55・二百年の時を超えて
公には、この王子は病死したと記録されているそうだ。聖流貴族たちの反逆についても、公の記録には残されていない。
ならば誰がこの事件について書き残したのか。
聞かなくてもガートルードにはわかった。……王子の母女王だ。たとえ本当に疫病をもたらしたのが王子だったとしても、その疫病によって娘の王太女が死んだのだとしても、彼女は息子への哀惜を捨てきれなかった。
けれど、王子の死が疫病を止めたのなら、聖流貴族たちの反逆を咎めることもできなかった。女王としての責任感と、母としての情愛。相反する感情の狭間でもがき苦しんだ末、せめてもの抵抗として、母女王は真実を書き残したのだろう。王族にしか探れない場所に、いつか誰かが見つけてくれることを願って。
そしてその願いは、二百年の時を超え、エメラインに届いたのだ。
しかし――。
『……オズワルドがエメラインお姉様まで殺したのは、二人の息子を守るためだったのかしら』
もしも秘匿されていた王子と災厄の関係がエメラインによって公表されたら、息子のヘンリーとイアンも幽閉される前に謀殺されてしまうかもしれない。それを防ぐためだったというのなら、フローラを生かしてエメラインを殺したのにも一応はつじつまが合う。
『理由の一つではあったと思います。ですが決定的な理由は他にあったのではないでしょうか』
『どういうこと?』
『認めたくはないですが、今の僭王オズワルドであれば、その武威でもって聖流貴族の兵力など抑え込めます。エメライン様よりフローラ王女ごときを選ぶ理由にはなりません』
フローラ王女『ごとき』というあたりにそこはかとない嫌悪感が漂うが、内容はその通りなので、ガートルードは頷いた。
『じゃあオズワルドがエメラインお姉様を殺したのには、他の理由があるってことよね。……でも、そこまでして公開させたくないことってなにかしら? わたしには思いつかないんだけど……』
『俺も同じです。エメライン様の研究のお手伝いはしておりましたが、核心に触れる部分については、エメライン様は俺にも公表寸前まで秘めておいででした。特にこの研究に関しては徹底されていて……』
つまりエメラインは、オズワルドが殺害してでも止めるしかないと判断するほどの事実を導き出していたのに、ジーンには伝えなかったのだ。
いや、敢えて伝えなかったのかもしれない。オズワルドから守るために。もしジーンがその事実を教えられていたのなら、オズワルドは絶対にジーンを逃がさなかっただろうから。
『えーと、整理すると、シルヴァーナ王家に王女ばかりが生まれる理由は、人間を超越した存在……つまり女神シルヴァーナの干渉のせいだとエメラインお姉様は考えていた。それは王子が生まれた時代に限って大きな災害が起きていたせいで、そんな真似ができるのは女神くらいだから。……合ってる?』
『はい、その通りです』
『でもオズワルドがお姉様を殺してでも研究を発表させたくなかったのは、王子が災害の招き手だと知られたくなかったからではなく、本当のところはお姉様しか知らない、と。……あら?』
ふと引っかかるものを感じ、ガートルードは首を傾げた。
『待って。女神シルヴァーナがシルヴァーナ王家に干渉して、王女ばかり生まれるようにさせた。つまり女神シルヴァーナは王家に王女だけが生まれることを望んでいた、ってことよね』
『そうなりますね。おそらく王女しか女神の力を受け継げないからではないかと、エメライン様は仰せでしたが、肝心のその理由はまだ……』
『それはいいの。わたしが言いたいのは、そこまでして王女ばかり生まれるようにしたのに、どうして王子が生まれているのかっていうこと』
『あ……』
ジーンが碧眼をぱちぱちとしばたたいた。長い指で唇をなぞる。
『……確かに、そうですね。女子しか生まれないようにさせられるのなら、そもそも男子が生まれないようにもできたはず……』
『なのに実際には王子が何人か生まれて、そのたび災害が起きているわ。自分でその原因を作って、自分で災害を起こすなんて、二度手間すぎない?』
それではまるで、……まるで。
『災害を起こす口実に、王子を使っているみたい。……いえ』
(逆だ)
途中ではっと閃き、ガートルードは言い直す。
『王子が生まれたから災害が起きた。王子は不吉な存在だから排除しなければならない。そう、アピールしているみたいだわ』
『っ……!』
『考えてみて、ジーン。お姉様の言う通り、シルヴァーナ王家だけ七百年以上の間、ほとんど女子しか生まれないのはおかしいのよ』
なのにエメラインが研究を始めるまで、誰もそのことをおかしいとは思わなかった。いや、おかしいと思った者はいただろう。だが皆、口には出さなかった。
『シルヴァーナ王家の王子は災害の招き手。国を滅ぼしかねない不吉な存在』
シルヴァーナの人間の心には、そう刷り込まれてきたから。
七百年の時をかけて。




