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21・どこに出しても恥ずかしくないおみ足の下僕(第三者視点)

『ジーンがおみ足隊で珍妙な生き物が暗黒の儀式を執り行ってるってどういうことなんだ!?』



 ……いやお前こそどういうことなんだ、と叫んだ直後に自分自身へ突っ込みを入れたヴォルフラムだったが、聡明なジークフリートは主君の聞きたいことを察してくれたようだ。

 ふむ、と一つ頷く。



「半刻ほど前、メイドがジーンどのに食事を運んだところ、客室はもぬけの殻だったそうです」



 客室にはジーンの荷物がそのまま残されており、争ったような形跡もなかった。散歩にでも出たのだろうか、とメイドは考えたが、警備の兵士に確認してみたところ、誰もジーンが部屋を出て行くところを見ていないという。



 警備の厳しい皇宮で誘拐などありえない。

 しかしジーンはシルヴァーナからの賓客だ。万が一事件にでも巻き込まれていたら、シルヴァーナとソベリオンの関係にヒビが入りかねない。



 一報を受けた警備隊はジーンを捜索したが、いっこうに見つからず、とうとう近衛騎士団に……正確には団長リュディガーに助けを求めた。優れた魔法使いでもあるリュディガーは、一度会った人間の魔力の波動を覚え、必要とあれば追跡することができる。



 その能力で追跡したところ、ジーンはようやく発見されたのだ。



「皇妃殿下の宮殿の敷地内にあるおみ足隊の宿舎で、無数の赤いろうそくが灯された中、目出し帽と黒いローブ姿のおみ足隊に取り囲まれ、ぐるぐる回られながら謎の呪文を唱えられていたそうです」

「なんだその暗黒の儀式」



 想像してしまった光景の不気味さに眉をひそめつつも、ヴォルフラムはジークフリートの手元に注目してしまう。ジークフリートは説明しながら焼き菓子の皿をひょいひょいと動かし、焼き菓子を奪おうとする小鳥から守っているのだ。



 小鳥は丸いフォルムに反し異様に素早く、ヴォルフラムでは弾丸のように飛び回る姿の軌跡を追いかけるのが精いっぱいだ。しかしジークフリートはオパールの双眸をこちらに向けたまま巧みに皿を操り、小鳥を避けている。綺麗に盛りつけられた焼き菓子を少しも崩さないという離れ業で。



「近衛騎士団団長はおみ足隊にジーンどのを解放するよう要求しましたが、おみ足隊は『ブラックモア侯爵の命令により礼儀と教養を叩き込み、どこに出しても恥ずかしくないおみ足の下僕に昇格させている最中である。手出しは無用』と主張したため、団長も強攻手段を取れず、説得要員として侍従どのが呼ばれた。そういう経緯のようです」

「……そんなことになっていたのか……」



 おみ足こそ至上の女神と崇めるおみ足隊にかかれば、どこに出しても恥ずかしい変態が爆誕しそうだ。ガートルードに無理を強いるジーンに対する印象は最悪だが、変態の仲間入りはさすがに哀れである。

 現場のリュディガーもそう思い、どうにかしてジーンを救おうとしているのだろうが、皇妃の宮殿は皇帝の権力も及ばぬ治外法権だ。無理を通そうとすればレシェフモートとカイレン、二人の魔獣の王が現れ、存在ごと消されてしまいかねない。



「ということは、ジーンはおみ足隊に拉致されたのか?」



 目撃情報はないようだが、おみ足隊はいずれも異国の手練れの戦士だ。兵士に見とがめられずジーンを拉致するくらい、やってのける気がする。



「いえ……」



 ジークフリートはオパールの双眸を思案げに細め、焼き菓子の皿をくるりと回した。ジークフリートの眼球をつついてやろうと突進していた小鳥は皿に阻まれ、逆方向に打ち返される。



「私が思うに、拉致したのはもっと上の者ではないかと」



 宙に投げ出された焼き菓子が、ジークフリートが掲げた皿に元通り収まった。曲芸じみた動きに見惚れ、ヴォルフラムはやや遅れて問い返す。



「上の者というと……おみ足、いや、ブラックモア卿か?」

「はい。おみ足隊はジーンどのの存在すら知らなかったはずですから、かの御仁が拉致し、おみ足隊に託したのだと考える方が自然でしょう」



 言われてみれば確かにそうだ。納得できる……が。



「そうなると、皇宮警備隊がブラックモア卿一人にしてやられたということになるんだが」

「不甲斐ないと責めるべきなのでしょうが……皇宮警備隊といえど、一般兵では束になってもブラックモア卿に対抗できないかと。私も不意を突かれれば危ういでしょうね」



 意外な賛辞に、ヴォルフラムはぱちぱちと目をしばたたいた。



「ジークフリートでも危ういのか?」

「ブラックモア卿は魔力操作の達人ですから。ただ魔力操作に長けた魔法使いならシルヴァーナ貴族には珍しくありませんが、高位貴族でありながらあれほど実戦に馴染んでいるのはブラックモア卿と……そうですね、もう一人くらいしか思い当たりません。戦い方は全く違いますが」

「もう一人とは誰だ?」



 興味にかられて問うと、ジークフリートは懲りずに上空からの攻撃を仕掛けた小鳥を難なくさばき、やや間を置いてから答える。



「ギデオン・ホークヤード伯爵。シルヴァーナ王国随一の魔法騎士団を抱えるホークヤード家の当主であり、……亡きドローレス王太女の婚約者です」

「……!」



 その名前はヴォルフラムの記憶にもあるが、あくまで『友好国の要人として』だ。人となりや力量までは知らなかった。



(櫻井さんの義兄になるはずだった男は、ジークフリートにそこまで言わせるほどの武人だったのか……)



 ホークヤード魔法騎士団の長にして、王太女の婚約者に選ばれるほどの名門伯爵家の当主。弱小男爵家の次男に過ぎなかった僭王オズワルドより、よほど王配に相応しかっただろう男。

 もしもドローレスが『ルナフレアの悲劇』を生き延びていたなら、彼女が新たな女王、ギデオンが王配となり、僭王に立ち向かう未来もあり得た。



 オズワルドにとっては王位簒奪以前からの潜在的な政敵。ギデオンとしても、婚約者の仇に屈することなどできるわけがない。

 ならば――。



(……まず間違いなく、櫻井さんに接触してくるだろうな)



 シルヴァーナ王家五人姉妹のうち、女王クローディア、王太女ドローレス、第三王女エメラインが殺され、第四王女フローラがオズワルドの妃に収まった。この状況下でオズワルド討伐のために挙兵するなら、第五王女ガートルードを旗印に据え、『正統なる女王による王国奪還』の大義名分を掲げるのが最善策だ。



 シルヴァーナ国内の情報はなかなか入ってこないが、ギデオンがジークフリートに一目置かれるほどの器量の主なら、オズワルドへの反抗を続けているだろう。ガートルードが正統なる女王の地位を主張し挙兵すれば、必ず合流してくるはずだ。



(ドローレス王太女の婚約者なら、まだ二十代か)



 ガートルードの新たな『夫』として、絶対にありえない年頃ではない男の存在に、ヴォルフラムの胸はざわめく。



 平和な時なら忌避される年齢差だが、今は僭王に王国を支配されている緊急事態だ。有力貴族にして強大な騎士団の長でもあるギデオンと、新女王の婚姻は支持されるにちがいない。……なんの功績もない他国の皇帝よりも、よほど。



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