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the 22nd flight 「波乱」



 怒りに任せるがままテレンス‐ケルヴィム‐アメルはチャリオットを駆り、前方の機影へ機首を向けていた。


 考えてみればそれは理不尽な怒りだった。自分が最も嫌う人間が、自分の将来の栄誉はおろか、一歩間違えれば生殺与奪を握る重要な物を抱えて眼前を飛んでいるのだ。


 それを知らされたのは、ほんの一時間ほど前のことだった。今や何処かの港湾の水底深くに沈められた元海賊の前州知事が死ぬ間際に明かしたのは、自分と彼との通話記録。そして文書化されたあらゆる記録が州当局に押収され、騎兵隊の航空機を使って中央へ運ばれるということだった。通話記録はともかく、あの馬鹿はどういうつもりで我々との接触を文書化していたのか?


 それは……わかっている。


 あの目端が利く海賊野郎のことだ。きっと後々に、我々に対する脅迫のネタに使うつもりだったのに違いない。しかしそれは愚かな行為だった。その辺の企業や州ならともかく、我々を脅そうというのは……まさに笑止! 


 それ以上に不愉快なことが、アメルにはあった。どうしてこの俺……将軍の息子であり、士官学校の主席卒業生でもあり、栄光ある将来を約束されたこの俺が、あんな馬鹿の尻拭いをせねばならないのか! さらにはあの馬鹿……海賊上がりの馬鹿が余計なことをしてくれたせいで、計画の全てがオシャカになってしまった。


 否、リシュヴィーだけではない。海賊が何の働きも見せなかったのが今回の計画の破綻の全ての原因だった。ことが成ったあとの利権を餌に動かした海賊は、あれほどの陣容を誇ったのにも拘らず、ろくな装備を持たない田舎の州軍ごときに無残な敗退を喫した。噂に拠れば州軍はかなり腕の立つ賞金稼ぎを雇い、海賊を散々に苦しめたと言う。


 じゃあ、こちらが金を出して海賊連中に雇わせた賞金稼ぎは何だったのか? あの態度だけは立派な海賊のボスは、それを問い詰める前に乗機が墜落し無残な死を遂げた。これもまた噂だが、その海賊のボスを葬ったのも、件の賞金稼ぎだというのだ……!


 「銀色の弾丸」?……何だそいつは。そんな名前の賞金稼ぎなど、聞いたこともない。


 ……そして、計画を立てた「お歴々」は、計画の無残な破綻の、全ての責任の所在を、この俺に求めたのだ……!


 『……わかっているな? 少佐』


 今より一時間程前。猫撫で声で電話の主は言った。


 『最初から何もなかった……そういうことにせねばならない。貴官にはそれを可能にする権限と、それを為すべき責任がある』


 「ハッ……!」


 『……そこで本題だが、通信傍受により「レディ‐ラナ」がディスラークを発ったことが判明した。今回の件の、全ての証拠があの機に積まれている。そこで君に「志願」してもらいたい。証拠を葬ることをな……』


 「…………」


 抗弁の余地は、無かった。


 電話が切られるや否や、アメルは飛行帽を引っ掴み、狂ったように部下を叱咤して愛機を飛ばし、「レディ‐ラナ」を待ち構えたのだ。


 中尉、お前が悪いんだ!……眼下を飛ぶ「レディ‐ラナ」を、獲物を見出したハイエナのように見やりながら、アメルは残忍な笑みを浮べた。この美青年に、かくの如き性格を与えたところに、神の為せる悪戯の介在が感じられた。


 些細な正義感に駆られて、組織を売るかのごとき任務を買って出たばかりに、俺はお前に「懲罰」を与えなければならなくなったじゃないか……これ以上、俺の手を煩わせるなよ。


 だが……もう、煩わさせたりはしない。お前はこの空域で、永遠に「行方不明」になるんだ。


 アメルはバンクを振った。途端に、背後の雲から浮き上がるかのように列機がアメル機の前へ出た。


 長機より前へ出る列機。「俺の手は、汚さない」という態度がミエミエだ……少なくとも、「レディ‐ラナ」の座席越しに迫り来る「刺客」を睨みつけるアヴィゲイルにはそう見えた。


