現実逃避の世界
何処までも続く長い道を拓馬の手をとって歩く。
「私ね、拓馬が大好き」
拓馬の横顔に想いを伝えると、拓馬が私の手をぎゅっと強く握り返された。
「知ってたよ、そんなこと」
そこで立ち止まり、抱き締められる。
「オレもずっとお前が好きだった、だけど…」
だけど、何?
拓馬が口を開きかけ、景色が途絶える。
んー何かいい匂いがする。
今日の朝食は、楓特性のフレンチトーストかな?
ん?
いつもと違う感触のベッドにいつもと違う薫り…。
そうだ。
私、今拓馬の家にいるんだ。
私、拓馬の家で暮らせるんだ。
「おはよう、リンネ」
リビングに既に朝食の用意が整っているのを見て、あ、と申し訳無く思った。
「…。ごめん、私何もしてない」
「いいよ、リンネ疲れてたみたいだし、昨日はぐっすり眠ってたよ、イビキもすごかったし」
「え?え?イビキ!本当…?」
嘘、私、イビキなんて掻いてたの?
大好きな拓馬の側で?
そんな失態信じられない。
何て言っていいか分からない私に、拓馬が笑顔で答える。
「嘘だよ、可愛い寝顔だったよ、襲っちゃいたいぐらいにね」
「え」
刺激的過ぎる…。
こんな暮らしが毎日続くと思うと、私、生きていけるかな?
「おはよぉー、マイレディ」
サンルームの扉が開いたと同時に、セクシーボイスが聞こえた。
「何しに来た?レント」
派手目な茶色の革ジャンを羽織ったレントと隣には前の拓馬のパートナーであり、最近までこの家で拓馬と一緒に暮らしていたリリカだった。
「いや、マイレディが拓馬と暮らすようになったって言うから、マイレディファンのオレからしたら、彼女が幸せなのかどうか見る権利があると思ってね」
「権利なんてそんなものお前にねーよ」
「おいおい、そんなこと言うなよ、リリカも連れて来たんだし」
「リリカ、元気そうで良かった、レントにいじめられてないか?」
レントにはケンカ越しの口調だったけど、リリカには笑顔を見せた。
「うん、大丈夫よ、とても優しくしてもらってる、朝食の邪魔してごめんね。ちょっと、リンネと二人で話してもいいかな?」
え?私?
予想外のことであたふたしてしまう。
「ちょっと外出ない?」
「うん…」
今日もとてもいい天気だった。
この世界に来てから雨を見たことがないぐらい。
「拓馬との時間邪魔してごめんね」
「ううん」
「良かったね、拓馬と一緒に暮らせるようになって」
「…うん」
「そんなに構えないでよ、怒って取り返しに来たとかそう言うんじゃないんだから」
私の応答がぎこちなかったんだろう、リリカに不信感を与えてしまったようだ。
「私ね、現実世界でゲームしてる時は本当に拓馬が好きだった、けど、ここの世界に来て、それがただの現実逃避と言うことに気が付いたの、ここの世界はきっとただの空想のようなもの、いずれ夢から覚めたら消えてしまう」
「…」
「あ、ごめん、これは私の意見だから気にしないで。私、契約更新しなかったの、だから、あと少しでこの世界から消えて元の世界に戻るわ」
「え?」
「先に戻るから、あなたも早く戻ってくるのよ」
リリカが現実の世界に戻る?
「どうして?」
「ここは私たちのいるべき世界じゃないから」
あなたにもそのうち分かると思う。
聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声で続けると、さてと、と口調を変えて。
「さ、拓馬が待ってるから戻りましょう、ほら?拓馬がこっち見てるわよ」
リリカの言う通り、拓馬がこっちを見ていた。
私と目が合うと優しく目を細めた。
リリカの話し私にだって分かってる。
でも、今はもう少し、もう少しこのままここにいたい。




