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果てなき星のヴァルケイド  作者: 国木田エイジロウ
第1話 俺は彼女を理解できない
10/13

1-7B それでも私は

アカリ視点

 助けてもらったはずなのに。

 私はなんてことを言ってしまったのだろうか。

 ……どうしたものか。

 

 私はユウタに何を求めているのだろうか。

 私はずっと好きだった彼の隣を歩きたい。これまでずっとそう思ってきた。

 そのために一緒に何かをすることが、一番なのだと。

 中学時代にそれが叶わなかったのだから、なおさらそうしたい。

 ユウタも私の日常に組み込まれている。そう思いたかった。


 でも、知らなかった。

 ユウタ……彼がずっと人を超越した化け物との戦いという非日常に身をおいていたことを。

 私の日常は知らず知らずのうちに彼の非日常によって守られて成り立っていたのだと。

 だから助けたい。好きな人を助けたい気持ちに嘘偽りなどない。あってたまるか。

 できることが必ずあるはずだ。

 そうしてでも彼と私を繋ぎ止めたい。

 

 

 だが、彼は私を否定した。

 拒絶した。

『もう何もしないでくれ』

 お前とは幼馴染の先に進むことはない、ともとれるような言葉も聞いた。

 悲しかった。悔しかった。

 私はそんなにあなたにとっては役に立たないのか。できることは何ひとつないのか。

 いろんな言葉が胸に突き刺さり、苦しい。

 きっと今の自分は他人に見せられないような顔をしているだろう。

 トイレに入り、洗面所の鏡を見る。

 案の定、顔は涙でぐっしょりと濡れて、目は赤くおまけに手入れしていたはずの髪までぐしゃぐしゃに見えた。

 顔を拭けども、溢れ出る涙。

 悲しみが心を満たしていた。


 それなりに時間が経ったのだろうか。

 まだ気持ちの切り替えなど出来ぬまま、トイレから出てきた私の視界がひとりの女性を捉える。

「あら?」

「あ、いえ……」

 あまり今は誰とも顔を合わせたくないけれども、先程別れたはずのユウタの母に出くわした。

 戦略会議、とやらに出るため病室を後にしたと記憶している。

 だが、そんな些細な疑問などどうでもよく、今は人目を避けなければ――。

「ユウタに何か言われた?」

 話しかけられる。

 わかってはいた。だが、なんとかして答えないと。

「い、いえ……大丈夫ですので」

「そんな状態を大丈夫とは言わないのよ。ほら、手を貸しなさい」

 誤魔化しはきかなかった。

 私の顔は他人から見て酷かったのだろう。

 気を利かせたユウタ母に連れられて私は病院を出た。

 そこから人通りの少ない道を少し歩いたところにある公園へと足を踏み入れる。

 ペンキが剥げかけた水色のベンチに座った私たちは、沈みそうな夕焼けを前にしてひと息つく。

「ユウタがごめんなさいね」

「いえ、私がお節介なせいで……。自分でも多少の自覚はあるんです」

「おかげで今、ユウタは真っ当に生きている。ありがとうね」

 感謝。ユウタの口からは聞くことがあまりない台詞だ。

 いや、昔はあったかもしれない。ずいぶんとその言葉を聞かなくなってから久しい。

「昔したあなたとの約束、きちんと覚えていてくれて助かるわ」

 その約束とは、ユウタを決して独りにしないこと。そのために彼と関わり続けること。

 確かに約束はあった。だが義務感の前にちゃんとした理由……つまり彼を好きであることが常にあった。だから彼を想い続けられた。

「でも、私は……彼にとって要らないのでしょうか」

 その言葉にユウタ母は首を横に振る。

「いいえ、あの子だって馬鹿じゃない。でも認められないだけ。うちの旦那に似て頑固だから」

 ユウタ母は言葉を続ける。

「あの子は目標にしていたうちの旦那、親密にしていた人を亡くしてから、他人と関わらなければ失うものはないと考えるようになった」

 そして至った解が『最強であること』。

 最強であるならば、他人を頼ることはない。

 何でもひとりでこなせるのであれば、他人はいらない。その考えについてユウタ母は少し理解しつつも、肯定はしなかった。

「確かにそれは一理あるけれども……あの子に全てを背負わせるというのも違うのよね」

「そうです。私、ユウタがあんな戦いの最前線に……しかもひとりでいるなんて知らなかったです」

 私が楽しんでいる傍ら、ユウタはずっと辛い思いをしていたのではなかろうか。

