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間奏3・行動、開始(??視点)

オズワルドとクローディア女王の息子、ヘンリーととある人物のお話です。

この話のみで完結しております。

 真夜中のシルヴァーナ王宮。

 雷雲に包まれ、月の光さえ届かない宮殿を、一人の幼子がとぼとぼと歩いていた。亡きクローディア女王とオズワルドの子、ヘンリーだ。



(……早く、しなきゃ……)



 ヘンリーは部屋から持ち出した魔法道具のランプをかざし、周囲を用心深く窺う。

 これまでなら役立たずの王子がなにをしようが誰も気にかけなかったが、今やヘンリーの周囲には常に何人もの騎士や従者が付き従っている。彼らの目を盗んで行動するのは至難の業だ。今夜は運良く警備の交代の隙を突いて抜け出せたが、こんな幸運が何度も訪れるとは思えない。



 後に『ルナフレアの悲劇』と呼ばれることになるあの夜から、ヘンリーと弟イアンの境遇は一変した。住まいは後宮の片隅から、叔母であり王太女であったドローレスが使っていた王太女宮へ。身につけるものは幼いヘンリーの目から見ても豪華になり、食事も贅を凝らした献立ばかりになった。



 ヘンリーとイアンを邪魔者扱いしていた侍女やメイドたちはどこかへ消え、代わりに付けられた者たちはみな不遇の王子たちに優しかった。ヘンリーもイアンも彼らの猫なで声が恐ろしくてたまらず、どうしても馴染めそうにないけれど。



 最大の変化は――母クローディア女王が死んでしまったことだ。



『お母様は王太女殿下、エメライン殿下もろとも、憎き帝国の皇帝に殺されてしまったのです。お父様はお母様の仇を取るため、戦っていらっしゃるのですよ』



 新しく付いた侍女はそう教えてくれたが、父オズワルドは一度も姿を見せていない。ヘンリーとイアンがいくら侍女を通じて『お父様に会いたい』と訴えても、忙しいから無理だと断られる。



 優しいが多忙を極めるクローディア女王よりも、父オズワルドと過ごす時間の方が圧倒的に長かったヘンリーとイアンにとって、父とこれほど長く離れて過ごすのは初めての経験だった。もうすぐ三歳になるヘンリーはさらに幼いイアンをなんとか慰めようとしたけれど、元々気弱だったイアンは毎日泣いてばかり。最近では昼からベッドに入ったまま、出てこなくなってしまった。



 心が潰れてしまいそうな時だった。メイドたちの噂話を耳に挟んだのは。



『クローディア陛下の亡霊が、中庭に現れるのですって』



 聞けば、クローディア女王の亡くなった夜から、長い銀髪の女性が中庭で目撃されるようになったのだという。

 女性が現れるのは決まって夜更け。遠くからその姿を見かけた侍女が勇気を振り絞って『クローディア陛下……?』と声をかけると、女性はゆっくりと振り返り。



『涙に濡れた瞳はまだらに金の散った碧眼で、悲しみにゆがんだ顔はまさにクローディア陛下そのもの、だったんですって』

『まあ、恐ろしい……』

『あのようなむごい死を遂げられたのですもの。無念でたまらないでしょうね……』



(お母様……!)



 ヘンリーの胸は引き絞られるように痛んだ。殺されてしまった母が大地と天の果てへたどり着けず、この世をさまよっている。哀れでならないのに、ヘンリーはかすかな喜びも覚えたのだ。



(夜の中庭へ行けば、お母様に会えるかもしれない)



 母の死を、ヘンリーはまだ信じていなかった。

 母は偉大なるシルヴァーナの女王だ。女神の末裔だ。ついこの間まで寝たきりだったというひ弱な皇帝なんかに、殺されるわけがない。



 母が戻ってきてくれれば、すべてが元通りになる。



 ヘンリーは贅沢な暮らしも従順な使用人たちも欲しくはなかった。そりゃあもちろん、役立たずの王子とその父親、とさげすまれるのは嫌だけれど、贅沢よりも優しい両親が揃った暮らしの方がずっといい。



 まだ幼いヘンリーは、破邪の力を受け継がない王子がたどる運命など知るよしもなく、ただ父と母だけを求めていた。イアンもきっと同じ気持ちだ。



(お母様にお願いするんだ。戻ってきてください、って)



 その一心でヘンリーは今宵、眠い目をこすりながら皆が寝静まるのを待ち、部屋を抜け出してきたのだ。

 幸い、雷雲に守られた王太女宮に侵入者などいるわけがないと油断しているのか、宮殿内の警備はさほど厳しくない。普段から人目を盗んで行動するのに慣れているのもあり、ヘンリーは三十分ほどで中庭へたどり着いた。



 王太女宮の中庭には、シルヴァーナの建国の女王でもある『始まりの乙女』の石像が置かれている。魔力を帯びた石で造られたそれは淡い光をまとい、あたりをほのかに照らしている。



 おかげで、ヘンリーにも見えた。乙女の像を見上げる、長い銀髪の女性が――。



「……お、お母様……?」



 おずおずと呼びかければ、女性はおもむろに振り返った。

 ……違う。

 よく似ているが、クローディアではない。もっと若くも、年老いているようにも見える、不思議な顔立ちはクローディアのものではない。



 あの顔は……石像の……。



「始まりの……」

「……クローディアの子ね。ちょうどいいわ」



 まだらに金の散った碧眼が妖しく輝き、白い手が伸びてくる。

 それがヘンリーの見た、最後の光景だった。



 数分後。



 乙女の石像の前に倒れていたヘンリーは、むくりと起き上がった。銀髪の女性の姿はどこにもないが、驚きはしない。



(ごめんね。貴方の身体、しばらく貸してもらうわ)



 そっと左胸に手を当てる。身体を、しかもこんなに幼い身体を持つのは久しぶりだが、動きに違和感はない。破邪の力を受け継がない男子とはいえ、血のつながりがあるおかげだろう。



「……シルヴァーナ。これ以上、貴方の思い通りにはさせない。絶対に」



 雷雲を見上げる瞳が一瞬、まだらに金の散った青に染まった。



 ラストに登場した人物の正体、担当さんは気づいてくださいましたが、どなたか気づかれた方はいらっしゃるでしょうか。一応ここまでに正体を導き出せるだけの情報は出ています。

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