逃げない勇気
「オレ何を…?」
今しがた自分がしたことが信じられないと言うように、真っ青な顔をして震えている自分の手と私を見比べた。
私はと言えば…。
突然の事で動揺していたものの、思ったより落ち着いていた。
さっきの拓馬は私が見たことの無い、私の知らない彼であり、恐怖を感じていないと言えば嘘になる。
私の首すじに残っている強い感触が先程の出来事は本当にあったことだとハッキリと認知させている。
それでも、拓馬が本気で私を消してしまおうとしたなんて思えない。
「優菜…、オレ…」
小刻みに震える声で私を見上げる拓馬からは先程までの狂気に満ちた気配は全く感じられない。
何か言いたいことがあるのだろうが、開きかけた唇からは何も聞こえない。
それでも、必死で何かを伝えようとしている拓馬がいたいたしく思えて、
「大丈夫だよ、拓馬」
私はまだ震えている拓馬を抱き締めた。
「私がこの世界に来たのは拓馬のせいじゃないよ。私が拓馬に会いたかったから。だから、だから。今幸せだよ。拓馬がいてくれるなら幸せだよ」
好きと言う言葉はまだ伝えられなくて、その変わりに今の自分の想いを捲し立てた。
私の腕の中で、少しづつ落ち着きを取り戻していくのが分かる。
静かな静かな時間が流れ、いつの間にか外の風も収まり、月が顔を覗かせていた。
「優菜、ごめん」
私から離れた拓馬はいつも通りの表情で軽く頭を下げたまま続けた。
「自分勝手に優菜を振り回して、オレ本当に最低だよな…優菜の前では大人ぶって接してたけど、本当はそんな余裕どこにも無かった。身勝手な思いで優菜を連れてきて、そんな自分の想いに気付かれるのが怖かった。優菜を失うのが怖かった、怖くて逃げたかった」
拓馬がそんな気持ちだったなんて全く気付かなかった。
逃げたかった…。
拓馬の言葉が私の心に重くのしかかる。
現実から逃げたくてこの世界に来た私。
二次元には辛く悲しいことなんてないと思っていた浅はかな私。
目の前にいる二次元で生きている拓馬が逃げたいと言う気持ちを持っていたなんて。
「バカだな。今自分の想いが届いてるのに、こんな風に思うなんて、情けないよな」
私は…。
現実逃避のためにこの世界に来たけど、ここでこうして拓馬に会って、拓馬と恋をして、気付いた。
逃げてちゃダメなんだ。
ちゃんと自分の想いに向き合って、拓馬に想いを打ち明けたい。
拓馬に好きと言いたいから。
「拓馬、私、ちゃんと拓馬に想いを打ち明けたい」
「え?」
驚愕した顔で私を見詰める拓馬。
それはこの世界から私は消えることになる言葉。
そして、私と拓馬の記憶からも消えてしまう。
でも、私は絶対に忘れない自信がある。
拓馬のこと忘れることなんて絶対にない。
「私」
小さく深呼吸してから、私は口を開いた。




