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the 21st flight 「いざ、旅立ち」



 あと十分も飛べば、目的の島が見えるはずだった。


 ディスラークを発進した州軍の航空部隊を迎撃した後、ドロバースト一家に属する全機が、事前に知らされた島へ向かう様指示されている。勿論、戦闘後の飛行に耐えうるという条件付ではあるが。


 それが叶わない場合は、飛べるところまで飛び、不時着した先で後の救助を待つのが最善の策とされた。元の泊地へ戻ることは、何故か許されなかった。そして下っ端の彼らは、その真意を知らされなかった。


 だが、当初の楽観的な予測に反し、州軍の抵抗は頑強だった。もともと援護を忠誠心に薄い賞金稼ぎに負っていた上に、州軍も凄腕の賞金稼ぎを雇っており、援護がままならない状態に陥ってしまったからだ。


 結局……殆ど無傷の状態で空戦域を脱することが出来たのは、僅か三機。


 傍らを飛ぶ機体に、機長が眼を凝らす。無事なのはエンジンだけ。あとは胴体といわず主翼と言わず弾痕が生々しい。燃料タンクを撃ち抜かれなかっただけでも幸運というものだ。こちらは主翼部分を一箇所打ち抜かれて供給を停止した結果、島へ向かうギリギリの分しか残っていない。


 それでも、戦場から完全に脱したという安心感からか、配置に付いていながらも、見張りもそこそこに呆然と座り込む様子や、煙草を吹かしている者が目立った。


 先に到着した仲間がいるかもしれないという微かな希望が、彼らを空の途へと駆り立てていたと言っても過言ではなかった。


 不意に、乗員の一人が口を開いた。


 「ボスは、仇の首を取ったかなあ」


 「あの化物に乗ってるんだぜ。島ごと消したとしても不思議じゃないさ」


 「そりゃそうだ」


 男達は、笑った。


 同じ頃、編隊の背後から忍び寄る機影に彼らの誰もが気付かなかった。


 そして……気付いたとしても、もう遅かった。


 前方の三つの機影を挟んだジャイロサイトの照星が収縮し、獲物を挟み込んだ。


 その瞬間、自動的に信管と射角を調整された多連装ロケット弾が、真白い白煙を曳いて目標へと向かっていく。


 火矢の束は、三機の至近で一斉に炸裂した。


 それだけで十分だった。乗員は自分でも知らない内に愛機ごと炎に包まれ、三つの火の玉となって海面へと叩き墜とされた。


 空電音が、空の何処かで虚しく響く。


 『……こちらシャーク‐リーダー。目標を仕留めた。指示を乞う』


 『……ゴールドよりシャーク‐チームへ、周辺に機影は確認できない。速やかに現空域より離脱し、母艦に帰投せよ』


 『了解……帰還する』


 先ほど海賊を葬った長機をはじめとする四機編隊は、秩序の取れた機動で一斉に主翼を翻した。双発、双胴の統合政府海軍主力艦上戦闘機「グレイキャット」は、艦上機でありながら形状が似た「チャリオット」に比して遥かに優秀な機動性、そして前述したような独特の火器管制機能を持っている、それらを以てすれば、トタン張りのオンボロ飛行艇を葬ることなど雑作もない。


 だが、苦痛を感じる間も無く一瞬で葬られた連中は、ある意味で幸運だったのかもしれない。何せ、先に進出していた統合政府軍長距離爆撃機の爆撃により、一面火の海と化した新しい根拠地の惨状に、絶望を感じずに済んだのだから……。






