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TOKYO DEEP  作者: @is-osio
RECORDED_DEATH.213
1/11

プロローグ

崩落した地下鉄構造体の暗がりを、人影が進んでいた。


鼻腔を刺すのは、焦げた塩ビの匂いと、酸化鉄の粉塵。旧都市の交通基盤を支えた神経網は、年月と崩落の繰り返しで、錆びつき、朽ちた骸と化していた。


瓦礫の合間を縫い、無名のストリーマー『ヤクモ』は静かに身を滑らせる。


《LIVE AREA - #SHINJUKU_3F》

[STREAMER: YAKUMO | CLASS: Unknown]

[VIEWERS: 79] [SUPPORT: ¥0]

[DEVICE: UNLICENSED /

CONNECTED: “XU-Tech 3rdHand Ver.2”]


[STREAM: ACTIVE]


「……ちゃんと映ってるよな?」


革のグローブで額の汗を拭いながら、ヤクモはマイクに口を寄せる。


海外製の古いARヘッドセットは、赤外線補助も満足に使えず、HUDの遅延すら体感できるレベルだった。


視線を軽くスライドさせると、空中に浮かぶ複数のUIウィンドウが切り替わった。


視界には歪んだHUDのインジケーターが展開される。


→ 【配信】タブ


表示された画面に映るのは、ヤクモの視界そのものだ。指で空中をなぞり、コメントウィンドウを透過表示にする。


その下では“REC”インジケーターが、赤く脈動していた。


[LIVE: 03:17]

[VIEWERS: ↓72 / COMMENT: 23]


これはライセンスなしの個人配信。

正規登録された、いわゆる公式配信ではない。


違法ではないが、補償の対象外。

発見されれば切断が常だ。


画面の隅に浮かぶ視聴者数は低いまま。

多くはスリル目的の観測者であり、発言も断片的な雑音に近い。


《画質ひでぇw》

《シンジュクは草》

《XU-Techってどこのデバイス?》

《どうせ海外製の安いやつだろ》

《UNLICENSEDって通報対象?》


だが、配信は生きていた。

今この瞬間は観られている。


視聴者たちは、まさに彼の目そのものになって廃墟を進んでいる。


「うるせぇな金がねぇんだよ。こっちはギリギリ違法のスリルで売ってんだ。黙って見ろ」


左手をスライドさせ、配信画面を縮小、そのまま

【地形スキャン】タブを開く。


展開されるHUDには、簡素な地図とセンサー反応。

外界のスキャン精度を示す数値は45%未満。


簡易なマッピングシステムが、断続的なノイズを返し、通路や壁面の構造すら曖昧に塗り潰されている。


「マッピングもゴミです。まあ、期待通り」


《ノイズで見づれぇ》

《臨場感ある》

《どうせ死ぬなら見せ場くれや》

《なんか演出しろよ》


「演出ね……これでも命懸けなんだけどな」


腰から吊るした貧弱なツール群は、見た目以上に実用性もない。スタンバトンはバッテリーが劣化、防御フィルムは半損壊。マグシールは拘束時間最大3.4秒。


格安通販サイトの中古セットだった。


《そんな装備で大丈夫か?》

《非ライセンスw》

《闇配信なんてやるやつおるんか》


更新を知らせる通知音とともに、マップ上の現在地情報が自動で切り替わる。


[CURRENT POSITION:

WEST SHINJUKU SUBSTRUCTURE

(現在位置:旧西新宿駅地下)


RECOMMENDED ROUTE: DEVIATED]

(推奨経路:逸脱)


自身の位置を確認しようと、表示されたマップをスライドする。


そのとき、画面の端に赤いポップアップが浮かび上がった。


[UNAUTHORIZED DEVICE DETECTED

(認証外デバイスを検出)


THIS STREAM IS NOT AUTHORIZED]

(この配信は許可されていません)


苦笑するように呟いた。


「非正規、記録外、知ってるよ。それでも——」


[MONITORING MODE ACTIVE ——

CORE MEDIA SYSTEM]

(監視モード有効化/コア メディア システム)


「観てるんだろ? 連中は……」


[LIVE: 03:27]

[VIEWERS: ↑121 / COMMENT: ↑42]


その瞬間、HUD上に新たな通知が表示。

目を細め、画面右下の点光源、小さなドットを確認した。


小型の黒いドローンが、照明も発さず、静かに背後を並走している。


[LIVE: 03:28]

[VIEWERS: ↑164 / COMMENT: ↑46]


視聴者とコメント数が増えていく。


彼らはこの公式外の探索に、いくらかのスリルを期待して接続してきている。モラルやルールは、今この瞬間の興奮の前では価値を持たない。


「関係ねぇ……これがバズればいい」


《ワンチャン映ればバズる》

《死ぬなら目立て》

《今日の喜劇枠きた》


突如、警告音が跳ね上がる。


そして機械じみたチープな声色のアナウンス。

【スキャン】タブが自動的に切り替わった。


「ほら、きたきたっ!」


[ENTITY DETECTED:

HUMANOID_RELICT - CLASS: D]

(人型残留体/クラス:D)


ターゲットスキャンにより認識された敵影は、崩れた鉄骨の影から這い出てくる、どこかヒトの名残りのある輪郭。


だが動作は断続的で、関節の角度も異常なまま歩行を模倣しているようだった。


「なんだ、グールかよ……」


[RECOMMENDED ACTI——『認証外デバイスの使用は許可されません』『この配信は記録されていません』


「うるっせぇ!」


続くアナウンスを遮るように、鳴り響いたアラート音と機械音声に、思わず顔を顰める。



「またかよ、ナビ切ってんだけどな、マジで!」


《AIナビ切ってんの草》

《てか非ライセンスやばくね?》


「記録外ったって、ドローンで追い回して撮ってんだろ?PV広告の収入も寄越せよな……」


《公式の玩具》

《まともな金入るほど見てねえだろ》


[RECOMMENDED ACTION:

EXCLUSION / JAMMER DEPLOY]

(推奨行動:排除/妨害装置の展開)


「そんなもん持ってねぇっての!」


ノイズ混じりの表示がさらに崩れる。


[TYPE: HUMANOID_RELICT - CLASS: D”

“IDENTITY: ██ / ORIGIN: ██ / ████”

“∷∷∷∷∷∷∷∷”


「おい、スキャンバグってんぞ。なんだこれ、どうすりゃいいんだ」


《これだから安物は》

《大人しく推奨機使わんから》


映像が歪み、再起動を繰り返し、ノイズの比率が増していく。


警告表示は増え、複数の熱源反応が近づいていることだけが分かった。


信じられるのは、薄暗い光源と記憶だけ。


「くそ、多いな。 逃げ道……マップ、マップ!」


《逃げろw》

《バグってる》

《これはもうダメなやつ》


「舐めんな、簡単に終われるか……!」


崩れかけた石柱をかいくぐり、土埃の積もった床を蹴りながら、必死に逃げ道を探す。


闇雲に走った先、視界の端でノイズ混じりのHUD上に、かすれたサインが浮かんだ


「あれは……!」


半壊した壁面に残された、緑のピクトグラム。


そのマークを信じて、身を投げるようにその階段を駆け上がった。


崩れた鉄板、軋む手すり、息を詰まらせながら扉を蹴り開ける。


「だあぁっ!」


そして、目の前に広大な景色が広がる。


倒壊した高層建物群に、割れたアスファルト。


隙間から満月を遠く霞む空。


——地上だった。


「……っ、はぁ……!」


息を荒げ、地面に膝をつく。


《帰還w》

《生存確定きた》

《バズあるかも》


[LIVE: 03:52]

[VIEWERS: ↑354 / COMMENT: ↑137]


HUDの“LIVE”インジケーターが一段階明るくなる。視聴者数が急増し始めていた。


それを横目に、口角をわずかに上げて、ぽつりと呟く。


「へへっ……これが、演出ってやつだ……」


だが、そのとき後方で硬質な足音が聞こえた。


息を整える暇もなく、HUD越しの視界が真っ赤に染まる。


カツ、カツ、カツと、静かな規則正しい足音から、思いの外、巨大な影が現れた。


視界の端、倒壊したビル群の影から。


横歩きで。


[ENTITY DETECTED:

GUILLOTINE_CRAB / ENEMY CLASS: A]

(個体識別ID:ギロチンクラブ/危険度:A)


[RECOMMENDED ACTION:

ESCAPE IMMEDIATELY]

(推奨行動:逃走)


それを一言で言い表すなら、鋼鉄で作られた外骨格を持つ“機械の蟹”だった。


全身が鈍い金属光を放ち、節ごとに溶接跡のような継ぎ目がある。


そして特徴的な左右差のある巨大な両鋏。


だが、その片方は明らかに攻撃に向けらた物では無さそうだった。


自身の頭上から垂れ下がる、黒い紐。


その末端を器用に挟んでいる。


「ギ、ギロチン……?」


視線が、無意識にその紐の先を辿る。


見上げた先、空から吊るされているようにも見える、不自然に背負われた構造物。


その蟹、ギロチンクラブは、自らで処刑装置を背負っていた。


《こっち見てるw》

《日本人はこいつも食う》


ギリリ、と鋏が締まる。

吊索が引かれ、刃がゆっくりと持ち上がった。


そして、落ちる。

地響きのような金属音と同時に。


まるで威嚇。


見せつけるような、処刑のデモンストレーション。

お前のための刃だ、と告げているようにも見えた。


「つか、クラスAって……ヤバいだろこれ!?」


思わず一歩後退する。


そのとき、周囲の暗闇が、わずかに光を返した。


静かに浮かぶ球体がひとつ、またひとつ。

気づいたときには、既に取り囲まれていた。


辺りから響き始める電子音。


光学迷彩の中で浮かび上がったそれは、監視用ドローンだった。


[CORE MEDIA SYSTEM:ONLINE]


ドローンは音もなく空間を囲み、等距離に配置された。まるで舞台の観衆、あるいは照明のように。


HUDが自動的に切り替わる。


コメントウィンドウが急激に膨張し、視界の右端が飽和する。HUDの右下で、コメントが滝のように流れていた。


[LIVE: 03:59]

[VIEWERS: ↑1056 / COMMENT: ↑418]


《キチャキチャ!!》——《映える景色》——《処刑確定》《SUPPORTゼロは草》──《完全にカメラ目線》——《おわたな》——「グロ注意?」——


——《本日の喜劇者》


「俺が……喜劇……?」


目を配る余裕はなかった。

だが、チャリン、と軽快な通知音が鳴り、コメント欄の上に、ひときわ大きくログが表示される。


《SUPPORT: ¥200 / COMMENT: 頑張れw 》


「お前っ、ふざっ……」


その瞬間、画面が乱れる。


映像が歪み、視界が赤く染まり、映像は切断された。


[ERROR: CONNECTION LOST]


音声だけは、しばらく生きていた。

ノイズ混じりの中で、ヤクモの声がうっすらと届く。


なにかが軋む音、叩きつけるような衝撃音。


やがて再び、鋭い金属音が響いた。


最後に残されたのは、無機質なAIアナウンスだけ。


『認証外デバイスの使用は許可されません』

『この配信は記録されていません』

『認証外デバイスの使用は許可されません』

『記録されていません』

『■■■■■■■■■■』

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