魔窟探索前の相談
期末テストが終わると終業式までの間は補講期間になる。出席日数が足りなかったり赤点を取った生徒はここで挽回しないといけない。そうでない場合は欠席しても問題ない。それが僕の高校の制度だ。内申書を良くしたい場合は出席した方が良いけど。
僕の場合はテスト結果も出席日数も問題ないけど、用がない限りは出席することにしている。この先何があるかわからないからね。
それじゃ真面目に全部出席したのかというとそうでもなかった。試験明け最初の週末に魔窟探索をすることになったから、ミーニアさんと打ち合せをすることになったんだ。
試験結果が公表された翌日、僕は昼から第二公共職業安定所へと向かった。本館のエントランスホールを見渡すと、端の方に立っているミーニアさんを見つける。
「ミーニアさん、お久しぶりです」
「三週間ぶりくらいですね、優太。それと、さん付けは必要ありませんよ」
「さすがにそれは落ち着かないです」
「ふふ、そうですか。お好きにしてください」
この世のものとも思えない美貌の持ち主であるミーニアさんを呼び捨てにするのは、僕にはレベルが高すぎた。
そんな僕に対してミーニアさんが笑顔でエントランスホール脇にある打ち合わせコーナーに誘う。
打ち合わせコーナーにはテーブルと四つの椅子がワンセットで整然と並んでいて、そのワンセットは立方体の形に組まれた金属製の棒で囲まれていた。風圧遮蔽機器と呼ばれるものだ。
開いてる四人用テーブルの一つにミーニアさんが座ると、僕はその対面に座った。すると、四方の面と上の面に風のような膜が発生する。これで内側の声を漏らさず、外側の騒音を遮断するんだ。
人に話を聞かれない準備ができるとミーニアさんが口を開く。
「ようやくお話ができる状態になりましたね」
「テストも終わったんで一安心です。来週の終業式まではまだ学校はありますけど」
「承知しています。わたくしは焦っておりませんから学業に勤しんでください」
「でも、早く帰りたいんですよね?」
「もう百年以上も待っていますから、一月くらいわけありません」
笑顔で答えるミーニアさんを見て、長命種との感覚の差に僕は驚くばかりだった。
会話が途切れるとソムニが僕達二人の頭の中に話しかける。
”こっちはどうにかやってるわ。ちょっと手を出しすぎてる気はするけど、今のところやったらやったぶんだけ優太は成長してるわよ”
「それは良かったです。こちらもソムニの話を元に優太の成長につながるような計画を立てていました」
「ミーニアさんが? 確かに僕の成長を手伝うことは約束してもらったけど、ソムニの手伝いをする程度じゃなかったの?」
意外なことを聞いて僕は首をかしげた。ソムニはともかく、僕は成長してもミーニアさんの役にどれだけ立てるかわからない。だから、そこまで積極的に協力してもらう理由がわからなかった。
僕の質問に微笑むミーニアさんが答えてくれる。
「ソムニの力を借りるためには、起点となっている優太にわたくしの目的地まで来ていただく必要があります。そのためには、あなたに強くなってもらう必要があるのです」
「その目的地ってどこなんですか?」
「まだ明確にここという場所はありません。ただ、多くの魔力が必要ですので魔力噴出が発生している場所に向かう必要があります」
「待ってください。それってもしかして、魔物が大量発生してるかもしれないですよね?」
「どうなっているかわからないので、強くなってもらう必要があるのです。積極的に協力する理由をわかっていただけましたか?」
良い笑顔で言われた僕の顔は引きつった。以前、魔物の大量発生の後始末をしたことを思い出す。小鬼程度が何匹もやって来ただけで死にかけたのに、あれ以上の場所に突っ込むのかと震えた。
そんな僕に対してソムニが発破をかけてくる。
”なに怖じ気づいてんの。そこまで強くなったら大抵のことは力で解決できるのよ?”
「その表現は駄目なんじゃないかな。暴力で全部を解決するのは良くない」
”あーもう、真面目に受け取んないの! でも、強くなって悪いことはないでしょ”
「まぁそりゃぁ、弱いよりかは」
”だったらいいじゃなーい。見方を変えたら、そこまでアンタが強くなれるってことじゃないの”
「え?」
”絶対に乗り越えられない訓練や修行なんてアタシが今までやらせたことある?”
「ない」
”でしょ? ということは、現実的にそこまで強くなれる計画があるってことじゃない”
指摘されたことを理解できると僕は呆然とした。いや確かにその通りだけど、だからってはいそうですねなんて簡単にはうなずけない。
何と返答しようかと僕が考えていると、楽しそうなミーニアさんが口を挟んでくる。
「わたくしとしても無茶を強いるということは承知しています。それに、それほど危険な場所に赴いて生きてたどり着いてもらわないと目的を達成できませんから、本当に強くなっていただきたいのです」
「そっかぁ。あれ? ソムニ、もしかして格闘術始めたのって、これのため?」
”そうよ。これからは剣術もしっかり鍛えてあげるからね!”
嬉しそうに返答してきたソムニの言葉に僕はがっくりとうなだれた。
そんな僕にミーニアさんが優しく語りかける。
「ソムニによると、ハンターとしての基礎能力はそちらで訓練しているということですから、わたくしは実戦を担当することになります」
「実戦ですか? 今までソムニと一緒に一応やってきましたけど」
「単独でですよね。ソムニからは訓練の延長だと聞いています」
”これからやることを考えたら、実戦訓練みたいなものだったのよ!”
頭の中に響いた声を僕は嫌そうな顔で受けとめた。
しかめっ面をした僕にミーニアさんが説明を続ける。
「具体的には、次の週末に魔窟探索をしてもらいます」
「明後日に?」
「はい。ちょうど吹き上がる魔力が枯れかかって久しい魔窟を見つけましたので、そこで訓練をしましょう」
「強くなる訓練って、地上じゃ駄目なんですか?」
「地上よりも強い魔物が現れるので、強くなるというのならこちらの方が適切ですよ」
「ちなみに、どのくらい強いんですか?」
「確か大鬼や狼人間を倒したことがあるのでしたよね? でしたらまずは大丈夫ですよ。手も足も出ないということはありません」
不穏な基準を持ち出されて僕は不安になった。さすがにあれが最弱だとは思いたくない。
若干青くなってる僕にソムニが声をかけてくる。
”大丈夫だって。最悪アタシが操って何とかしてあげるから”
「それ僕の訓練になってないよね? 単に僕を危ないところに放り込んでるだけじゃないか」
「ですから、最初は魔力が枯れかかって久しい魔窟を選んだのです。ここでしたら魔物の強さも限られていますし、他のハンターも早々には来ませんから存分に訓練ができます」
単純に危ないことをさせられるんじゃないかと不安に思っていた僕は、一応ちゃんと考えられた提案だと知って安心した。
ミーニアさんは更に言葉を続ける。
「初めてですから、わからないことはたくさんあると思います。ですから、必要なことは今から説明しますね」
「お願いします。特にどんな装備が必要だとか教えてもらえたら嬉しいです」
今からならまだ明日一日あるから道具を揃えるくらいなら可能だ。本当は使い慣れる練習もしたいけど、二日後に予定を組み込むくらいだから案外何とかなるのかもしれない。
不安に悩まされながらも僕はミーニアさんの説明を真剣に聞いた。