 だから私は助けたいと――。

「知っていたところで、ユウタはあなたを意地でも関わらせないでしょうね」

「何故ですか?」

「あなたが大切だからよ」



「私が……ですか?」

「ええ。あなたまで失ったら次こそユウタはどうなるかわからないわ。今度こそ心が壊れてしまうかもしれない」

「心が……壊れる?」

 事実、私は無情になった彼を目にしている。

 ユウタには事故に巻き込まれて亡くなった先輩がいたという話を聞いたことがある。

「確か、その。先輩さんでしたっけ」

「そう。その彼女が親密にしていた人。彼女もヴァルケイドだったのよ」

 アカリは言葉を失う。

 過去にユウタのような力を行使した人が他にもいた。

「正確には候補生試験の最終段階。本来ならその彼女がヴァルケイド一号になるはずだった」

 だがその彼女は最終試験で命を落とし、代わりにユウタが一号の力を手にした。

「あの、私が出会った化け物は……」

「ユウタが一号の力を手にするきっかけをつくった張本人だったのよ……厳密にはあれは人じゃないけど」

 と、色々話したところでユウタ母は言う。

「話を戻しましょう。ユウタの心の件について」

「はい」

 ユウタは大切なものを失くしても立ち上がり、今を生きていることがわかった。それは私という認めたくはないけれども大切な人がまだいるからだとか。

「ユウタの先輩を失ったとき、彼をなんとしても日常に戻さなければならなかった。その適任があなたよ、アカリちゃん。あなたという大切な人がいる、と誘導するしかなかったのよね」

「彼の気持ちはつくられたものなんですか……?」

 私は不安になる。

 ユウタ母は顎に手を当て、考える仕草をとり、こう言った。

「そうとも限らない。あの子はさっきも言ったように頑固だから、拒絶反応が出てもおかしくなかった。でも誘導を受け入れたのは奥底にある記憶があなたのことを大切だと認識したからだと思うの。根拠はないけどね」

 いたずらに笑うユウタ母。

「でも、いつかは限界が来る。今回の状態が狂化深度五段階中の三。毎度あんな戦いをしているようなら天井は知れているわ」

「そんな……」

 私は不安になる。

 顔を出ていたのだろう。

 そんな私の肩を軽く叩いて、ユウタ母は穏やかな表情をこちらに向けて言う。

「気持ちはわかる。でもまだその時じゃない。いつかはあなたの力も借りないといけないときが来るから、そのときが来るまではユウタをお願いね」

「でも……私」

「きっと大丈夫。あの子はアカリちゃんを嫌いなわけじゃないんだから。むしろ、好きかもよ?」

「いや、そそそ……そんなことは!」

 私の慌てふためく様子を見て、ユウタ母は笑っていた。

 それから色んな話をして、気分はいつの間にかいつもの私に戻っていた。

 

「最後にひとつだけ。もし、あなたに運命を変える日が来るのなら……私のことを所長と呼ぶ練習だけはしといてね!」

 そう言って立ち上がり、私に名刺をくれた。

『大原研究所 所長 大原ユウコ』

 今をたくましく生きる彼女を見た私は、これまで漠然と生きてきた曖昧な自分の道の前に一本のまっすぐな道が現れるのを感じていた。

 これが、彼女が目標なのだと、私は理解する。

「ありがとうございます、"所長"」

「ええ、こちらこそ。そしてこれからも、よろしくね!」



 一週間後。

 私は彼の家の玄関に立っている。

 流石に一日二日で治るわけもなく、彼は前日の午後に退院して家に戻ってきているという情報を得ている。情報源は言わずもがな、所長である。

 制服よし、髪型よし、笑顔よし。

 ひとつひとつ確認していく。

 準備は整った。

 さ、踏ん張れ私。

 インターホンを押す。本当は入れるのだが、今日はこうしてみたいと思った。

 ……たまにはね?

 

 のすりのすりと足音が聞こえ、ガチャッと音がして、ドアが開かれる。

「あ、何?」

 彼だ。ユウタだ。

 パジャマに身を包んだ、けだるげな格好の彼を見て思わず笑みが溢れる。

 さあ言うのだ。ちょっとの言葉でいい。

「おはよ! 一緒に学校行こ!」

 たしかに彼は嫌な顔をした。いつもの顔だ。

 でも、どうやら理由は違うらしい。彼のいつも以上に眠そうな顔がそう告げている。

 

「今日は日曜だよ、ばーか」

 せっかく彼に開けてもらったドアだったが、私は顔を真っ赤にして力任せに閉めた。

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