ヌシ
花が咲いている鹿の魔獣、ディーブルに連れられて、森の獣道を歩く紅音。
道の先が全く分からない、周りは大きな箒のような葉っぱが茂った木や紅音の腰までの高さがある背の高い草が生い茂っている。
まるで、植物でできた壁、人が作った道ではなく、動物や魔獣達が通って作った獣道。
後ろを振り返ると、ジオルくんとキャロラインさんもちゃんと付いて来てくれている。
「チチ(ご主人様)」
「え?」
肩に乗るシロに声をかけられる。
「チチチ、チチチチチ(どうやら、着いたようです)」
シロの言葉に、前を向くと、木々と草の壁が途切れる、目の前の景色が開ける。
「わぁ!」
そこは、とても広い空間で、四方を白い岩肌の崖のような壁に囲まれた、縦穴のような、まるでドームの中にいるような不思議な場所だった。
澄んだ空気と空間が、一呼吸で体に沁みる感じがする。
中央には大きな大樹が聳え立ち、威厳を放っている。
そして、枝の葉がまるで屋根のように縦穴を覆うように広がっている。
だけど、木々の枝の隙間から陽の光が木漏れ日のように差し込み、岩肌の壁や、木の幹が淡く光り、全然薄暗くない。
足元には小さな小川が流れ、奥には滝が見える。
綺麗な花が咲き、背の低い小さな木にはキラキラした木の実のような物が鈴なりに実っていた。
よく見ると、小さな動物みたいな魔物や小鳥が木の実をとって食べている。
木、草、花、川、石、生き物。あらゆる物が各々に輝き、生き生きとしている。
まるで、天然の秘密基地のように綺麗で心奪われる場所。
ファンタジーな森の聖域みたい・・・。
紅音が頭の中でそう呟くと、ふと、頭上に影が通り、上を見上げる。
すると、真っ白な長い羽を優雅に羽ばたかせた大きな鳥が紅音の頭上を飛んで行った。
「は!? まさか、スノーケァール?滅多にお目にかかれない幻の渡り鳥!?」
「それだけじゃないわ、此処から見えるだけでも、希少な薬草や植物、鉱物があちこちに見当たる。はは、ギルドの鑑定団が見たら、狂喜乱舞でぶっ倒れるわよ」
紅音の後ろから来たジオルとキャロラインが、目の前の景色を見て驚愕し、目を見開き、思わず、空笑いしてしまう。
「すごい所ですね」
「すごいってもんじゃないわよ、アカネ」
「え?」
「この場所は、グランドギルド『アツモリ』でも、認知されていない。少なくとも、この場所は私達ギルドメンバーに情報が共有されていない。つまり、未発見のエリアよ」
「未発見のエリア、ですか?」
「ええ、ラマニーニの草原は確かに広大な土地で特に森はまだまだ探索が必要な場所だったけど、これ程希少な素材が群生している場所は、もはや大発見と言っていいわ」
「アカネさん、すごいお手柄っすよ!?」
興奮するジオル。
「そ、そんなに?」
「正直言って、此処にあるモノ、適当に拾って持って帰っても、王都に豪邸が建てられるっすよ」
「はい??」
ジオルくんの言葉に、一瞬理解が追いつかない。
拾って持って帰れば、豪邸が建つ?
紅音の目には普通の花や草や、石にしか見えない。
「ここは、魔素が潤沢なのね。おそらく、この空島に出来た大きな窪みに魔素が偶然溜まり、魔樹や魔物達が住みやすい環境を作ったのね。だから、希少な薬草や、魔樹や魔物達が集まっているのね」
キャロラインは、そう言いながら、周囲をしきりに気にしている。
「珍しい薬草や魔属性の花。希少な素材の木の実に、魔力を含んだ地層や石に岩。
お宝箱どころか、天然の宝物庫っすよ、ココは」
それとは、対照的にワクワクと周りを見渡すジオル。
「・・・・お馬鹿。ここが天然の宝物庫なら、」
キャロラインさんが、そう言いかけた次の瞬間、
ズ!!!
地面と空気が揺れた。
さっきまで聞こえていた細やかな、周りの音がピタリと止まった。
「!?」
「ッ!!!」
「ッ!?!?」
ズ!!ズ!!ズ!!ズ!!
