間奏2-1・騎士の誓い(リュディガー視点)
リュディガーとジークフリートのお話。
全3話の予定です。
先帝アンドレアスの皇妃であったガートルードをめぐり、僭王オズワルドと皇帝ヴォルフラムが対立する中、ソベリオン帝国の貴族社会ではささやかな、だが無視できぬ出来事があった。
フォルトナー公爵家の嫡男リュディガーが、父オイゲンから正式に家督を譲られ、フォルトナー公爵となったのである。
オイゲンは娘ティアナの不始末の責任を取らされ、公爵夫人共々すでに蟄居の身。公爵としての実務とその権限はリュディガーが掌握、代行しており、爵位継承は事実の追認に過ぎない。
しかしながらリュディガーが名実共に公爵となった影響は小さくなかった。
ブライトクロイツ公爵家が当主クラウスの謀反の咎により取り潰された今、フォルトナー公爵家はソベリオン帝国唯一の公爵位を有する貴族家となった。その当主たるリュディガーは血筋にも魔力にも美貌にも恵まれた若き貴公子で、未だ独り身である。
ブライトクロイツ公爵と連座し、少なくない数の高位貴族家が取り潰された。今なら我が家から公爵夫人を出せるかもしれない、と夢見た貴族が娘だの妹だの姪だのを猛烈に売り込んでくるのは、ある意味当然の流れだった。
「はあ……」
「お疲れのようだな、リュー」
今日も『どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘』の売り込みに遭い、疲れ果てて自室に戻ると、黒髪にオパールの瞳の従兄がソファでくつろいでいた。
出迎えてくれた執事からは来客など聞いていない。はあ、とリュディガーは嘆息し、最近きっちり整えるようになった前髪をくしゃくしゃと乱す。
「警備の騎士たちを一から鍛え直さなければなりませんね。近衛から引き抜いてきた精鋭なのですが」
「ああ、なかなかいい勘をしていたな。気づかれず忍び込むのに少し骨が折れた」
自分で持ち込んだらしいワインを手酌で味わいながら言われても、ちっとも苦労したようには見えない。警備の騎士以外にもこの公爵邸には数十人以上の使用人が働いているというのに、相変わらずジークフリートの身体能力は化け物じみている。
「どうしたのですか、このような夜更けに」
「独り者同士、たまにはむさ苦しく酌み交わすのはどうかと思ってな。……お前は遠からず独り者ではなくなるのだろうが」
からかうような口調にリュディガーは眉をひそめる。貴族たちの激しい売り込みは、ジークフリートの耳にも入っているらしい。
(心配させてしまったか)
真夜中にわざわざ忍び込んだのは自分を気遣ってのことだと悟り、ふっと気が緩んだ。昔からそうだ。リュディガーの心をほぐしてくれるのは両親ではなく、この従兄だった。
「これからもずっと独り身ですよ。妻を迎えるつもりなどありません」
リュディガーは上着を脱ぎ、ジークフリートの対面のソファに座った。高位貴族の男性はたとえ自室でも服装を崩さないのが美徳とされており、リュディガーのこんな姿を見られるのは未来の妻くらいだろう。
「フォルトナー公爵が夫人を持たないなど、許されないだろう」
ジークフリートは空のグラスにワインを注ぎ、リュディガーに勧めてくれる。ありがたく頂けば、芳醇な風味が広がった。相変わらずジークフリートはいい趣味をしている。
「帝国もしばらくは社交どころではなくなるでしょうから、公爵夫人がいなくても問題ありません。後継者ならば、いずれ弟たちの子を養子に取るつもりです」
リュディガーの弟たちはすでに妻帯しており、息子も何人か生まれている。リュディガーの甥だ。血筋的にはなんの問題もないのだが。
「……そんな真似をすればどんな目で見られるか、わかっているのだろうな?」
「もちろんです」
若く健康上の問題もない高位貴族家当主が妻を迎えず、親族から養子を迎える。
周囲はリュディガーに子を作る能力がない、あるいは女性そのものに興味がないと判断するだろう。どちらも貴族男性としては致命的な欠陥だ。家を保ち、血をつなげるのが貴族の至高の義務なのだから。
「汚名をこうむってでも妻を迎えたくない、か」
「貴族としても当主としても、無責任の謗りを免れないことは理解しています」
「少なくとも俺は責めんさ。リューがそうなったのは、お前のせいではないからな」
ジークフリートの声には同情がこもっている。
予定よりだいぶ早くなっただけで、リュディガーがフォルトナー公爵になることは生まれた時からの決定路線だった。なのに今まで婚約者すらいなかったのは、打診を受けた貴族家がことごとく断ってきたからである。
原因は両親とティアナだ。
社交界で知らぬ者がいないほどわがまま放題の娘と、諌めるどころか甘やかすばかりの両親。そんな家に輿入れすれば、苦労するのは目に見えている。
だが両親は領地の片隅の屋敷で隠居とは名ばかりの幽閉、ティアナは修道院送りとなった。もはや彼らがフォルトナー公爵家に関わることはない。
最大の問題が解消された今、リュディガーは帝国最高の婿がねだ。彼をめぐり、貴族たちが激しい火花を散らすのは当たり前だった。




