14・転生ものぐさ皇妃とピザ鎌倉
「本当に行かれるのですか?」
ガートルードを抱いたレシェフモートがまた問いかけてくる。
金色の目には不満がありありとにじんでいた。ガートルードが一言『やっちゃいなさい』と命じれば、嬉々として始末に行きかねない顔だ。
「行きたくないけど、わたしが行かなきゃ二人はずっと土下座しっぱなしってことでしょ。そんなの、嫌だもの」
ガートルードの食っちゃ寝ライフには、一点の曇りもあってはならないのだ。周囲が安定しているからこそ、ガートルードも安穏と食っちゃ寝していられるというものである。
「……私と我が女神以外何もなくなれば、すべての憂いは消えるでしょうに」
「ん、なに、レシェ?」
「我が女神の慈悲深さには感服いたしました、と申しました。くだんの加納さんが我が女神の慈悲を賜るに値する者であれば良いのですが」
ガートルードを抱いて宮殿内を進むレシェフモートの足取りには何の迷いもない。何十LDKかもわからないこの極大物件の間取りを、完璧に把握しているのだ。
家主のガートルードはいまだに自室の家具の位置すらあやふやだというのに。
やがてたどり着いたのは、宮殿を囲む外庭だった。外からの客の目に触れやすいここは、専属庭師も特に張り切って手入れするため、常に見頃の花々が咲き誇っている。
今の季節なら寒さに耐えるよう保温魔法をかけられた白薔薇。
ガートルードのために植えられたにちがいない花々が美しさを競う中、がっしりと痩せ型、二人の貴族男性がひざまずく光景は違和感しかない。
「向かって右がアッヘンヴァル侯爵、左が元外務大臣のレヴィン伯爵です」
視線で助けを求めれば、レシェフモートが耳打ちしてくれた。
貴族は身分の低い者から高い者に話しかけることが基本的に許されないため、この場における最高位たるガートルードが声をかけなければ話が始まらないのだが、引きこもっていたガートルードに似たような髪型と服装のおっさんの区別がつくわけがない。
(女性はドレスや髪型のバリエーションが多いからまだいいけど、帝国の男の人は……なんていうか、みんな地味なのよね)
強さこそ男の存在意義という価値観の帝国では、女性が華美な装いをするのは夫や父親の甲斐性として推奨されるが、男性は質実剛健を旨とする。
少しでも装飾過多とみなされれば軟弱者のレッテルを貼られてしまうため、みなが他人と違う装飾を避けた結果、似たような服装ばかりの貴族男性が生まれるのだった。だからこそ、リュディガーのように衣装に頼らずとも華やかな貴公子は異端視されるのかもしれない。
「ええと、……アッヘンヴァル侯爵。お顔を上げてください」
ガートルードが話しかけると、右側……がっしりした方の男性が上体を起こした。帝国男性らしく鍛えているおかげか、孫がいるような歳には見えない。
こちらの世界は前世より初婚年齢が低く、十代での結婚もめずらしくないため、実際にガートルードの想像より若いのだろうけれど。
「厚かましくも押しかけたにもかかわらず、拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。陛下より侯爵位を授かっております、フィリベルト・アッヘンヴァルと申します」
(出た! 『恐悦至極』!)
前世の時代劇でしょっちゅう耳にした言葉に、ガートルードは内心感動する。歓迎式典でもさんざん聞かされたはずだが、あの時は疲労とチョコレートを食べられない悲しみでいっぱいいっぱいだったので覚えていない。
(言われてみればこの人、何となく武士っぽい感じがあるわね)
融通がきかなそうな雰囲気といい、真一文字に引き結ばれた口といい。
そんなことを考えているとはおくびにも出さず、ガートルードはレシェフモートの腕の中から微笑む。
「アッヘンヴァル侯爵は、ヘルマンの件でいらしたのですね?」
前世の感覚では何日も加納さんの屈辱状態で待たせたことを詫びなくてはと思うが、皇妃たるもの、身分の低い相手に謝るわけにはいかない。
「はっ。我が孫ヘルマンの暴挙、まことにもって罪深い。幼子とはいえ決して許されぬことにて、このフィリベルト、ただ恥じ入り頭を垂れるしかございませぬ。申し訳ございませんでした」
アッヘンヴァル侯爵はせっかく上げた頭を再び深々と下げた。
侯爵という高位貴族だ。誰かに謝罪したことなど今までほとんどなかっただろう。しかも皇妃とはいえ六歳の小娘相手に頭を下げるのは屈辱だろうに、ためらいなくひざまずく姿にガートルードの胸はちくりと痛んだ。
前世の自分と重なったから。
