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32.転生ものぐさ王女はつかの間の再会を果たす

 そもそも、とヴォルフラムは続けた。



「ここを訪れたのはブラックモア卿にジーンを診てもらい、完治は無理でも、自力で動ける程度まで回復させてもらおうと思っていたからなんだ。そうすればジーンが自分自身に破邪魔法を使えるはずだから」



 だがモルガンはジーンの診察どころか、起き上がることすら叶わない有り様だった。帝国にも破邪魔法使いはいるが、ジーンの存在は秘中の秘。公には『いない』ことになっている以上、治療に当たらせるわけにはいかない。



「……、じゃあ、ジーンはどうなるの?」

「このまま治癒魔法で体力だけ回復させながら、ブラックモア卿が目覚めるのを待つことになると思う」

「でも、でももし、その前にジーンの体力が尽きてしまったら……」



 その時はどうなるのかなんて、聞くまでもなかった。ヴォルフラムのつらそうな顔を見てしまったら。



「そんなの……!」



 ひどい、と吐き出しかけた瞬間、冷ややかな声が頭の奥に響いた。



『誰のせいだと思っているの?』



 初めて聞くはずなのに、懐かしい声だった。亡き姉クローディア、ドローレス、エメラインの誰とも違い、誰ともよく似ている。

 だからこそ胸に深く深く突き刺さる。



『ヴォルフラムが帝国の破邪魔法使いに治療を命じられないのは、貴方のせいよ』



 ジーンを……エメラインの遺志を伝える使者を保護していることがまだ公表されていないのは、帝国がまだ僭王オズワルドに対する態度を決めていないから。帝国が態度を決めないのは、ガートルードが己の進む道を明らかにしないから。



 正統なる女王として僭王を討つのか。

 オズワルドを王と認め、その権力基盤に組み込まれるのか。

 あるいは――なにもかも捨てて逃げるのか。



 どれかを選ばない限り、帝国もオズワルドが諸外国に公表していない『ルナフレアの悲劇』については知らないふりを貫くしかない。いずれオズワルドがなんらかの要求をしてくれば別だが。



『貴方が態度を明らかにしていれば、ジーンはとっくに帝国の破邪魔法使いの治療を受けていたわ』



 だが表向き『いない』ジーンを帝国の破邪魔法使いに治療させれば、帝国はジーンの存在を認めたことになり、オズワルドに対しなんらかのアクションを起こさなければならなくなってしまう。



『ジーンに関して、ヴォルフラムは帝国皇帝として判断を下しただけよ。……いつまでも宙ぶらりんの貴方と違ってね』



 突き刺さる――深く。



(……そう……わたしは……)



 なにも決めていなかった。形ばかりの夫アンドレアスが亡くなり、ヴォルフラムが自力で瘴気を克服し、ガートルードが帝国にいる理由がなくなってからも。

 ヴォルフラムをはじめとする帝国の人々が自分に恩義を覚え、好きにしろと言ってくれるのをいいことに、一月の間ずっと踏みとどまっていた。進むことも戻ることもせずに。



 そうして――『ルナフレアの悲劇』は起きてしまった。



 もしもガートルードが皇禍の後すぐ帰国していたら、オズワルドは凶行を思いとどまっただろうか。レシェフモートとカイレン、二人の魔獣の王を敵に回してまで姉姫たちを殺そうとしただろうか……。



(わたしがいたら……お姉様たちは……)



「ちゅん」



 泥沼に沈みそうだった意識を、高い鳴き声が引き上げた。ライがガートルードの手に舞い降り、青い瞳でじっと見上げてくる。



『君のせいじゃない』



 そう言われたような気がした。



『大丈夫。彼女が導いてくれる』



 ふわり……。



 ジーンのふところから出てきたなにかが、宙に浮かび上がった。精緻な百合の花の彫刻に朝露を模した魔石が嵌め込まれた、気品に満ちた指輪だ。



「っ……、それは、エメライン王女の……」



 ヴォルフラムが驚きの声を上げたことで、ガートルードも理解する。それはエメラインが死の間際、ジーンに託したという指輪だと。

 瞬間移動を可能とする魔法道具でもあり、エメライン王女の魔力をトリガーとして効果を発揮する。ジーンはその効果により王宮を脱出した。



 ライが指輪のもとまで飛び、翼の先端で魔石に触れた。とたんに魔石はまばゆい光を放ったが、恐ろしくはなかった。



「……これは……」

「まさか……女神の……」



 レシェフモートとカイレン、二人ともが宝石よりも美しい双眸を見張りはしても、ガートルードを庇おうとしなかったのもあるが……燃え尽きる寸前のろうそくの炎にも似た光の中に、二度と会えないはずの姿が少しずつ描き出されたから。



『ガートルード』



 やがて現れたその人はガートルードと同じ銀の髪をなびかせ、まだらに金の散った碧眼を優しく細める。呼びかける時ににじむ甘い響きさえ同じで、ガートルードは喉を震わせる。



「エメライン……お姉様……」



 みんな死んだなんて嘘なんだと思った。エメラインだけはオズワルドの魔の手を回避し、ここまで逃げ延びてくれたのだと。



 だから、いつもみたいに抱き締めて欲しくて駆け寄った。

 なのに触れ合うはずの手は空を切った。何度も何度も。それでも諦めずに伸ばそうとした手は、左右からレシェフモートとカイレンにそっと捕らわれた。



「……我が女神。その方は……」

「残念ですが、すでに」

「違うもん!」



 腹の底から叫んだ。両手を捕らわれたまま、高価なおもちゃをねだる子どもみたいにじたばたともがいた。

 だって。

 だって指摘されてしまったら、エメラインは本当に――。



『ごめんね、ガートルード。……私はもう、死んでいるのよ』



 哀しく微笑み、エメラインは淡い光をまとう手で己の胸に触れた。



『ここにいる私は指輪に残された魔力をよすがに現れた、魂の残滓に過ぎないの。魔力が尽きれば消えゆくさだめ……』



 エメラインは羽ばたきもせず空中に留まるライとうずくまったままのジーンを順番に見やり、ガートルードに向き直った。



『……でも、貴方に私の知識のすべてを贈ることくらいはできるわ』



今日も18時にまた更新する予定です。

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