40・ジーンという男6(第三者視点)
事件の数日後。
ヘレナとアイリスには五年間、他国へ派遣される魔獣討伐軍に随行し、破邪魔法使いとして無償で働くことになった。
その間、貴族令嬢としての社交は一切禁じられる。さすがに結婚までは禁止されなかったが、ヘレナとアイリスの婚約者は今回の一件で婚約破棄を申し出たという。直系王女の勘気をこうむった令嬢を、妻には迎えられないと判断したのだろう。
二人に新たな婚約者が名乗り出る可能性はゼロに等しい。両親が生きている間はまだいいが、兄弟に代替わりした後は非常に不安定な立場に置かれることになる。平民男性初の破邪魔法使いとして認められたジーンよりも、よほど。
その他の聖女たちはヘレナの計画を知ってはいたものの、名門リリーホワイト侯爵家の名をちらつかされては逆らえなかった点で情状酌量され、女王からの叱責で済んだ。とは言え絶対的支配者たる女王のお叱りを受けたことは、魔法使いとしても令嬢としてもダメージが大きいのだが。
対して、魔法院長には一切の恩情がかけられなかった。
女王直属の組織の長でありながら、女王に仕えることになる破邪魔法使いを陥れようとしたのだ。これには事実を知ったエメラインの母ブリジット女王も激怒し、即日院長の地位と財産を剥奪した上、貴族籍からも抹消して騎鷲育成牧場送りとした。
気性の荒い騎鷲の育成には怪我が付き物。牧場には治癒魔法が使える魔法使いを常在させなければならないのだが、危険な任務ゆえ、成り手はなかなかいないのが現状だった。魔法院長は牧場常在魔法使いとして、死ぬまで無償で働くのだ。老境に差し掛かった身体にはこたえるだろう。
『本当に良かったのですか?』
エメラインの研究所へ呼び出されたジーンに、ヘレナたちの処分について説明してくれたのはエメライン本人だった。直系王女が平民に直接説明する。普通ならありえない事態だが、ジーンはエメラインの意図を薄々察していた。
『ヘレナたちは貴族令嬢としては終わったも同然ですが、破邪魔法使いとして身を立てることはできます。彼女たちの両親が多額の持参金を用意すれば、娶ってもいいという貴族もいるかもしれません』
特にヘレナはかの聖流貴族リリーホワイト侯爵家の縁戚だ。本家に頼み込めば適当な生け贄、いや、新たな婚約者が見つかる可能性は高い。
『元魔法院長も、貴重な治癒魔法使いですから、牧場では最優先で守ってもらえるでしょう。貴族ではなくなっても様々な優遇措置を取られるはずです。……本当に、あれで良かったのですか?』
エメラインが重ねて問うのは、ヘレナたちの処分にジーンの意志が反映されているからだろう。
――陥れられようとしていたのは貴方です。貴方はヘレナたちに、どのような処分を望みますか?
ジーンは『通例に則った処分を望みます』と答えた。つまりエメラインと女王に一任したのだ。
その結果、下されたのが今回の処分だった。ジーンが厳罰を望んでいればヘレナたちは貴族令嬢の身分すら失っただろうし、元魔法院長はさらに危険な任地へ飛ばされていただろう。あるいは『神判』をあのまま発動させ、女神の裁きを下させることも可能だった。
ジーンは迷わず答えた。
『良かったと思います』
正直なところ、ヘレナたちにはもっと甘い処分が下されると思っていた。エメラインもブリジット女王も、貴族側の人間なのだ。貴族たちからは『平民のために貴族を罰するべきではない』と反対の声も上がっただろう。実際、リリーホワイト侯爵家からは抗議があったと聞く。
なのに蓋を開けてみれば、実に『妥当な』処分だったので驚いた。
それに。
『いくら彼女たちでも、『神判』の天秤に舌や四肢を切断されて欲しいとは思いませんから。……本当にそんな魔法があれば、ですが』
『あら』
エメラインはまだらに金の散った碧眼をぱちぱちとしばたたき、頬を緩ませた。『神判』を発動させたあの時一瞬見せた、いたずらっ子のような表情がにじむ。
『ジーン、気づいていたの?』
『はい。あれは水魔法で造り出した天秤に破邪魔法の気配をまとわせただけの紛い物ですね。当然、真実を見抜くことはおろか、四肢を切断などできるわけがない』
ヘレナとて優秀な破邪魔法使いだ。水魔法の適性もあったはず。元魔法院長にいたっては破邪魔法こそ使えないものの、三属性の上級魔法まで使いこなす高位魔法使いだった。ハリボテの天秤を看破するだけの実力はあったのだ。
なのに彼らは呑まれた。エメラインの……直系王女の放つ覇気と迫力に。
本当に起きるのかもしれないと思ってしまった。女神が気高き王女を通し、裁きを下すという奇跡が。
『まあ、どうして気づいたの? ヘレナたちはすっかり騙されてくれたのに』
『……本当にそんな魔法が存在するのなら、秘匿されていてもなんらかの形で必ず痕跡が残るはずです。私はシルヴァーナ王国に存在するすべての破邪魔法の文献に目を通しましたが、そのような記述はついぞ見かけませんでした』
『破邪魔法の文献は、聖流貴族たちが秘蔵しているものも多いはずだけれど?』
『ご厚意で見せて頂きました』
『そう。それは幸運でしたね』
ジーンが『徒花』と呼ばれることも、その所以もエメラインはとっくに調べ上げただろう。そのジーンがどうやって『ご厚意』を勝ち取ったのかも察しはついているはずだが、清楚な微笑みを崩さない王女様は、ヘレナとは別の意味で厄介な貴族なのかもしれない。