 「どうします? 中尉?」


 「あの……馬鹿!」


 アヴィゲイルの、スロットルを掴む手に力が篭った。下手に回避機動を取れば追いつかれる。なるべく速度を稼ぎ、直線飛行で安全域まで逃げ切るのがベストだ。アヴィゲイルはそう決断した。


 だが、速度性能、そして気速を稼げる高度差では向こうに利があった。追いつかれるのは、まさに時間の問題。


 ディスラークに助けを求めるか?……しかし、二週間前の海賊との戦闘で負った痛手から向こうの州軍は未だ立ち直っていない。さんざん迷った挙句、意を決したアヴィゲイルはディスラークを呼んだ。


 そのときには、背後には双発双胴の機影が、はっきりとした輪郭と光沢を伴って迫っていた。


 『四時方向!……来る!』


 後方を睨むマグナイト准尉の声は、絶叫に近かった。


 機を左に滑らせ、射弾をかわす。追い縋る光弾の奔流が、白煙を引いて空を切る。だが、一方を避けきれても交互に迫るもう一方の攻撃はかわせない。


 機体に被弾!……操縦桿の反応を感じる限りでは、実害は感じられない。反射的に操縦桿を前に倒し、機を降下させる。気速を稼ぐためだ。


 『振り切れない!』


 断続的に襲う被弾の衝撃に、思わず頭を伏せる。しかしそれほど当ってる気がしない。あんな卑劣漢どもでも、味方を撃つ事に躊躇いがあるのか?……それとも向こうの射撃が下手なのか?


 そのとき、ランティ上級曹長が叫んだ。


 『左エンジンに被弾!』


 火に包まれる左エンジンを見遣るまでも無かった。嫌な振動がしたと感じた途端、長年この機を操ってきた者としての直感がエンジンスウィッチを切った。


 「…………」


 死を前にしているはずだが、不思議と、怖いとは感じなかった。空に生きる者として培われてきた諦観が、彼女を奇妙なまでに落ち着かせていた。


 「レヴィ、現在地を打電。それと全員パラシュートと救命衣を用意。私が合図したら脱出を……」


 最後まで機を操り、「刺客」を曳き付けるつもりだと、長年連れ添った部下が悟るのに一瞬もかからなかった。


 『機長!……馬鹿なこと言わないで下さい』


 「これは命令よ。それと、『荷物』を……頼むわね」


 『中尉!』


 ランティは、泣声になっている。


 何気なく、アヴィゲイルは背後を振り向いた。一機のチャリオットが、鼻先スレスレと見紛う程までに迫っているのに気付いたとき、アヴィゲイルは覚悟を決めた。


 「撃ってくる!」と直感したそのとき―――――




 ――――太陽は、光義の背中の向こう側にあった。


 機首を転じた先には、P―38と見紛うばかりの双発双胴の機影。


 その先には見覚えのある、左エンジンから黒煙を曳く一回り大きな機影。


 「……気に食わねえ」


 たった一機、それも女ばかりの乗る相手に何をやっているのか?……双発機を追う先頭の機に照準が重なり、そいつが獲物に距離を詰めた次の瞬間。光義は引鉄に力を篭めた。


 一撃で、先頭の機に炎を吐かせた。次の瞬間には主翼と言わず胴体と言わず破片を派手に撒き散らしながら、炎の塊が下方へと沈んでいく。


 直後、編隊が乱れた。それが光義の狙い目だった。急に上昇して速度を落とした一機を続く一連射で葬り、もう一機のエンジンに炎を吹かせたときには、光義の駆る雷電はすでに空戦の環の中に入っている。

 

