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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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「やはりこんな辺境の田舎に暮らす令嬢などに、ハル様が釣り合うはずがありませんわ。」


シュロールは目の前にいる全身を赤い色で包み込んだ令嬢に向かって、笑顔を取り繕っていた。

少し後ろへ視線を送ると、申し訳なさそうにこちらを見るカメリアが立っていた。


「私はグランフルール王国ビュルブ公爵家、マグノリアと申します。はっきり言ってハル様のお相手が、このような田舎令嬢などとは信じられません。カメリア様にお願いしてご一緒させてもらってよかったわ。貴女…立場を弁え、ハル様の周囲に近寄らないでちょうだい!」


赤い胸の開いたドレスに、赤い花の髪飾り、華やかな金色の髪の毛をなびかせ、赤い扇子で侮蔑の視線を送ってくる。

綺麗に施された化粧に赤く塗られた口紅、かなりの美人だとは思うが…性格がきつそうだ。

なにより挑戦的にハルディンのことを略称で呼び、シュロールの反応を伺っている。


「はあ…。」


シュロールは首を傾げ、困ったような表情を浮かべた。

実はこういうことは、初めてではない。

春に訪れた夜会のあと、ティヨール内からも似たような手紙がいくつか届いていたが、実際にフェイジョアまで来たのはこれが初めてだった。


シュロールの煮え切らない返事に、苛つきを隠せないマグノリアは続けて責め立てる。


「ハル様へは私の父ビュルブ公爵から内々に、我が公爵家の婿へと話が進んでおります。その証拠に先日の夜会も、私のエスコートを引き受けていただきましたし…貴女さえ出しゃばる様な真似をしなければ、ハル様の将来は輝かしいものとなるはずなのです。」


「マグノリア様…。」


この発言にはカメリアも少し疑問を感じたのか、窘めるように口を挟んだ。




「…そのお話は、すでに何度もお断りをしているはずですが?」


迎えるなり、前に出て話しだしたマグノリアに付き合っていたシュロールとカメリアは、今だエントランスにいた。

玄関口から聞こえた声に振り返り姿を確認すると、引き締まった貴族らしい装いのハルディンだった。

一年ぶりに見るハルディンは、貴族らしさを全身で醸し出し、動きは優雅で洗練されている。


「マグノリア様、なぜこんな辺境まで…。貴女のように高貴なご令嬢がこのような土地にいらっしゃると、お父上であるビュルブ公爵が心配なさいます。お早くグランフルールへお戻りにならなければ。」


それまでシュロールへ立場の違いを厳しく説いていたマグノリアは、ハルディンを見たとたんその声に甘さをのせる。

ふらふらと吸い寄せられるようにハルディンの元まで近づき、訴えかけるような視線で話し出した。


「ハル様…それならば、私とご一緒にグランフルールへ戻っていただけますか?」


ハルディンは頷かずに、表情に微笑みを浮かべたまま話を続ける。


「私はまだ、外交の途中ですから。それよりも先程聞こえた話によると、私がマグノリア様をエスコートして夜会へ出たような話になっておりましたが…聞き間違いでしょうか?一度ダンスを踊ったことはありますが…。」


