、代替不可資源である魔石の五割を握るのに拠るところが大きい。ガートルードが聞けば、前世の石油産出国のようなものかと納得しただろう。いつの世も資源を握る国は強い。
だからこそ、金貨の山をもたらす魔石を無償で定期的に譲渡するのは、帝国が最大限の謝意を見せたと言える。
しかし王国は破格の申し出を蹴り、あくまでアンドレアスとガートルードの離婚、及びガートルードの帰国を求めた。ガートルードがその身に秘める力は、それほどの価値がある。
シルヴァーナ王国は魔獣の駆除に長けた部隊を他国に派遣し、その見返りに報酬と魔石を受け取っている。さらに女神を信奉する国々から、多くの魔石を献上されている。
ガートルードという女神の愛し子が帰還すれば、献上量は激増するだろう。
家族としての心情的にも、クローディア女王や妹王女たちはガートルードの帰国を望んでいる。
そこで王国は帝国からの使者をけんもほろろに追い返した後、糾弾と交渉の使節を派遣すると決めた。
その責任者――交渉人に選ばれたのが、モルガンだったのである。
母や姉たちによって破産寸前まで追い込まれたブラックモア侯爵家を再生させた手腕を買われたのではない。箔付けのためだ。
女神の愛し子たる王女を取り戻した若き侯爵ならば、新たな王配にふさわしい。誰もがそう納得すると、上層部は判断したのである。
……そうして今、モルガンは帝国行きの馬車に揺られているというわけだ。
「どうぞ、閣下」
いや増すばかりの苛立ちを持て余していると、従者が保温の魔法道具から温かい香草茶をカップに注ぎ、差し出してくれた。モルガン好みに調合された香草茶は、ささくれだった心を少しだけ癒してくれるが。
『王配を輩出するのはシルヴァーナ貴族の誉れ。安心なさい、モルガン。ブラックモア侯爵家はわたくしの可愛い娘が婿を取り、継いであげますからね』
先日、先触れもなしに押しかけてきた長姉のしたり顔を思い出した瞬間、苛立ちは再燃した。
金食い虫揃いの四人の姉の中で、最もたちが悪いのがこの長姉だ。モルガンが生まれるまでは彼女が婿を取って侯爵家を継ぐものとみなされていたため、頭のゆるい母からは際限なしに甘やかされ、他人の金を湯水のごとく浪費するのが当たり前だと信じて疑わない。
だからモルガンが侯爵家を掌握した時、その性格の悪さから完全にいきおくれていた長姉を財産だけは有り余っている老富豪の後添えに押しつけてやったのだが、伸びまくった鼻は折れるどころかさらに伸びていたらしい。夫の子かどうかも怪しい娘を、侯爵家の後継者に据えようとは。
「生まれつき事理弁識能力が欠落しているようなあばずれと、その腐った股ぐらから生まれてきた穢らわしい娘なんて迎え入れられるか。せっかく建て直した侯爵家が一瞬で終了しちまう」
「閣下の姉君様と姪御様ですが」
「侯爵家を食いつぶした白豚と、嫡出かどうかもわからない娘なぞ血族に持った覚えはないな」
老富豪は男性機能の不安がささやかれて久しく、長姉は何人もの愛人を寝室に引きずり込んでいる。そうした事情をかんがみれば、姪が老富豪の娘である可能性は低い。
男としての名誉を守るためなのか、老富豪は今のところ沈黙を保ってはいるが。
「……では、閣下。今回の交渉は決裂させるおつもりですか?」
賢明にも主の親族への言及は避け、従者は尋ねた。
ふん、とモルガンは鼻を鳴らし、長い脚を組む。ひじ掛けにゆったりともたれる姿をガートルードが見たら、マフィアのボスのようだと思っただろう。
「無能をさらすような真似ができるか。ガートルード殿下には必ずお戻り頂く」
「ですが、そうなれば閣下は帰国早々に後宮入りですよ。種馬はお嫌だったのでは?」
首を傾げる従者に、モルガンは唇を吊り上げ、片眼鏡を押し上げた。鎌首をもたげる毒蛇のような表情こそモルガンの本質だと、知る者は少ない。
「そもそもだ。なぜ新たな王配が必要になった?」
「それはもちろん、女王陛下と今の王配殿下の間に王子しか誕生しなかったからでしょう」
「そうだ。だがもしも女王陛下が子を産めるような歳でなければ……月のものも来ていないような少女なら、誰も王配を勧めようとは思わないだろう」
聡い従者はそれだけでモルガンの狙いを悟ったようだ。ひく、と喉を震わせる。
「……反乱を起こすおつもりですか」
今の女王が子を産める年齢だから、さらなる子を産ませるため新たな種馬があてがわれる。ならば種馬ではなく、女王の方をすげ替えてしまえばいい。
クローディアからガートルードへ。妙齢の女性から、まだ子を産めない幼女へ。
六歳のガートルードが子を産めるようになるころには、三十路を過ぎているはずのモルガンより、もっと若く活きのいい種馬があてがわれるはずだ。
「皆の潜在的な希望を叶えてやるだけだ」
そう、誰もが一度は考えたはず。もしかしたらクローディア女王その人さえ。
女神シルヴァーナの血を受け継ぎ、その神威でもって君臨してきたシルヴァーナ王家。頂点に立つべきなのはいまだ王女を産めないクローディアではなく、女神の愛し子たるガートルードなのではないか……と。
「交渉はきっちり成功させるとも。ガートルード殿下にはそのまま玉座にお座り頂く」
「……閣下は、それで良いのですか? 仮にも主君と仰ぐお方ですよ?」
「種馬を必要としない女王陛下なら、どんなクソガキだろうとひざまずいて靴を舐めてやるさ」
はっ、と嘲笑するモルガンは想像もできなかった。
『ああ、ガートルード様……おみ足を舐めさせて頂きたい……いっそ踏みつけてくだされば……』
恍惚と美貌をとろけさせ、身もだえする数ヶ月後の自分の姿など。
次は現王配オズワルドと二人の王子の話です。




