最終話 これから
半日かけてディアール迷宮を出たとき、すでに外は夜になっていた。
二人は近隣の街へ向かい、宿でツインベッドの部屋を借りる。
「少し出てくる、エメリーヌは先に休んでいてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。疲れただろ?」
「――では、お言葉に甘えて」
ただ来た道を引き返すだけとはいえ、Aランクの迷宮となれば当然疲労は溜まる。
エメリーヌに休むよう言い聞かせてから、ロットは一人で宿を出る。
少し出るとは言ったが、特にロット自身に用事があるというわけではない。
ロットは人目に付かない手ごろな路地裏に入ると、誰かに聞かせるように言った。
「出てきて構わないぞ」
「さすがですね」
ロットの言葉に反応するように、忍の装束を思わせる黒装束を身にまとった少女――エリーがロットの背後に現れた。
街に入ってからずっとつけられていることはわかっていたが、エメリーヌと別行動するまであえて気付かない振りをしていた。
「用件は何だ?」
「ご当主様からこちらを預かっています」
そう言って、エリーから二通の手紙が差し出される。
「一通はロット様宛、もう一通はエメリーヌ様宛です」
おそらく、無事にディアールの迷宮から戻ってきたときに渡すよう言われていたのだろう。
特に拒絶する理由もないので、素直に受け取っておく。
「用件はこれだけか?」
「はい。ですが――」
「何だ?」
「何か、私にできることはありますか?」
「急にどうした?」
「私なりに、結婚祝いができないかと」
エリーはまだ十代だが、もう三年近く危なっかしいエメリーヌを見守ってきた。
歳は離れているが、親のような親しみをエメリーヌに感じていても不思議ではない。
「そうだな――では、馬車を手配してもらってもいいか?」
「馬車、ですか?」
「ああ」
エメリーヌと話し合って、しばらく定住はせず、二人で色々なところを旅して思い出を作ろうということに決まった。
出会ってから日が浅い二人ならではの決断で、旅の道中にはロットの実家に寄って挨拶をすることも考えている。
「どのような馬車をご所望ですか?」
「見た目は地味だが、性能は上質。そんな感じのものがいい」
「派手過ぎず、使い勝手のいいものですね」
「ああ。頼めるか?」
「もちろんです。三日ほどお時間を頂ければ」
「わかった。ありがとう」
準備ができ次第、泊っている宿に手紙を出すと言い越し、颯爽とエリーは消えていった。
そうしてちょうど三日後、約束通りエリーから馬車の手配ができたと連絡を受けた。しかも、宿の前まで連れてきてくれた。
「エメリーヌに会わなくていいのか?」
「はい。私は陰で支えられればそれで十分です」
「そうか。助かった」
「では、私はこれで」
エリーが去ってから、エメリーヌを宿の外に呼ぶ。
「これが、私たちの馬車」
「ああ。地味だが質は保証する」
車体は派手な装飾は一切ない木目調のものだが、車体全体が高価な素材で作られており、中の椅子の座り心地の良さに加えて、揺れが最小限に抑えられる構造になっている。
そして、それを引く茶色の馬は小さいながらも若々しく、千里をかける馬と冗談抜きで言えるレベルの素晴らしい。
さすがはラビリア王国有数の貴族であるラルドア家が手配しただけはある。
「リーヌ。準備はいいか?」
「はい。ここから、始まるんですね」
「ああ。これからもっと幸せになろう」
沢山の時間をかけて、よりお互いのことを知っている。
当然その過程で、辛いことはあるかもしれない。
それでもきっと、最後には良かったといえればいい。
そんな旅に、なりますように。
「では、行こうか」
「はい!」
幸せなを願いを胸に、手綱を握ったロットは馬車を走らせた。




