63・女王と愛人たち
女王を貴族の統轄役としか考えないモルガンにとって、その座に誰が座ろうと同じなのだ。クローディアであろうと、彼女を殺しその座を奪い取ったオズワルドであろうと。
「私の中に『本物の王女』など、最初から存在しなかった。貴方こそが私の始まりであり、終わりであり、唯一絶対の女王なのです」
「……わたし、が……」
ジーンがやわらかな碧眼をガートルードに向ける。『ね、言った通りでしょう?』と言いたげな眼差しがちょっとくすぐったかった。彼に前世を打ち明けた時、他の人間も同じことを言うと思うと言われた。その通りになったのだ。
「それに失望されるのならば、私の方でしょう。……私はクローディア陛下の使者として帝国へ赴いた際、貴方を連れ帰って新たな女王に据えることにより、王配の座を逃れようとしていたのですから」
「……え、ええっ?」
さらりと告白され、ガートルードは仰天した。
モルガンが王配の座を望んでいないだろうことは、薄々察していた。だがまさかガートルードを女王になんて、そんな大それた計画を練っていたとは思わなかった。王子とはいえ二人の子に恵まれ、円滑に統治していたクローディアを差し置いて六歳の王女、それも出戻りが新たな女王になど、誰にも支持されるわけがないだろうに。
「……ねえ、どうしてみんな納得しちゃってるの?」
居合わせた全員……ジーンまでもが頷いているので、ガートルードは思わず半目になった。レシェフモートとカイレンは苛立たしさをにじませつつも反論しないし、ライはガートルードの真似をするようにつぶらな目を半分閉ざしているし、ジーンも複雑そうな顔で腕を組んでいる。
「貴方はご自分を過小評価なさっておいでですね」
ふう、とモルガンが嘆息した。
「申し上げることすら穢らわしいですが、シルヴァーナ貴族……特に王配を輩出してきた聖流の一族は、貴方にクローディア陛下以上の価値を見出だしているはずですよ」
帝国皇族女性しか許されない聖ブリュンヒルデ勲章を与えられ、クローディア女王よりも強い女神の加護を示し、神使レシェフモートまで与えられた直系王女。伝説の美姫としてその名を大陸全土にとどろかせた祖母譲りの美貌。
これだけの条件が揃えば、六歳という幼さはむしろ強みになる。選りすぐりの美少年を何人も『遊び相手』として送り込み、心を通い合わせれば、一人は確実に王配に。他の少年たちもそのまま『遊び相手』として侍らせることができる。
ちなみにこの『遊び相手』とはベッドの中での相手も務める、非公式の愛人を指す。愛人が女王の寵愛を得ればその親族はもちろん、後ろ楯となる貴族も権勢を増すため、聖流の一族は王配候補のみならず愛人候補も送り込むのが常套手段である。
「クローディア陛下の場合は自らオズワルドを選ばれ、その後一人の愛人も近づけられませんでした。先代女王ブリジット陛下も王配殿下ただお一人を守られましたが、七百年の歴史の中では、お二人は稀有な例です」
「うっ……」
つまり愛人を侍らせていた女王の方が多かった、ということだ。ガートルードはたまたまレアケースが続く中で生まれたから、知らなかっただけで。
「私が新たな王配候補に推薦されたのは、私が女系一族に生まれた男であり、私以上に王配に相応しい者がいなかったからです」
自分より上の男はいない、となんの気負いもなく断言できるのは、モルガンくらいだろう。
「しかし、私を推薦した貴族たちも、愛人候補は見繕っておいたはずですよ。非公式の存在である愛人なら、王配よりは資質も身分も軽くても許されますからね」
「……クローディアお姉様は……そのことを知っていたの?」
「ご存知だったと思います。今度こそ世継ぎの王女をもうけるため、相手は多いほどいいと言われれば、陛下の立場では断りきれなかったでしょう」
「……クソだな」
吐き捨てたジーンを、モルガンは責めなかった。心の中はジーンと同じなのだろう。
「どれほど優れた麗質を備えようと、我が女王はまだ六歳の御身に過ぎません。聖流の一族どもの目には、与しやすい獲物にしか見えなかったでしょう。……ましてや帝国を味方につけ、祖国奪還のため立ち上がった美しく正統なる女王となれば、これ以上ない極上の子羊」
「……」
「奴らは国の存亡よりも僭王の糾弾よりも民の安全よりも、女王の寵愛を求め、すり寄ってくるでしょう。貴方が決意された道を往かれるのなら、きっと。……ですが」
藍色の双眸が優美な外見にはそぐわぬ獰猛な光を帯びた。初めて見る『男』を感じさせる表情に、ガートルードの心臓は跳ねる。
「この私がおそばに在る限り、醜悪な輩が貴方をわずらわせることは許しません。モルガン・ブラックモアの名にかけて誓います」




