62・二人は友達
「……貴方たち、いつからそんなに仲良しになったの?」
思わずこぼれた疑問にモルガンとジーンは顔を見合わせ、くるりとこちらに向き直った。
「仲良しになった覚えはございません」
「いや、綺麗に被らせながら言われてもなんの説得力もないのよ?」
しかも向き直るタイミングも同じ、苦虫を噛み潰したような表情もよく似ている。付き合いの長い友人同士だってこうはいくまい。
「……、……この者は私がおみ足の信奉者であり衆愚の救済者でもあることを理解し、己もまた罪を悔い改め、おみ足の使徒としての自覚を持ちました。進化しようとする者を評価せぬほど、私は狭量ではございません。これからも見守りたいと思っております」
「……俺、いえ私はゆえあって貴族を疎んじておりましたが、侯爵と話し合い、俺の知るような貴族ばかりではないことがわかりました。新しい視点をくれた侯爵には感謝しております」
二人の主張をふむふむと頷きながら聞き、ガートルードはぽんと手を打った。
「つまり二人は友達になった、ということね」
「は?」
またもや同じタイミングで声を上げる二人に、ガートルードは首を傾げる。
「だってお互いを認め合って、新しい世界を知って、これからも一緒にいたいなって思ったんでしょう? それ、友達っていうんだと思うわ」
「友達……?」
「ほら、また重なった」
まだ二人とも気づいていないようなので、『二人ともさっきから言葉が重なっていたわよ』と教えてやったら、愕然と目を見開いた。くすくす笑うガートルードを、ジーンはまぶしそうに見つめる。
「……あの、殿下。念のためにお聞きしますが、侯爵におみ足ダンサーズ付きの譚詩を献上されたいわけではないのですよね?」
「そんなわけないでしょ!? わたしが聞きたかったのは、本物のガートルード王女ではなかったわたしに、失望したんじゃないかって……、……あっ」
心の中の葛藤をそのまま口走ってしまったことに気づき、ガートルードは慌てて口を閉ざすが、もう遅い。
「……失望? なぜ私が?」
「え、だって、わたしはガートルード王女として生まれたわけじゃなくて……」
「我が女王が我が女王であられることに、なんの変わりもないと思いますが」
「侯爵。生粋のシルヴァーナ貴族であるあんたは誰よりも王族の血統にこだわるはずだ、と殿下は仰りたいんだと思うぞ。……ですよね? 殿下」
ジーンが的確に補足してくれた。さすが研究者、とガートルードは感心しながら頷く。
「そうよ。だからてっきり、わたしが本物じゃないとわかったら失望するかもって思ったの」
「……なるほど。そういうわけでしたか」
モルガンは白く長い指で片眼鏡を押し上げた。
「私もご説明しておくべきでしたね。そもそも私は、王族に夢も忠誠心も抱いたことがなかったのです」
「……え?」
「我がブラックモア侯爵家は私が生まれるまで、完全なる女系一族でした。シルヴァーナ貴族なら誰もが夢見る王配の座は、最初から縁がなかった。そこへ生まれた私も王配を狙う野心など抱かず……まあ、正確には抱く余裕もなかったのですが」
モルガンの四人の姉と母親はブラックモア侯爵家の資産を食い潰し、財政破綻寸前まで追い込んだのだ。彼女たちとの対決、財政の立て直しと十代から忙殺されていたというモルガンには、確かに王配の野心など抱く余裕はなかっただろう。
「クローディア陛下の新たな王配に、と打診された時はふざけるなと思いました。我がブラックモア侯爵領はようやく軌道に乗ったばかり。ここでまたあの豚……、……いえ長姉が私の代わりに領主にでもなれば、家臣も領民も塗炭の苦しみを味わうことになるのですから」
迷いのない口調にジーンが目元を緩める。
王配の座をめぐりどれほど熾烈な争いが繰り広げられているのか、この中で最もよく知るのはジーンだ。利権と栄光の象徴。男性貴族にとっての至高の座よりも家臣と領民を取るモルガンは、ジーンにとって初めて遭遇する『貴族』だっただろう。
「おわかりですか、我が女王」
藍色の双眸がまっすぐにガートルードを捉えた。
「私にとってシルヴァーナの女王とは貴族を統轄する者。それ以上でも以下でもなかったのです。人格も尊厳も存在しない記号のようなもの。もしも王配候補に指名されず、侯爵領にいる間に『ルナフレアの悲劇』が起きたなら、私は迷わずオズワルドに紋章指輪を差し出したでしょう」
紋章指輪とはその貴族家に代々伝わる、家紋の刻まれた指輪だ。家督相続と同時に新たな当主へ受け継がれる、当主の証でもある。
それを差し出すことは、家の命運をその者に賭ける――すなわち、忠誠を誓うことを意味する。
「ですが私は、貴方に出逢うという祝福を得た」
「モルガン……」
「我が女王ガートルード様。貴方の尊いおみ足に踏んで頂き、我が蒙を啓かれた瞬間、私は初めて出逢えたのです。我がすべてを捧げられる……世界にたった一人だけの女王に」




