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25・忌まわしき女神シルヴァーナ(第三者視点)

説明回が続くので、今回は2話同時に更新しました。

こちらは1話目です。最新からお読みになる方はご注意下さい。

「そういうわけだ。……ああ、言っとくけど本当のミジンコサイズに切り刻んで燃やし尽くしてみる、とかはやめてくれよ。時間の無駄にしかならないからな」



 少年が軽い口調で告げた内容は事実なのだろう。彼の存在を無に帰すたぐいの行動はすべてがなかったことにされてしまうのだ。ついさっき、レシェフモートの目の前で、落としたはずの生首が元に戻ったように。



 だが。



「小賢しい。……命さえ取られなければ、この私から逃げおおせられると思ったか?」



 殺せずとも、殺して欲しいと懇願せずにはいられないほどの苦痛を味わわせる方法はいくらでもある。タンザナイトの瞳を細めるカイレンも、同じことを考えているはずだ。



「逃げようなんて最初から考えちゃいない。むしろ早々にあんたたちと……魔獣の王であり、佳那さん、いや、ガートルード王女の絶対的な味方である二人に遭遇できたのは幸運だと思ってる」

「なに……?」

「『獅子と鷲』」



 少年が短く告げた直後、レシェフモートとカイレンの息を呑む音が重なった。



「あんたたちも見たんだろう? 雷雲を粉砕した後、浮かび上がった輪郭を」

「……まさか、貴様も?」

「ああ、見た。だから飛び出してきたんだ。早々に取っ捕まった上、この姿に戻れるとは思わなかったが」



 懐かしむ表情に、レシェフモートはかすかな違和感を覚えた。

 レシェフモートに共鳴した以上、今の姿こそ少年の本来の姿のはずだ。しかしあの表情は、まるで久しぶりに己の姿を見たような……。



「あれは『女神シルヴァーナ』が僭王せんおうオズワルドに与えた力だ。……あんたの言う『忌まわしい女』だよ」

「なんだと……」



 愕然とするレシェフモートの脳裏に、七百年前の記憶がじわじわとにじみ出る。



『お前がわたくしの願いを叶えるのなら、わたくしもお前を女神の下僕にしてあげるわ』



 レシェフモートに血を与え、二度と現れなかった――それはいい。レシェフモートがこうべを垂れたのは、あの傲慢が人の形を取ったような女ではなく、そうすることによって未来に出逢う本当の女神……ガートルードだったのだと、今ならわかるから。



 許せないのは、あの女がガートルードを己の身代わりにしようとしたことだ。



 約束を反故にされたレシェフモートが怒り狂い、いつか力をつけて復讐に現れることを、あの女は恐れた。だから身代わりにガートルードを召喚したのだと、そう思っていたのだが、皇禍こうかの後から考えを改めざるを得なくなった。



 なぜならあの女は……女神シルヴァーナは、ガートルードのみならずヴォルフラムも一緒に召喚した。



 ヴォルフラムの証言によれば、召喚の本命はガートルードであり、彼は『おまけ』だったらしい。つまりヴォルフラムは突発的に女神シルヴァーナの召喚に巻き込まれたことになる。そして魂に魔獣の核を埋め込まれ、瘴気を蓄積し続けてしまう致命的な体質で生まれてしまった。



 なぜ女神シルヴァーナがそんな真似をしたのかはわからない。確かなのは、必要だからやった、ということくらいだ。



 だがいかに女神といえど、人の魂を変質させるには相当な力を消耗するはず。そこまでして女神シルヴァーナが『ガートルードの召喚』にこだわる理由は、本当に身代わりにするためだけだったのか。

 そんな疑問が、レシェフモートの胸に芽生えたのだ。



 だから皇禍の後、ヴォルフラムたちと女神シルヴァーナについての情報を整理した際、ガートルードが召喚された理由についてレシェフモートは言及しなかった。ガートルードという女神のもとに集ってはいるが、基本的に魔獣の王は群れないものだ。カイレンに相談するという発想そのものがなく、ガートルードに打ち明けるわけにもいかず、一人で疑問を追究するしかないと思っていたのだが。



(この少年は、答えを知っている……?)



 レシェフモートは開いたままだった瞳をまたたかせた。すると少年を拘束していた蜘蛛糸が一瞬で消え失せる。



「ふう」



 少年は慌てず空中でくるりと回転し、体勢を整えながら床に着地した。レシェフモートの行動を見通したような反応が神経を逆撫でする。



「そんな、殺してやりたくてたまらないって顔しないでくれよ。あんたの力で一時的に元の姿に戻れてるだけで、今の俺はか弱い小鳥に過ぎないんだから」

「貴様がか弱いのなら、騎鷲アーラホークなど蚊蜻蛉かとんぼのようなものだろう」



 騎鷲とはシルヴァーナ王国や峻険な山脈を抱く国々に棲息する精霊獣せいれいじゅうだ。精霊獣は自然が発する魔力を浴びて生まれる野生動物を指し、瘴気から発生する魔獣とは明確に区別される。悪意をもって危害を加えられない限り人間を襲うことはなく、飼い馴らされれば人間に使役される種族もいる。騎鷲はその一種だ。



 軍馬ほどの体格を誇る大鷲で、武装した大柄な騎士を乗せても高速での飛行を可能とする。同じく精霊獣の天馬ペガサスは清らかな乙女あるいは破邪魔法使いしか乗せないが、騎鷲は騎乗させるに値すると認めた者なら乗せてくれる。



 そんな騎鷲とさっきまでの墨染色の小鳥を比べたら――いや、人間の姿であっても、少年の方が圧倒的に弱々しい。

 けれどそれは見た目だけだ。少年の本性を見透かしたように、レシェフモートは少年がその身に秘める力を正確に見極めている。



 この世界の法則から外れた……それでも存在を許されるほどの力。レシェフモートやカイレンさえ殺せない……女神の気配、そして……。



(……『獅子と鷲』……)



 レシェフモートを構成する二頭の獣……狼が血なまぐささを嗅ぎ、蜘蛛が女の哄笑を聞き取った。僭王オズワルドにあの女、女神シルヴァーナが『獅子と鷲』を与えたというのなら、炎魔法の適性しかなかったはずのオズワルドが突然人間離れした規模の雷魔法を操り始めたのにも説明がつく。



「……文字通り、人間であることをやめた。いや、やめさせたのか。あの女が」



 少年が頷いた。



「そうだ。あの女は目的のためなら手段を選ばない。俺はずっと見てきたから知っている。……そして今のあの女は、佳那さ……、ガートルード王女の姉姫たちを殺させ、祖国を戦乱の渦に叩き込もうとしている。自分の薄汚い野望を叶えるために」



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