世界の終わり
「私…」
真っ直ぐに私を見ている拓馬の目を見詰めながら、私は口を開いた。
「私、今まで嫌なことがある度逃げてばかりだった。思い通りにならなければ誰かのせいにして自分を守ってばかりいた」
適当な言い訳を当たり前のように使うようになり、いつしか自分が逃げていることにも気付かないようになっていた。
現実を見るよりも逃げることの方が楽だから。
でも、結局逃げていたって何も変わらない。
「拓馬に会えて良かった、こうして直接拓馬の名前が呼べて拓馬に触れられて。ありがとう、拓馬」
二次元の人を好きになっても傷つかない、それが分かっていて拓馬を好きになった。
だけど、拓馬への想いは本気だった。
「優菜、元の世界に戻るつもりなの?」
淡々と言葉を続ける私の手を握る力のこもったその手は汗ばみ、私を写す目からは最悪の結末が近付いているのではないかと不安に揺れていた。
「帰りたくないよ、ずっと拓馬の側にいたいよ。でも、拓馬こと逃げる理由にしたくない。今この場で自分の想いを伝えて、それが原因で元の世界に戻ることになったとしても、もう一度必ずこっちの世界に帰ってくる」
拓馬が私に言ってくれた言葉が私に力を与えてくれた。
『住む世界が違うと言うのならオレがそっちに行く』
拓馬がそう言ってくれるのなら、私だって、
「もう一度、必ず、拓馬に会いに来るから」
だから待ってて。
そう続けたかったのに。
突然言葉が出てこなくなり、変わりに熱いものが込み上げてきて目から涙が溢れてきた。
何で…。何で泣いてるの?
こんなとこで泣いたら、自分の言葉が嘘になってしまう。
そんな心とは裏腹に涙が止まらない。
私の嗚咽だけが響き渡る染み垂れた空気を破ったのは拓馬だった。
「オレ、待つなんてできないよ」
思いがけない言葉を放つ拓馬は先程までのすがるような弱い瞳からいつもの高圧的なものに戻っていた。
私と言えば、その言葉の真意が分からず私の胸中は複雑だった。
その気持ちが伝わったのか、
「ごめんな、優菜」
私の目元を指で拭い、もう泣かないでと言うようにポンポンと頭を叩いてくれた。
「優菜が元の世界に帰ることになったとしたら、迎えに行くのはオレの役目だろう?だから、待つなんてできないよ」
拓馬の言葉が私の心を温かくしてくれる。
ああ、拓馬はいつだって私の気持ちを分かってくれる。
「だから安心して、優菜の思った通りにしていいよ、オレは優菜の中から絶対に消えないから」
滅多に笑顔を見せない拓馬の僅かに口角をあげたその顔にまた涙が出そうになった。
ゲームの中で好感度マックスの時に流れるBGMが聞こえる気がする。
私はいつだって拓馬に救われてきていた。
小さく息を吸ってから、私は口を開いた。
「私、拓馬が好き、大好き」
たったの一言がこんなにも難しいなんて思いもしなかった。
もっともっとたくさん伝えたいことあったけど、この一言が今の私の全て。
途端に閉まっていたはずの窓が開き、強風が入ってきた。
月の明かりが恍惚に点滅し始め、眩しくて目が開けられない…。
暗い映像から一気にフラッシュを浴びたように気分が悪くなる。
「優菜」
愛しい人の手の温もりがこの世界の最後だった。