「それはっ!…何度もお願いしているのに、ハル様がつれなくお断りになるからではありませんか。」


マグノリアは体をよじり、恥ずかしさを堪えながら、ハルディンの胸へと手を添える。

小さな我儘をいい、甘えてくる恋人…マグノリアからは、そんな親密さが見て取れるようだった。


そんな二人の様子を眺めていたシュロールだが、不思議と動揺はしていなかった。


添えられたマグノリアの手を小さく握り、さり気なく離すとハルディンは「失礼」と言って歩き出す。

シュロールの前に立つと、ハルディンは手を後ろに組みシュロールを見下ろす。


「待たせた。何か変わったことはないか?」


「大丈夫です、ハルディン様。」


二人はまっすぐ見つめ合ったまま、硬質な挨拶を交わす。


マグノリアは田舎令嬢の元へ行ったハルディンを悔しさがにじむ視線で眺めていたが、あんなしゃべり方をするハルディンを見たことがない。

あれではまるで、主従のようではないか…マグノリアは意地悪な笑みを浮かべた。


「…ルディでいいと言っただろう?本当にお前は、いつまでたっても慣れないな。」


そう言うとありったけの力でシュロールを引き寄せ、頭に額にキスを落としていった。


「待って、ルディ。みんなが…ルディ、ルディ!」


シュロールの声によって、ハルディンの動きが止まる。

カメリアは呆れ、マグノリアはわなわなと震えている。


「ハル様?」


その言葉に、ハルディンは返事を返さない。

ハルディンの愛称は、ルディであり、ハルではない。

そしてハルディンがその愛称を呼ぶことを許したのは、世界中でシュロールだけなのだ。


「ハル様っ!」


その場に沈黙が流れる。

ハルディンは自分が呼ばれているのだと気づく様子もなく、シュロールを抱き寄せていた。




「…迎えにこないと、こちらから来てみれば。本当に、無礼な。」


再び玄関口に視線をやると、この場で一番華やかな装い…クリームイエローのドレスに身を包み、優雅に髪の毛を結い上げた、気品のある女性が立っている。

ハルディンは一瞬だけ眉を上げ、視線を送るが気にかけないようにしたようだった。


「ブロンシュ様?」


その場に現れたのは、コニフェルード王国の王女…けっして他国の辺境になどいるはずもない人物だった。

シュロールが驚いた様子で目を見開き、声を掛けると、ブロンシュは恥じらった様子でそれに答える。


「私を救うと言って、一度も姿を見せない。しょうがなく、こちらから来てあげましたの。」


そこまでいうと急いで澄ました表情で取り繕う。


「シュロ…ブロンシュ様と、お知り合いだったの?」


不思議そうにカメリアが声を掛けると、その言葉にブロンシュが眉間に皺を寄せた。


「シュロ?」


「ええ、リアにはそう呼んでいただいております。」


シュロールはこの場にブロンシュがいることが不思議すぎて、正常な思考が浮かばない。

問いかけに対し、ぼんやりと返す。


「リア?」


再びそう疑問を浮かべるブロンシュに対して、反応したのはカメリアだった。


「シュロと私は、親密なお付き合いをさせていただいておりますの。」


「…グランフルールの花姫。」


ブロンシュとカメリアの視線が交わる、なぜか誰も間に入れない雰囲気が漂っていた。


「グランフルール最後の仕事が『コニフェルードとの香油の取引』だったので、一番権力のありそうな方と交渉した結果…交換条件が『シュロールと会わせる』だったもので。」


ハルディンだけが空気を読まずに、シュロールを抱きしめたまま説明をする。

カメリアから視線を外し、頬を赤くしたままブロンシュはシュロールへ話しかける。


「では私の事は、ロティと。そして今日は以前のように、同じ寝具で眠ることにします!」


「同じ寝具ですって?シュロ、どういうこと?…いいえ、わかりました。今夜は私もご一緒いたしますわっ!」


何故かカメリアとブロンシュは張り合っていて、シュロールの意思はなく、蚊帳の外だ。

いや…もっと言えば、マグノリアはいつの間にか自分よりも高位な人に囲まれている田舎令嬢だと侮ったシュロールをあっけにとられ、離れた場所から見つめていた。




   ◇◆◇




「聞いたか?お嬢様とブレシュールの結婚が決まったらしい。」


「馬鹿…ハルディン様、だろ?」


「あいつもよくがんばったな、なにせ『お嬢様の旦那気取り』だったからなぁ。」


違いないと頷く騎士達は、数人で噂をしていた。


「そうするとエンジュ様はどうするんだ?」


お嬢様であるシュロールが結婚すれば、エンジュは爵位を退くのか…そんな疑問が騎士達に浮かぶ。

背後から騎士達に覆いかぶさるように、肩を組むヴィンセントが現れた。


「残念だな。しばらくはエンジュ様が、続けて辺境女伯をされるそうだ。その後引退しても、軍事顧問として指導されるらしいから、俺達と離れることはないらしいぞ?」


そう言うと少し離れた通路を歩いているエンジュを見つけ、全員がその姿を眺めていた。

全員が残念そうに大きなため息をついた時、エンジュの顔がこちらを向く。

一瞬の表情で目を細めたのがわかる。


次の瞬間エンジュが通路を走り出した。

騎士達は何かが起きたのか、その場の様子を確認するが…次第に焦りの色に変わる。

まさか、こちらへ来る?


   ・

   ・

   ・


建物の出口が蹴破られ、弾けるように開くと、猛獣に襲われるように騎士達は逃げ出していた。

一瞬のうちに背後を取られると、エンジュから回し蹴りをくらう。

尻を出す格好で、騎士達はその場に倒れこんだ。

全身の意識が、エンジュに蹴られたところへ集中している。

間違いなく、蚯蚓腫れは確定…その後、激しい鈍痛に襲われるだろう。


「エ、エンジュ様?」


「陰口は、本人がいないところでするものだ。」


そう言うと、一人の騎士の尻に足をかけ、蹴り上げた。

聞こえていたのか…あの距離で?

いやエンジュ様だ、なにがあってもおかしくない。

お嬢様の結婚で自分たちが解放されると思ったことが、間違いだったのだ。




   ◇◆◇




「一度グランフルールへ帰るが、爵位を受けその後はここに戻ってこれる。そうしたら一年後は結婚だ。」


ハルディンは仕事の予定を話すように、淡々とシュロールに伝えた。

戻ってからも気を抜くことはできない…エンジュから了承を得る、これを結婚の準備と同時に一年のうちにこなさねばならない。


シュロールはハルディンの様子を、にこにこと見つめていた。

特に甘い言葉もなければ、事実を遠回しにしゃべることもない。

そんな貴族らしくないハルディンの姿に、シュロールは安心を覚えていた。


「結婚式についての要望は…なにかあるか?」


「特には…あっ、強いて言えば。」


シュロールの言葉にハルディンが向き合う。


「今までお世話になった方や、フェイジョアの皆さんに、私の魔力で祝福を送りたいと…。」


シュロールの魔力は、聖属性…回復や解呪だけでなく、祝福もできるはずだった。

結婚式までにどうにか発動できるよう、神殿の皆さんに相談してみよう。

自分の考えに、今まで力を貸してくれたたくさんの人の顔が浮かぶ。


「しかしその規模だと、相当な魔力が必要になると思うが?」


ハルディンが心配そうに尋ねてくる。

一度は魔力が尽き、倒れてしまったシュロールを見ているのだ。


「あら?」


シュロールは悪戯を思いついたような表情を浮かべて、ハルディンの側まで近寄る。


「ご存じなかったのですか?私の魔力…聖属性魔力は、ありあまっておりますの。」


そう言うとシュロールは今までで一番幸せそうな笑顔を浮かべ、自分からハルディンの胸へ飛び込んでいった。

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