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33・転生ものぐさ王女は目を閉じて

今日は12時にも更新しております。

こちらは2話目です。ご注意ください。

『さあ、ガートルード……目を閉じて』



 エメラインの言葉に従いたくなんかなかった。一秒でも長く、懐かしい姿を見つめていたかった。



 伝えたいことがいっぱいあった。ありがとう、ごめんなさい、会いたかった、死なないで、……置いていかないで。



 でも、わかってしまった。



 ゆらゆらと頼りなく揺れる陽炎のようなエメラインが、こちら側に留まっていられる猶予はわずかだと。こうしてガートルードに語りかける機会を得られたのは、エメラインに……いや、この世界にとっても予想外の幸運だったのだと。



 だから。

 だから……。



『……ありがとう。いい子ね』



 震えながら閉ざしたまぶたの上に、エメラインが手をかざす気配がした。春の日差しにも似た温かい魔力は、確かにエメラインのものだ。



(……ああ……)



 流れ込んでくる魔力は優しい手となり、ガートルードの中に眠る魔力を揺り起こしてくれる。

 魂の内側を暴かれるのに不安はない。むしろ心地よい。歴代の王女たちもこうして手ほどきを受けてきたのだろう。祖母から、母から、あるいは姉から。



『そう。私も八歳の誕生日を迎えたすぐ後、お母様に手ほどきをして頂いたわ』



 エメラインが微笑んだ。同じ血に流れる魔力でつながっている今、互いがなにをしているのか、なにを考えているのか、視界をふさいでいてもつぶさに伝わってくる。



(お母様……)



 馬車の事故でガートルードを庇い、死んでしまった先代女王ブリジット。彼女の記憶はほとんどない。覚えているのはクローディアに似た美しく優しい女性だったことくらい。



『ええ、とても優しいお方だったわ。女王として厳しくもあられたけれど、私たち家族と過ごす時は心から慈しんでくださった。貴方を授かった時も、女神様が望外の幸運を恵んでくださったと喜んでいらしたのよ』



 すぐ上の姉、第四王女フローラとガートルードは九歳離れている。

 きっとガートルードは両親の先代女王夫妻にとって、予想外に出来た子なのだろうと思っていた。前世の母もまた一番下の妹と一回り以上離れた子を妊娠し、恥かき子だとうんざりしながら佳那に押し付けようとしていたけれど、現世の母はガートルードの誕生を喜んでくれたのか。



『きっとお母様も、貴方にこうして手ほどきをしてあげたかったと思うわ。お母様が亡くなられた後は、クローディアお姉様がお母様の代わりに手ほどきをするとおっしゃって……』



 ふふっ、とエメラインは思い出し笑いをする。



『そうしたらドローレスお姉様が手ほどきは自分がやると申し出られて、クローディアお姉様と言い争われたの。どちらも譲らないものだから、私もフローラも困ってしまったわ』



(そんなことがあったの?)



 意外だった。五姉妹の中でもドローレスは姉女王と一番仲がいいと思っていたから。

 王太女という地位もあるだろうが、姉女王に心からの忠誠を捧げていた。クローディア女王もドローレスを最も頼りにしていただろう。あの二人が言い争うところなんて想像もつかない。



『あったのよ。そうしたらお昼寝していた貴方がむくりと起き上がって、お姉様、って私に抱きついたの。……とっても可愛かったわ』



 エメラインの声が泣きたくなるほどの愛おしさを帯びる。



『まさかエメラインにさらっていかれるとは、とドローレスお姉様が笑い出されて、クローディアお姉様やフローラや私も笑ってしまって。……まさか本当に、私が手ほどきをすることになるなんて思わなかった』



(お姉様……)



『ごめんね。……ごめんなさい。帝国へ輿入れさせるだけでも貴方には犠牲を強いたのに……また、貴方に負担をかけてしまった』



 まぶたの上にかざされた手が小刻みに震える。きっとエメラインのほっそりとした全身も震えている。



『はっきり言うわ。……もう、貴方がシルヴァーナ王国のために尽くす必要はない。このまま帝国に庇護されて生きなさい』



(えっ……?)



 予想外の発言に、ガートルードはまぶたを開いてしまいそうになった。

 だってクローディア女王、ドローレス王太女、エメライン王女が殺害され、フローラがオズワルドに降った今、姉たちの仇を討てるのもシルヴァーナ王国を取り戻せるのもガートルードだけだ。ジーンを命がけで逃がしたのも、ガートルードに決意を促すためではなかったのか。



『……最初は、そのつもりだったわ。シルヴァーナの未来は貴方に託すしかないのだと』



 フローラは出産が済めば遠い修道院へ送られることが決まっており、事実上、王族の地位は奪われていた。たとえ彼女が挙兵しても成功する可能性はゼロに等しいと思われたのだろう。



『でも、肉体を喪って……魂だけの状態になって、初めてわかったの。シルヴァーナ王国に貴方が再び身を捧げるほどの価値はない。オズワルドに簒奪されなくても、遠からず終わりを迎えていた。それがほんの少し早まっただけ』



(……どういう……ことなの?)



 エメラインの手ほどきによって開かれた魔力の回路を、疑問と不安がぐるぐるとめぐる。



 エメラインは優秀な破邪魔法使いであり、魔法の研究者でもあった。その彼女が肉体を脱ぎ捨ててたどり着いたのが、こんな結論だったなんて。



(エメラインお姉様は……死してなにを知ったというの?)



 ふと、ガートルードは思い出す。モルガンとの初の対面の際、彼から渡された姉姫たちの手紙について。



 手紙の中で、エメラインは近いうちに大きな発表をする予定だと語っていた。彼女が主に研究していたのは、女神シルヴァーナの破邪の力が王女にしか受け継がれない理由だったはず……。



 冷たい汗が背中を伝い落ち、今さらながらの疑問が頭をよぎる。



(なぜ、エメラインお姉様が……いいえ、エメラインお姉様までが殺されたの?)



 シルヴァーナ王国において王位継承権を優先的に有するのは直系王女。冷遇される己と息子の王子たちのため凶行に及んだオズワルドが妻と義妹たちを殺したのは当然だと思っていた。彼女たちが一人でも生き残れば、僭王せんおう打倒の旗頭にされてしまうから。実際、ガートルードがそうなっている。



 でも、オズワルドはフローラを殺さず、己の妃に据えた。

 貴族たちに対する牽制を兼ねた人質ならば、エメラインでも良かったはずだ。いや、むしろ醜聞にまみれ、不義の子を妊娠中のフローラより、婚約者がいるとはいえ未婚で優れた魔法使いでもあるエメラインの方が王妃にはふさわしかった。



 なのに敢えてエメラインを殺し、フローラを選んだのは。



(エメラインお姉様の研究が……オズワルドにとって都合の悪いものだったから?)



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