29・転生ものぐさ王女は命名する
「名前……名前ねえ……」
むむ、とガートルードは腕を組んで唸る。
前世には愛玩動物なんかいなかったし、弟妹たちの名前は両親が付けていた。両親はどちらもいわゆるキラキラネームだったので心配だったが、子どもたちには拍子抜けするくらい普通の名前を付けていたっけ。
「スーパーファビュラスエターナルクイーン……、とかは……」
「……ちゅん! ちゅちゅん!」
目覚めた時なんとなく浮かんだ名前をつぶやけば、小鳥はぶんぶんと首を振った。しかしレシェフモートとカイレンは誰をも魅了しそうな笑みを浮かべる。
「威厳に満ちた素晴らしい名前です。さすがは我が女神」
「神々しい輝きを感じますね。妾の姫御子は才能に満ち溢れていらっしゃる」
「えっ、本当? じゃあ……」
思いがけない絶賛にガートルードは食いつきそうになるが、小鳥が声を上げる。
「ちゅんちゅんちゅん!」
……なんだろう、絶対に嫌だという強い意志を感じる。
あ、もしかして。
「貴方は、男の子なのかしら?」
こっくりと頷かれ、ガートルードは納得した。男の子なのに『クイーン』は確かに嫌だろう。
「なら、クイーンじゃなくてキングにするとか……」
「ちゅんっ」
ぶんっ、とすごい勢いで小鳥が首を振る。キングでも嫌なのか。ならまったく違う名前を考えた方が良さそうだが……。
(この子に相応しい名前……)
ふっと浮かんだ言葉を、ガートルードは告げる。
「『ライ』……、なんてどうかしら」
ぴくり。
小鳥が震えた。
「前世……、じゃなくて、わたしの知ってる国では、笛のことを『籟』って呼ぶの。さっきの歌声がまるで笛の音色みたいだと思ったから……どう?」
どきどきしながら反応を待つと、小鳥はガートルードの膝に舞い降り、翼を広げた。桜色のくちばしから紡がれるのは、さっきとは違うもの悲しい、けれど不思議と胸が温かくなる旋律だ。小鳥が新しい名前を喜んでいる気持ちが伝わってくる。
「ライ?」
「ちゅん」
呼びかけに、小鳥……ライは澄んだ鳴き声で応えてくれる。
「ライ、……ライ……」
『……俺の名前、笛って意味があるんだよ……』
ぼんやり浮かぶおぼろな面影を頭の中に留めたくて、ガートルードは何度も小鳥の名を呼んだ。
めでたく小鳥の名前が決まった少し後、ヴォルフラムが再び皇妃の宮殿を訪ねてきた。リュディガーとヨナタン、そして驚いたことに渦中のジーンも一緒だ。
ただし、尋常な様子ではない。長身のリュディガーとヨナタンに両脇から支えられ、ぐったりしつつもどうにか立っている姿は、前世の秘密組織に連れて行かれる宇宙人を連想させる。白い頬はげっそりと痩け、宝石のようだった瞳はうつろで、ガートルードに挙兵を迫っていた時の鬼気迫る空気はどこにもない。
応接間へ通され、ソファに座らされたジーンに、ガートルードは恐る恐る呼びかける。
「ジ……、ジーン……?」
「おみ、……ぐぅっ!」
顔を上げたとたんなにかを口走りかけたジーンは、胸を押さえ、そのままがくりとソファに沈み込んでしまった。向かい側に腰かけていたガートルードは慌てて駆け寄ろうとするが、左右に控えたレシェフモートとカイレンがそれぞれすっと腕を伸ばして止める。
「我が女神、どうかうかつに近づかれませんように」
「その負け犬からは異様な気配を感じます。悪いものではないようですが……」
どういうことだと眉を寄せるガートルードの肩には、ライがとまっている。
ヴォルフラムの愛玩動物ということになっているとレシェフモートからは聞いたが、『飼い主』のヴォルフラムを見てもまったく嬉しそうではなかった。微妙な名前を付けられそうになったことを根に持っているのだろうか。
「あの、かん……陛下。いったい、ジーンになにがあったのですか?」
前世について知らないヨナタンとリュディガーに配慮しつつ、ガートルードは尋ねた。ジーンは祖国シルヴァーナの民であり、姉エメライン王女の部下だった男だ。その身柄に関しては、ガートルードが責任を持たなければならない。
「なにが……、ですか。説明するのが難しいのですが……」
「陛下。ここは現場に駆けつけた者から順番に説明するのはいかがでしょうか」
「それがいいと思います。正直なところ、私もよくわかっていませんし」
ガートルードと同じくよそゆき皇帝モードで悩むヴォルフラムにリュディガーが提案し、ヨナタンが同意を示した。駆けつけておきながらよくわからないとは、どういうことだ。
「……そうだな」
ヴォルフラムは頷き、ガートルードに翡翠の目を向けると、『フォルトナー卿の提案通りにしようと思いますが、いかがでしょうか』と申し出る。
もちろんガートルードに否やなどあるわけがなく、リュディガー、ヨナタン、そしてヴォルフラムによる証言が始まった。
最初はリュディガーだ。最初に暗黒の儀式の現場を発見したのは皇宮警備隊だが、彼らは近衛騎士団団長であるリュディガーに救援を要請した。
配下の騎士数人を引き連れ、駆けつけたリュディガーの目に飛び込んできたのはガートルードもすでに聞いた通りの状況のおみ足隊とジーン……そして。
「おみ足隊に加わり、謎の呪文を唱えながらジーンどのを取り囲んでぐるぐると回る皇宮警備隊でした」
「怖っ!」
震え上がるガートルードの肩で、小鳥のライも落ち着かなげに身体を揺らす。
「しかも私の命を受け、警備隊を止めようとした騎士たちもまた、おみ足隊に触れたとたん前後不覚の状態に陥ったかと思えば、むくりと起き上がり、おみ足隊に加わってしまったのです」
「……、それって……」
ガートルードは前世で大人気だったサバイバルホラーゲームを思い出す。ガートルード自身はゲームをプレイする余裕などなかったが、大量の実況動画がアップされていたので、ストーリーやキャラなどは知っている。
(傘のマークの製薬会社が開発したウイルスにたくさんの人々が感染してゾンビになっちゃうのよね)
街にあふれたゾンビたちに警察も死に物狂いで応戦したが、鎮圧はできなかった。ゾンビに襲われた人間もまたウイルスに感染し、ゾンビになってしまうからだ。
きりのいいところまで進めたいので、今日は18時にももう一度更新する予定です。