地面が一定のリズムで揺れ、紅音達の体が、それに合わせて揺れる。
「え、え?え?」
動揺する紅音と違い周りに居たディーブルや他の魔獣達は逃げずに普通にしている。
「必ず、居るはずでしょ・・・・」
キャロラインが紅音を庇うように紅音の前に進み出て、ジオルは自身の武器に手をかける。
「・・・・・・そうだった・・・」
「え?え?え?・・・・え?」
紅音だけが現状について行けず、混乱していると、目の前に大きな影が落ちる。
「その宝物庫を守る『ヌシ』がね」
そう呟きながら、キャロラインは頭上の影の主を見上げる。
「ヌシ?」
紅音も、釣られて上を見ると、
「ッ、ヒィ!!」
紅音達の頭上に巨大な象牙色の爬虫類の顔があった。
よく見ると、壁だと思っていた岩肌の一部が、目の前の爬虫類の体で出来ていた。
見上げるほど大きな体。象牙色の岩のような鱗と背中の棘。翼は無いが、よく見ると、さっきまで尖った岩だと思っていた岩がドラゴンの角だった。
太い両手は岩の集合体のようで、もし、踏み付けられれば、絶対にひとたまりもない。
大きな口から、鋭い牙がかすかに見え、縦長の瞳孔が入った金色の眼は鋭い眼光を放ち、全員に緊張感が走る。
「・・・・・『アースドラゴン』の色素変異の個体種、だね」
「アースドラゴンは普通、茶色か黄色の鱗を持つ個体が多いのに、象牙色のアースドラゴンとはね・・・。しかも、この大きさは・・・」
巨大な爬虫類、もとい、アースドラゴンを目の前に、各々の武器を手にかけ、額に汗を滲ませるジオルとキャロライン。
紅音も目の前のドラゴンに、思わず身体が竦む。
「チチ(ご主人様)」
「え?」
すると、シロが、こっそりと紅音の耳に耳打ちする。
シロがそっと紅音の足元を指差す。
「!?」
シロが指差す方へ視線を落とすと、瞬時にシロの意図を読み取った紅音は、キャロラインの前へ一歩踏み出した。
「ジオルくん、キャロラインさん、頭を下げて!!」
そして、小声で2人に頭を下げるように言った。
「へ?アカネさん?」
「は、?」
「いいから!!」
紅音は、目上の人物に対するように深く頭を下げる。
2人は、紅音の行動に困惑するも紅音の気迫に押され、戸惑いながら頭を下げた。
シン・・・・。
周りの音が一気に遠のいた。
だけど、頭上にいるアースドラゴンの影が近づいて来るのが分かった。
「ッ、」
「ダメ。ジオルくん、動かないで」
動く影に、ジオルくんが手を動かそうとするのを反射的に止めた。
「で、でも!」
「大丈夫だから」
「・・・・・、アカネ、何を根拠に、」
キャロラインさんが、緊迫した様子で私に問うが、その言葉が途絶えた。
「大丈夫、だと思いますから」
キャロラインさんは、頭を下げてやっと気づいた。
この場所に連れてきたディーブルをはじめとするその場にいた魔獣達が、恭しく、アースドラゴンに頭を垂れている。
その姿には恐れの様子も、恐怖の気配も一切見当たらない。
まるで、王へ敬意を示し、敬う姿だった。
「この子達が、怖がっていないのなら多分、大丈夫、だと思います」
「そ、それ、めちゃくちゃ根拠弱いですよ。アカネさん」
「大丈夫」
紅音は、はっきりとそう言った。
「・・・・・・、アカネさん」
だが、実際は、
(ヤバい!!ヤバい!!ヤバい!!咄嗟に魔獣達と似た感じに頭下げればいいと思って、頭下げたけど、これ本当に大丈夫なの!?)
紅音の内心はパニック状態だった。
シロの指差した先に、紅音をこの場所へ連れてきたディーブルが目の前のアースドラゴンに膝を折り、恭しく頭を下げた。
それに倣うように、他の魔獣達もアースドラゴンに頭を下げた。
(でも、でも!!なんか、直感的に、頭を下げた方が助かる!!・・・・・かもってワンチャン思ったり、と言うか、体が自然に動いて・・・・。
って言うか、助かる根拠なんて弱いどころか、ほぼ皆無だよね!この状態!!)
内心冷や汗が止まらない。
もし、キャロラインさんとジオルくんを巻き込んでしまったらと思うと、足が震えそうになる。
その時、
ブファ!!
と、生暖かい突風が3人に吹いた。
「ん!?」
「ッ!!」
「うわ?!」
突然の生暖かい風に3人が驚いていると、次いで、
フーーーー。
と、爽やかな風が吹いた。
心なしかふんわりとミントの香りがした。
その時、
「グォ、グォ、グォ」
低い鳴き声、いや、笑い声が聞こえた。
「え?」
思わず、顔を上げると、優しい顔をしたアースドラゴンの顔が紅音の目の前にあった。
「ぴにゃ!?」
ドアップのアースドラゴンの顔に紅音は変な声を出しながら、後ろにのけぞった。
「グォ、グォ、グォ・・・」
そんな紅音を見てアースドラゴンは、目を細めて低い声で笑った。
その金色の目は細い瞳孔が丸くなり、優しい眼差しになっている。
その姿はまるで、好々爺・・・、いや、元の世界で幼い時に両親に連れられた満福寺のお寺の和尚さんが私に向けてくれた優しい眼差しによく似ていた。
「グォ・・・・」
アースドラゴンは、一言そう鳴くと、近づけていた顔をゆっくりと離し、ゆっくりと動き出す。
「ッ、・・・・・」
ズ、ズ、ズ、と重い足音を響かせ、中央に聳え立つ大樹へ向かい、大樹の根元に腰を下ろした。
そして、そのまま大きな体を横たえ、目を閉じた。
ザワ・・・。
その瞬間、また周辺の音が動き出した。
周りにいた魔獣達も頭を上げて動き出した。
「チチチ、チチ、チチ(ご主人様、どうやら、許しが出たようです)」
「え、」
「アカネ、シロなんだって?」
シロの鳴き声にキャロラインがいち早く反応する。
「えっと、どうやら、許しが出た、みたい・・・です」
「そう・・・・」
「・・・・・・」
紅音のその言葉を聞いて、
「はぁぁぁ~~~」
「~~~~~、」
キャロラインとジオルはその場にへたり込んだ。
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