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31・転生ものぐさ王女は孤立する

「あのゲームの主人公キャラたちは、流出してしまったウイルスを完全に防ぐ特殊な抗体の保有者という設定だった」



 ヴォルフラムに言われ、そんな設定もあったなと思い出す。普通の人間はゾンビに噛まれるとウイルスに感染し、ゾンビ化してしまうのだが、プレイヤーが操作する主人公キャラはダメージを受けはするもののゾンビ化はしない。それは特殊な抗体のおかげだったのだ。



「それで、その……おみ足隊の、例のアレ……」

「『暗黒の儀式』でいいよ、神部くん……わたしもそう思ったもの……」



 非常に言いづらそうなヴォルフラムにガートルードは首を振る。誰がどう見たってアレは暗黒の儀式なのだから仕方ない。



「ええと、じゃあその暗黒の儀式なんだけど。あれには一時的におみ足ウイルス的ななにかを発生させる効果があって、感染するとおみ足隊のようなおみ足の信奉者になってしまうんじゃないかな……皇宮警備隊やフォルトナー卿の配下たちのように」

「お、おみ足ウイルス!?」



 皇帝だが皇子様然としたヴォルフラムの口が繰り返す『おみ足』、そして『おみ足ウイルス』の破壊力にガートルードは愕然としてしまう。なぜかレシェフモートとカイレンは『なるほど確かに』と言いたげに頷いているが。



 ヴォルフラムが慌てて付け足した。



「あっ、便宜上ウイルスと呼んでいるだけで、本当にウイルスってわけじゃないから」

「う、うん……」

「ウイルスの感染経路は大きく分けて空気感染、飛沫感染、接触感染、経口感染があるんだけど、くだんのウイルスの感染経路はそのどれとも違う。おそらく発生源であるおみ足隊が任意で対象を選び、ヨナタンが言っていた歌を介して感染させるんだと思う」



 さもなくばリュディガーやヨナタン、ヴォルフラムも今ごろおみ足の信奉者になっていたはずだと指摘され、ガートルードは納得した。帝国の高位貴族と皇帝まで感染させては大問題になる、という分別はさすがのおみ足隊にもあったのだろう。



「おみ足隊が最も感染、いやおみ足の信奉者にさせたかったのはジーンだ。だが長時間儀式に参加させられていたにもかかわらず、彼はおみ足の信奉者にはなっていない。僕が診た皇宮警備隊やフォルトナー卿の配下たちとは明らかに様子が違う」

「……それって、つまり……ジーンには特殊な抗体があるってこと?」

「だと思う。ジーン個人の体質なのか、破邪魔法使いなら誰でも抗体があるのかはわからないけど」



 でも、とガートルードは首をひねる。



「じゃあどうしてジーンはこんな状態になってしまったの? 儀式の歌にも激しく反応していたし、絶対に無関係じゃないと思うわ」

「推測だけど……抗体があったせいじゃないかな」

「抗体があったせい?」



 抗体のおかげでおみ足隊の仲間入りは避けられたのに、こんな状態になってしまったのも抗体のせいとは、どういうことなのだろう。



「たぶん、おみ足ウイルスは肉体ではなく、精神そのものに働きかけるんだと思う」



 混乱するガートルードにヴォルフラムはわかりやすく説明してくれる。

 特殊な抗体のおかげで、ジーンはおみ足の信奉者にならずに済んだ。だが精神を侵されかけた衝撃が、彼の中に蓄積されていたストレスやトラウマを刺激し、フラッシュバックさせてしまっているのではないか。ジーン本人でも制御不可能な勢いで。



「……ならばいっそ、『ういるす』とやらに感染してしまった方が幸せだったかもしれませんね」



 レシェフモートのつぶやきを『不謹慎な』とたしなめられないくらい、ジーンは追い詰められている。

『ルナフレアの悲劇』の現場に居合わせ、主君を喪い、命からがら逃げてきたばかりなのだ。ストレスもトラウマも溜まりに溜まっているだろう。



「さっきも言った通り、むしばまれているのが精神なら、破邪魔法でなければ治療は不可能だ」

「でも今のジーンに、魔法を使うなんて不可能だわ」



 使えるのならばとっくにジーンが使っているだろう。モルガンなら完治は無理でも、症状を和らげる方法を知っているかもしれないが、昏睡中の彼に尋ねることはできない。



「……、……ライン、様……」



 そっと見やった時、ジーンはさっきまでとは違う切なさの混じる声を漏らした。何粒もの涙と共に。



「……エメ……ライン、様……申し訳、ありません……」



 大人の男性がそのまま消え入ってしまいたいとばかりに身体を丸め、嗚咽する。それは暗黒の儀式のせいだけではない気がして、ガートルードの胸はきゅっと痛んだ。



(この人は……エメラインお姉様を……?)



そして気づく。



(ここに、いる)



 ジーンを治療できる者は、ここに。まだ魔力の扱い方も習っていない、魔法使いとも呼べない存在だけど。



「……わたしが、ジーンを治療するわ」



 破邪魔法は適性がなければ発動すらさせられず、破邪魔法の適性持ちはごく少数だが、シルヴァーナ王国の直系王女は必ず適性を持って生まれてくる。

 亡くなった姉姫たちにも、あのフローラにすらあった。ならばガートルードにもあるはずだ。実際、皇禍こうかの折、ガートルードはジークフリートにとり憑いていたエリーゼの呪いを祓い、カイレンをブリュンヒルデから解放した。



 破邪魔法の使い方を知らなくても、あの時みたいにできる。絶対にできるはずなのに。



「いけません」

「許しません」



 レシェフモートとカイレンは同時に反対した。



「無礼者の負け犬に、なぜ我が女神が慈悲の手を差し伸べてやらねばならぬのです?」

「飼い主を喪った犬は野垂れ死ぬのが定め。いっそ飼い主の後を追わせてやるのが情けでしょう」



 冷酷な言葉にヴォルフラムだけは抗議してくれる……と思いきや、苦渋の表情ながらも首を振った。



「……僕も、櫻井さんが治療するのには反対だ」

「神部くん!?」

「破邪魔法は他の魔法に比べてもかなり扱いの難しい魔法だと聞いている。君が受け継いだ破邪の力は厳密に言えば破邪魔法とは違うんだろうけど……それでも、まだ魔力の扱い方すら習っていない君に、今のジーンを治療させたくない」



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