前世のガートルードは弟妹たちがあちこちで何かやらかして人様に迷惑をかけるたび、ぺこぺこと頭を下げていた。全員が小学校高学年になるころまでは、ほぼ毎日誰かに謝っていたと思う。親のしつけが悪いからだ、ちゃんと見ていないからだと怒鳴り散らされながら。
わたしが産んだわけじゃない、全員から一秒も目を離さないなんて無理だと、何度反論したくなっただろう。
けれど子どものやったことは、大人が責任を取らなければならない。どんなに理不尽であっても。アッヘンヴァル侯爵はそれをきちんと理解している。
「侯爵、お顔を上げてください」
「ですが……」
「それではお話もできません。上げてください」
少し強めに言えば、アッヘンヴァル侯爵は迷いつつも従ってくれた。
「あの時、ヘルマンの剣が飛んできたのがあくまで事故であったことは、わたしも理解しています。だからと言ってこのままでは済まないことも」
「は……、ご明察、恐れ入ります」
「けれどわたしは、わたしのせいで誰かに命を落として欲しくありません。ですからヘルマンがもう一人、謝るべき人に謝り、その許しを得られたら、わたしからお姉様にヘルマンを許してくださるようお願いしてもいいと思っています」
「謝るべき人、でございますか?」
期待に輝きかけた侯爵の顔が、疑問に染まる。
まるで心当たりがなさそうな表情は、悪意もなさそうなだけによけいかわいそうになってしまう。仮にもこの帝国唯一の皇子で当事者の一人なのに、意識すらされていないなんて。
「ヴォルフラム殿下です。ヘルマンは殿下の遊び相手……友人として皇宮へ上がったのに、してはならないことをしました。友人ならば、謝るのは当然ではありませんか?」
そう、そもそも今回の一件は、六歳のヘルマンが三歳のヴォルフラム相手に大人げない行動に出たことが発端なのである。
あってはならないことだが、己の力を振りかざしたくなるのは男児あるあるだ。ガートルードも前世ではさんざん覚えがある。思い出したくないくらいに。
一般家庭ならやらかした男児にきついお灸を据え、相手に詫びさせ、二度と同じことをやらかさないよう言い聞かせれば終わる。相手が許してくれるかどうかは別として。
今回は皇子と侯爵の孫で、ガートルードまで加わってしまったからややこしいことになっているだけだ。
ガートルードとしてはヘルマンを怒り狂った姉女王に引き渡したくはない。たいした害はなかったし、よけいな恨みを買えば後々食っちゃ寝ライフの障害になるのは確実だからだ。
だったらガートルードがヘルマンを許せる理由を作ればいい。そう、『ヴォルフラム殿下が許すなら許します』作戦である。
「ヘルマンがヴォルフラム殿下に謝罪をするべきだとおっしゃいますか。……それはアッヘンヴァル侯爵家の嫡子として、ですかな?」
ぱちぱちとしばたたいた侯爵が、やけに真剣な眼差しを向けてくる。ガートルードとしては『子ども同士の喧嘩なら、やらかした方が謝っておしまいでしょ?』という、ごく当たり前のことを言ったに過ぎないのだが。
「我が女神のお心のままに」
助けを求めて見上げても、レシェフモートは甘く微笑むだけだ。たとえガートルードが『ヘルマンは死刑』と言っても同じ反応をするだろう。つまりまったく役に立たない。
「……ええ、もちろん。ヘルマンはアッヘンヴァル侯爵家の人間なのですから」
山田さんの家に生まれれば山田さんの家の子になるように、アッヘンヴァル侯爵家に生まれたヘルマンはアッヘンヴァル侯爵家の子である。
当たり前の事実を述べたに過ぎないのに。
「皇妃殿下……!」
侯爵は感激し、厳めしい顔を紅潮させた。がばりとひざまずき、頭を垂れる。
「皇妃殿下の慈悲深き仰せ、このフィリベルト、生涯忘れませぬ。万が一御身に大事あれば、老体に鞭打ってでも馳せ参じましょうぞ」
「え、あ、ええ……?」
前世基準では老体どころか現役ばりばりの帝国武士に誓われ、ガートルードは何が何だかわからなくなる。
(何だっけ、こういうの……何かあったら絶対に駆けつけるっていう……ええと、『ピザ鎌倉』? そう言えば帝国にピザってあるのかしら、王国にはなかったけど……)
ぼうぜんとしながら前世の日本史教師が聞けば泣きそうなことを考えていると、侯爵の横でずっと無視されていた男が耐えかねたように声を上げた。
「――皇妃殿下。侯爵閣下にそれほどの慈悲をかけられるのなら、この私にもお心を傾けてくださっても良いのではありませんかな」
元外務大臣、レヴィン伯爵である。
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