 ――――あれから、二週間近くが過ぎた。


 再び平穏が戻ったクラクティアの飛行場では、塗装を戻された雷電が相変わらずの陽光の下、日の丸に彩られた銀翼を休めている。


 数週間前まで州を恐慌のどん底に叩き込んだ海賊騒ぎはすでに終息へ向かっていたが、その顛末は見る者によっては釈然としないものを感じさせずにはいられなかった。


 事態の終盤になって、あれほど要請しても動かなかった政府軍が、州知事の海賊への内通が発覚するや否や、突然迅速に行動し、海賊の根拠地を壊滅させてしまったのである。


 そこにもってきて当の政府軍幹部と州知事との癒着まで白日の下に晒されると、今回の海賊騒ぎへに対する統合軍そのものの関与を疑う者も増えたのは、当然の成り行きだった。


 一時期州の拘置所に拘留されていたリシュヴィー前州知事は、さらなる調査と重要参考人としての身柄の安全確保のため、先週になって州から中央に移送された……はずであった。


 それが……途中で給油のために立ち寄った地方空港で行方をくらました。


 「あいつに一人で逃げる度胸なんてない。きっと誰かに連れて行かれたのさ。事の真相が露見しては困る誰か……にな」


 とは、今回の海賊騒ぎで州軍との交戦の結果拘留された海賊「ドロバースト一家」の一人の言だ。リシュヴィーと同じく、統合軍の幹部と今は亡き自分たちの頭目との接触を知っていた彼らは一人として政府からの呼び出しを受けず、未決囚として未だに「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」の州立刑務所に留め置かれたままなのだから、これは奇妙な格差と言ってもよかった。リシュヴィーは、単なるコマでしかない海賊の手下以上に、何か重要なことを知っている?


 軍は自己の介在を否定した。それでも、風説は今や「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」準州の州境を出て世界中を駆け巡っている。中央の有力紙には、数名の将官や高級士官が事情聴取を受けているという未確認情報すら出ている。


 一方、あの海賊騒ぎで、海賊の迎撃に貢献した光義は相応の報奨金を得た……とはいっても、その大半がヴァイオレット‐リーベルへの支払いとクラクティア工場への「改造代金」に消えてしまった。


 「自分で勝手に改造しときながら、金をとるのかよ」と、文句の一つでも言いたくなる。


 リナはリナで、悪態をつく光義を笑った。


 「大金持ちになれたかも知れないのに。残念ね」


 「まあ、金なんて、おれの世界に持っていったところでクソの役にも立たんからなあ」


 「ふうん……帰るんだ」


 急に、リナは悄然とする。


 「どうした……?」


 「いや……ファイが悲しむだろうなぁ……って」


 「…………」


 そのファイは、先程から無言のまま、飛行場の一点に魔方陣を描いている。


 光義を召還する日が近くなるにつれて、ファイは懸命に、あるときは涙を流して光義を止めたものだ。


 ……そして光義の意思が変わらないと悟るや、彼女はもう光義と口を利かなくなった。それが彼女なりの我侭の発露なのだということに光義が悟るのに、リナの指摘が必要だった。


 「そうか……あのにはもう甘えられる相手がいないんだな」


 今日は、旅立ちの日だった。ファイにとっては光義と、そしてリナとの別れの日。


 発端は、先週のことだ。有翼竜が運んできた封筒の書面の形をして、それはやってきた。


 「士官学校の募集定員に欠員が発生したため、特例として入学を認む」という内容に、喜ばないリナではなかった。そしてそこまで、ファイの魔術は手が回らなかったのだろう。


 それ以来、ファイは塞ぎこんでいる。そんなファイを慰める術を、光義とリナは持たなかった。


 心配する光義に、リナは言う。


 「あたしがあの子と同じくらいの時には、あたしを慰めてくれる人なんていなかったもの……大丈夫、ファイはきっと一人で立ち直るから」


 そしてリナは、中央へ向かう航空便に便乗すべくクラクティア工場に別れを告げ、ディスラークへ向かうところだった。光義は雷電の胴体にリナを乗せ、ディスラークへ送り届けてから、日本へと還る。少し回り道になるが、「蝕」の最後の(とき)には、十分間に合う。


