30・転生ものぐさ王女とおみ足ウイルス
今日は2回更新しております。
この話は2話目です。ご注意ください。
皇宮警備隊はおみ足隊を鎮圧するはずが、彼らに加わってしまった。その皇宮警備隊を止めようとした騎士たちもまた、おみ足隊に加わるとは。
(ゾンビにはなってないみたいだけど、あのゲームそのままじゃない……おみ足って強烈なウイルスかなにかなの……?)
そっとヴォルフラムを見やれば、『わかる』と言いたげな頷きを返された。ヴォルフラムもあのゲームを連想したらしい。
「仕方なく新たな騎士たちを呼び寄せ、おみ足隊との接触を避けて警備隊と騎士たちを捕縛させたのですが、やはりおみ足隊は止まりませんでした」
リュディガーは物憂げにため息をついた。ゲームの知識などない彼にとって、警備隊や配下の変化は謎でしかないだろう。いや、知識があっても謎なのだが。
「私も言葉を尽くし説得に当たりましたが、力及ばず……」
「そこで私が呼ばれた、というわけです」
無念そうなリュディガーの話の続きを、ヨナタンが引き取る。
「正直なところ、フォルトナー卿に無理だったものが私にできるわけがないと思いました。実際、私の説得にもおみ足隊は耳を貸しませんでしたし。……ただ、おみ足隊がずっと唱えているのは呪文というか、なにかの歌か詩ではないかと感じたんです」
「歌か、詩?」
「お恥ずかしながら、私、幼いころから声楽をたしなんでおりまして」
声楽は武術が尊ばれる帝国貴族男性としては珍しい趣味だが、ヨナタンが跡取りではないのもあり、両親は好きなだけ学ばせてくれたという。ヨナタンは優しい両親に感謝しつつ、帝国のみならず外国の歌曲まで習い覚え、聴く耳も鍛えられた。
そのヨナタンの耳が聞き取ったのは。
「おそらく、おみ足隊たちの故郷の言葉だと思うのですが……『おみ足、おお至高のおみ足、我らが輝ける星』……」
そこでなぜかレシェフモートがガートルードの両耳を背後からふさぎ、カイレンが小袿の袖をかざす。
……直後。
「うわぁぁぁぁっ!」
魂が抜けたようになっていたジーンがにわかに立ち上がり、頭を抱えながら床にくずおれた。
「やめろ、……やめろっ! それ以上言うなぁっ!」
「……ジ、ジーン?」
「聞いちゃ駄目だ……聞いちゃ駄目だ……鼓膜の奥はおみ足がわさわさだ……」
頭を抱えたまま項垂れ、ぶつぶつとつぶやき続ける。さっきまでの強気な態度からは想像もできない、異様な姿だが、驚いているのはガートルードだけだった。レシェフモートとカイレンはガートルード以外の人間に興味がないとして、その他は。
「……私が駆けつけた時には、すでにこのような状態だったのです」
はあ、と嘆息し、ヴォルフラムがヨナタンから説明を引き継ぐ。
さすがに皇帝まで駆り出されてはまずいと判断したのか、あるいは光雷にさしものおみ足隊も怯んだのか、ジーンはヴォルフラムの到着からほどなく解放されたそうだ。
「『今は引き下がるが、我らはおみ足隊でも最弱……いずれさらなるおみ足の使徒がそやつを導く……』と言い残し、彼らは去っていきました」
「完全に悪役の捨て台詞じゃないですか」
一番最初に対戦する敵方の四天王の一人が、敗れ去る間際に漏らすタイプの台詞である。しかもおみ足の使徒とやらは四人どころか何十人も存在しそうだ。
「ジーンは床にうずくまっていましたが、皇宮警備隊やフォルトナー卿の配下たちのようにおみ足ウイル……おみ足隊の暗黒の儀式の影響を受けた様子はありませんでした。念のため魔力を流して診察した結果も異常なし。そこで部屋に連れ帰り、療養させようとしたところ……」
「……こんな状態だった、というわけですね……」
全員の注目を集めているにもかかわらず、ジーンは項垂れたままなにかをぶつぶつつぶやき続けている。これで『異常なし』の診断は逆に怖い。
「ブラックモア卿ならなにか治療法をご存知かと思い、こちらにお邪魔したのですが……」
期待をこめて問うリュディガーに、レシェフモートは無情に告げた。
「おみ足は魔力枯渇で昏睡中だ。目覚めるのは早くても明日以降だろう」
「……、そう、ですか……」
リュディガーとヨナタン、ヴォルフラムが顔を見合せ、ため息をつく。ここにモルガンが同席していないことで、彼が身動きの取れない状況であることは予測していたのかもしれない。
(でも、それじゃあジーンはどうすれば……)
治癒魔法の遣い手であり、前世は医師だったヴォルフラムは、帝国では最高峰の治癒魔法使いと言っても過言ではないだろう。そのヴォルフラムでも手の施しようがないのなら、ジーンは一生このまま……?
「……、おそらく、彼がむしばまれているのは肉体ではなく、精神だと思います」
じっとジーンを見て、いや、診ていたヴォルフラムが口を開く。
「治癒魔法は肉体的な疾患には絶大な効果を発揮しますが、精神の病を治療することはできません。それは破邪魔法の領域です」
「破邪魔法の……? でもジーン本人が破邪魔法使いなのに……」
「ええ、それは……」
ヴォルフラムはヨナタンとリュディガーを一瞥すると、『すまないが控えてくれ』と告げた。心得た二人はガートルードに一礼し、隣の控えの間へ移る。
「櫻井さん、前世のサバイバルホラーゲームを覚えてる? 傘のマークの製薬会社が暗躍しまくるやつ」
ヴォルフラムがそう尋ねてきたことで、ガートルードは人払いの理由を察した。前世絡みの話をあの二人に聞かれるわけにはいかなかったからだ。ジーンは周囲に気を配れるような状態ではないから構わないだろう。
「覚えてるわ。わたしもちょうど思い出していたし」
ガートルードは頷き、レシェフモートとカイレンにゲームの情報を教えてやった。異なる趣の美貌が驚きに染まる。
「襲われた者が『ぞんび』になり、再び他人を襲って『ぞんび』を増やす……ですか」
「今回のおみ足隊と、よく似ておりますね……」
金とタンザナイトの双眸が見つめる先で、ジーンはまだ震えている。ヨナタンがおみ足隊の『歌』とやらを諳じていた時よりはだいぶ落ち着いたようだが。
(この憔悴ぶりは……本当におみ足隊の影響だけなのかしら……?)