 そのまま旋回戦に引き込み、光義は立て続けに二機を墜とした。


 雷電の周囲で、断末魔の炎に包まれた機影が舞う。アメルが放った刺客は、ものの一分もせぬ内に全てが空に消えた。


 「……次はてめえか?」


 残るは一機……隊長機だと、光義は確信した。


 「そうか……お前が『銀色の弾丸』か」


 たった一機残ったチャリオットの操縦席で、肩を震わせながらアメルは叫んだ。


 「何で俺の邪魔ばかりすんだぁーーーーー!」


 チャリオットは、増速した。その加速振りが、半端ではなかった。


 主翼下の緊急離陸用ロケットモーターを、アメルは点火したのだ。


 チャリオットは翼下から二条の水蒸気を曳き、両者は眼の回るような相対速度で正面から交差した。


 だが、旋回は雷電の方に分があった。忽ちチャリオットの後背に回り込み、照準器に双発双胴の機影が重なった。


 「まずいっ……!」


 視線を転じた先に、空のはるか彼方、その一点に浮かび上がる魔方陣。一瞬、光義は息を呑んだ。


 そこに、隙が生まれた。


 チャリオットは再び加速し、雷電をその射程外に引き離し、そして上昇した。


 攻守は、逆転した。


 「これで終わりだ。弾丸野郎!」


 ジャイロ式照準器に重なる雷電の機影。ほくそ笑むと同時に、発射ボタンに力が篭った。


 スコールのような弾幕が雷電の緑色の機体を包む。回避する間も無かった。激しい衝撃とともに風防ガラスが砕かれ、光義は思わず頭を伏せた。


 そのまま加速し、チャリオットは雷電の後背に占位した。操縦するアメルに宿るのは、確信された勝利の織り成す余裕。


 「これで終わりだ」


 アメルは笑った……お前を倒したら、あとはゆっくりと中尉を料理するだけだ。


 朦朧とする意識の中で、光義は肩越しに迫る敵手を睨み付けた。


 「舐めてんじゃねえぞ、コラ!」


 手が、フラップレバーに伸びた。


 フットバーを蹴った。


 必中を期した弾幕が、空を切った。


 「…………!」


 回れ!……必死の一念が通じたのか。雷電は失速寸前の急旋回でチャリオットの背後に食い付いた。


 照準器一杯に、再び機影が重なる。機影が加速を始め、徐々に遠ざかる。そしてこれが最後のチャンスであることを光義は知っていた。


 引鉄が引かれ、解き放たれた射弾は、チャリオットの操縦席を無慈悲に撃ち抜いた。


 炎の腕に抱かれて急激に速度を落とし、がっくりと機首を落としていく機体を省みるまでも無く、光義は遠方の魔方陣を見遣った。魔方陣は、さっき見たときよりもだいぶ薄くなっていた。


 間も無く「蝕」が終る?……嫌な軋みを立てるエンジンをあやす様に、ゆっくりと機首を転じ、光義は帰路へと向かう。


 「レディ‐ラナ」と、別れを惜しむ暇など残されてはいなかった。


 「…………」


 傾きかける機体を、トリムタブを調整して姿勢を保とうとするうち、自機の置かれた状況に光義は内心で愕然とする。


 主翼の外板が剥げ、桁が剥き出しになっていた。機首の継ぎ目からは、どす黒いオイルが鮮血のように漏れ出ている。オイルが全て漏れ出てオーバーヒートを起こすのが先か、飛び込む前に魔方陣が消えるのが先か……微妙なところだ。


 双発機は?……と、視線を落とした先、海面に浮かぶオレンジ色の筏を見出したとき、軽い安堵を覚える。


 「そうでもねえか……」


 さらに視線を落とした先に、風に揺られる落下傘を目にしたとき、表情が曇った。さっき墜とした隊長機のパイロットだろう。


 ……だが、おれの仕事はもう済んだ。光義は慎重にスロットルを操作し、ゆっくりと加速した。


 霞みかかる魔方陣……鼓動が高まり、思わずそれに向けて目を剥いた。


 頼む!……間に合ってくれ。


 速度(ノット)は、340……320……これ以上は出なかった。それでも、眼前に魔方陣が明確な輪郭を持って光義の眼前に広がって行く。


 ……機首の、それもスピナーの先端が魔方陣のど真ん中に触れかかった瞬間。魔方陣は消えた。直後、その消えた魔方陣のど真ん中を、満身創痍の雷電は突き破った。



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