 出発を前にして、光義はそれとなく言ってみる。


 「飛行機なんて、ここでも乗れるだろう?」


 「あたしには、やらなきゃいけないことがあるからさ」


 それが両親の仇を討つことであることを、光義は知らないわけではなかった。そしてリナの方は、自分の眼前の青年が、自分の両親の仇と合間見え、済んでのところで逃がしたことを知っている。


 光義は、頭を下げた。


 「『殺し屋』のことは、済まなかったなあ……もう少しで殺してやれたんだが」


 「いいんだ。仇は、あたしの手で取るから」


 光義は、空の一点へと眼を細める。


 「『殺し屋』は手強いぞ。戦闘機乗りになったら、腕を上げなきゃ……」


 リナは無言で頷いた。大きく、そして力強く。


 先程まで雷電の整備を監督していた一人の男が、松葉杖も痛々しく光義に歩み寄った。


 「お前、ここに残るつもりはないのか?」


 「…………」


 突き刺すようなゴフの眼差しに、光義は頭を伏せた。二週間前の空戦で火達磨となった機体から間一髪で脱出し、そのときに負った傷はだいぶ癒えかけてはいたが、最初に会ったときからかなり老け込んでしまったように、光義には見えた。


 光義の反応を十分に楽しむように眼を凝らして、ゴフは苦い笑顔を浮べる。


 「……他意はねえ、ただ言ってみただけだ」


 光義も、苦笑する。


 「じいさんは、ちゃんと落とし前をつけた。おれにだって、向こうでつけなきゃならん落とし前がある」


 ゴフの眼つきが、急に変わった。


 「小僧。お前、死ぬ気だろう」


 「人間はいずれ死ぬ。それが明日か、五十年後かはおれにはどうでもいい……そういうことさ」


 「じゃあ……止めねえ」


 ゴフが雷電に合図を送った。操縦席に陣取ったルヴ‐ルーンの始動により、雷電のプロペラがゆっくりと回り始めた。


 特徴ある冷却ファンの奏でる轟音に、リナは微笑んだ。


 「喧しいけど、無くなったら寂しくなるでしょうね」


 「そうか?」


 光義は、リナを促した。トランクを片手に小走りに駆け寄ったリナが、ルーンに手伝ってもらいながら雷電の胴体に身を滑り込ませる。


 胴体の奥に身を沈める間際、リナは見た。


 「ミツヨシッ……!」


 駆け寄ってきた小さな影が、ミツヨシの腰を抱いた。ファイの背に合わせて腰を落とした光義の頬に、ファイの唇が重なった。


 ファイの肩を抱きながら、光義は囁いた。


 「離れていても、見上げる空は何処でも同じだ。それを忘れるな」


 「うん……!」


 涙眼に、ファイは頷いた。それが、別れの挨拶だった。


 雷電はおそらく、二度と踏まないであろう飛行場を舞い上がった。


 「……離れていても、見上げる空は、何処でも同じ」


 振動の酷い雷電の胴体で、何度それを呟いたかわからない……だが、呟く度に想いは募る。


 胴体内の気温が上昇するのを感じる。高度が下がっているのだ。


 フラップの作動音。脚の下がる音……ほど無くして、ドスンッ……という着地の響き。


 滑走……やがて、振動が止まった。自分でも知らない内に、不思議なまでの静寂に、リナは身を任せていた。


 別れの時が来たのを、彼女は感じた。


 最初に飛行場に足を下ろした光義の上空スレスレを、双発双胴の機影が駆け抜けていく。それが数日前に修理を終えた政府軍の偵察機であることに思い当たるのに、しばしの逡巡が必要だった。


 「そうか……あいつらも帰るのか」


 光義の感慨に応えるかのようにバンクを振る機影。その美しい後姿に、光義は湧き起こる感嘆に身を任せていた……操縦士の腕はいい。


 「リナも、ああいうことが出来るパイロットになれればいいな」


 「ミツヨシ……?」


 「ん……?」


 二人の視線が、交錯する。


 「本当に、帰るの?」


 「実を言うと、おれも散々迷った」


 と、光義は苦笑する。


 「じゃあ……何時までもいればいいのに」


 「それでもさ、守らなきゃならない国が、おれにはある。『親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン』と同じだ」


 「そう……」


 リナは、口ごもった。


 「戦争……勝てるといいね」


 「きっと……勝てるさ」


 光義の仕草に、リナは拭いきれない不安を見たような気がした。だが、あえてそれを指摘はしなかった。誰しも触れられたくない「いままで」を持っている。自分やファイ、そしてゴフもそうだ。そして三人に共通するのは、「これから」どうすべきか、ということだ。そしてリナもミツヨシも、それぞれの「これから」を自分で選んだのだ。


 ……だから、「これから」のことについては、もう何も言うまい。


 「でも、死んじゃ……ダメだからね」


 「ダメ」の一言に、余分に力が入る。


 「リナの整備した雷電、大切に乗るよ」


 光義は、それだけを言った。


 踵を返し、雷電の操縦席へと向かおうとする光義を、リナは呼び止めた。呼び止めようと声を上げるのに、少なからぬ勇気が要った。


 「ミツヨシ……!」


 「…………?」


 無言のまま、光義は立ち止まった。


 頬が紅潮し、足が震えるのを、リナは感じた。


 そして……しばしの沈黙の末、リナは頭を振った。呼び止めてしたいことがあったはずだが、いざとなれば行動に移せない自分がいる。


 「ウウン……何でもない」


 光義は、また歩き出した。そして再び操縦席に腰を下ろし、バンドを締めかけたそのとき――――


 リナはトランクもそのままに駆け出し、目を見張るようなステップで主翼に飛び乗った。


 「…………?」


 操縦席ごしに、リナは光義に飛び付いた。


 光義の襟に回されたリナの両腕。陽光と潮風の中に、光義は少女の瑞々しい匂いを感じ取った。


 直後……リナの唇が、光義の唇に重なった。


 オレンジ色の髪の毛が、白いマフラーが、潮風に揺れた。


 リナは囁く。


 「……離れていても、見上げる空は、何処でも同じでしょ?」


 ……暫しの抱擁を解くと、リナは白い歯を見せて光義に笑い掛けた。そのままリナはトランクを引っ掴み、駆け出した。

 

 「じゃあねぇーーーーーー!」


 手を振りながらターミナルへ向かう少女を、光義は狐にでも摘ままれた様な表情で見詰めているしかなかった。やがて我に帰った光義は、腹のそこから込み上げてくる苦笑に、身を任せるしかなかった。


 「こいつは……一本取られたな」


 だが、いい土産ができた……その満足感とともに機上の人となる。


 あとは、ファイの魔方陣に従って元の世界へ戻るだけだ。


 光義は、上昇に転じた。最後に一回だけ、できるだけ高い処から「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」を目に収めたかった。


 クラクティア島の方向へ針路を維持しながら雲海を抜け、丸みを帯びた水平線をその彼方に見る高度が、ちょうど「親不孝共バッドサンズ環礁ラグーン」全域を見渡せる高さだ。つい先日まで、銀色の甲冑にグラマラスな体躯を包んでいた愛機は、今再び緑衣と日の丸を纏い、空の煉獄へと戻ろうとしている……それはまた、光義の意思であり、そして運命。


 「綺麗だ……」


 雲が薄いのは幸運だった。お陰で、エメラルドやサファイヤに飾られたような環礁と海原を、じっくりとこの目に刻み込むことが出来る。


 一転し空を仰ぐと、途端に闘志が湧いて来る。


 さあ……行くか。


 ――――そのとき。


 『――――「レディ‐ラナ」よりディスラークへ……攻撃を受けている。繰り返す!……攻撃!……』


 女性の声は、あの双発機の操縦士の声だった。


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