周りの注目
週末一歩手前の金曜日、僕はここ数日感じる奇妙な感覚に首をひねっていた。表面上は今までとまったく変わらないんだけど、やっぱり何か違うという奥歯に物が挟まった感触に落ち着かない。
午前の授業中、中空投影型電子黒板に立体映像を投射して授業する教師の声を聞き流しながら、僕はぼんやりと考える。
”先週まではこんなことなかったんだけどなぁ”
”どうしたの。たまに落ち着かなくなるときがあるけど”
”なんかこう、僕の周りで変わったことってある?”
”優太を見る人が増えたってことくらいかな”
”増えたんだ。でもなんで? 僕いつも通り学校に来てるだけだよ”
”正門の辺りで狼人間と戦ったからじゃないの? あれ目立ってたし”
”最後倒したの僕じゃないよ?”
”でも、出回ってる動画には大声出したところもバッチリ映ってるし”
”動画!?”
意外なことを知った僕はもう少しで声を上げそうになった。若干挙動不審にはなったけどまだ周りには気付かれていない。安心した。
それにしても動画なんていつの間にと首をひねったところで思い出す。確かにあのとき、周りの生徒はパソウェアを使って撮っていたなぁ。
顔をしかめながら僕は頭の中でソムニに尋ねる。
”その動画ってどのくらい広がってるの?”
”ネットにアップされてる動画は十二件、再生数は全部で千件程度だから大したことはないわよ”
”なんであんなのアップしてるの”
”それは本人に聞かないとわからないわね。ただ、見てる人はほとんどがこの学校の生徒だから、来月には忘れ去られるでしょ”
気楽に返してくるソムニだったけど、大したこともできていない姿を見られる僕はたまったものじゃなかった。
昼休みになるといつもの緩い喧騒で教室が満たされる。僕はいつも通り一人でお弁当を食べていた。
すると、なぜだか大海さんが寄って来る。
「やぁ! 大心地くんの勇姿を見せてもらったよ!」
「勇姿?」
「ネットに投稿されてる正門で戦ったときの動画だよ!」
一瞬何を言われているのかわからなかった僕は呆然とした。けど、すぐにソムニとの会話を思い出して目を剥く。
「な、なんで大海さんがそんなの知ってるの?」
「さっき教えてもらったんだ。いくつかあったのを見たけど、木岡さんが来るまでちゃんと耐えてんだね!」
何と返事をすれば良いのかわからない僕はほとんど言い返せなかった。ソムニに体を操られていただけだから、いたたまれないことこの上ない。
そんな僕の気持ちなど知らずに大海さんが話を続ける。
「ああやって動画で見てると、きみってちゃんと周りのことを考えて戦ってるんだね」
「え?」
「自分じゃ敵わない相手でも、ヘイトを一身に受けて攻撃を受けきるって難しいから」
僕は大海さんに指摘されるまでそんな戦い方をしているなんて知りもしなかった。たぶんソムニはそこまで考えて僕の体を操っていたんだろう。
大海さんは尚も話を続ける。
「わたしも木岡さんに指摘されるまでは気付かなかったのよねぇ。なるほど、生徒を守るのが目的なんだから、無理して倒しにいくと危ない場合もあるんだ」
「ああ、うん」
何やら盛大に誤解されつつあるようだけど、ソムニの正体を明かせない以上は訂正できない。何とももどかしかった。
こちらの思惑なんて知らない大海さんはにっこりと笑う。
「わたし達以外にも有名人が現れてくれるのって嬉しいね! 注目される先が分散されると楽だから!」
「随分とぶっちゃけるね!? けど、どうせすぐみんな忘れるって」
「いやいや! 大心地くんは期待の新人だから絶対他でも結果を出してくれるって信じてるよ!」
「そんな思うように結果なんて出せないよ」
「どうだろうね。あ、なんだったらあたしが色々と話を広めてあげよっか?」
「いらないよ!? 余計なことはしないで!」
思わず僕は悲鳴を上げた。有名人にそんなことをされた日には落ち着いて生活できなくなってしまう。
そんな僕を見て大海さんは笑った。もしかして単にからかわれていただけなのかもしれない。
お弁当を食べ終わった僕が容器を片付け始めると、大海さんが別の話題を振ってきた。実に楽しそうに、けど少し真剣に話してくる。
「けど惜しいなぁ。大鬼といい狼人間といい、そこまでやれるんなら、チームを組んでもっと上を目指したらいいのに」
「そんなにいいものなの?」
「仲のいい人と組むと本当に楽しいよ。安心して背中を任せて戦えるしね。手に入る利益とか儲けとかも一人のときより多いし」
目をつむって思い出すようにして大海さんがチームの良さを話してくれた。こうやって説明されると確かにそうかもしれないと思えてくる。
昨日の夕方に僕はミーニアさんとペアを組むことになったけど、あれはどうなんだろうと思った。たぶん、最終目標が明確になってるから、同じチームでもプロジェクトチームって言う方が正確なんだろうな。
だから、楽しくなるかはまだわからない。何しろソムニと一緒に僕を鍛える側に回るから厳しい可能性はある。鍛えられた後は楽しくなるかもしれないけど。
でも、安心して背中を任せられるっていうのは確かだと思う。一人でハンターとして活動しているんだから少なくとも僕より上だ。鍛えてもらう以上はその隣に立てるようにならないとね。
そんなことを僕が考えていると、大海さんがため息をつく。
「木岡さんはこれからに期待できそうだから誘ってもいいって言ってくれてたし、大心地くんが望めばわたしもチームメンバーに推薦するよ?」
「ありがとう。でも、他のハンターの人を手伝わないといけないから、今はちょっと」
「お、そうなんだ。っていうか、大心地くん、ハンターとの伝手があったんだね」
「伝手って言っていいのかな? 訓練生卒業試験のときの試験官を務めてくれた人だけど」
「立派な伝手じゃない。親戚とか友達つながりとかじゃなかったら、試験官になってくれたのが知り合ったきっかけって多いわよ」
知らなかった事実を聞いて僕は少し目を大きくした。
僕の様子を見て大海さんがくすりと笑う。
「きっかけなんて人それぞれだしね。そんなところは気にすることじゃないと思うよ。でもそっかぁ、大心地くんは入ってくれないかぁ」
「でもなんでそんなに僕にこだわるの? 大海さんのチームならみんな入りたがるでしょ」
「確かに希望者は多いけど、入れられる人ってほとんどいないんだ」
「応募とか面接とかってしたことあるの?」
「応募や面接はないけど、仕事の都合上合わない人と一緒に仕事をしてひどい目に遭ったことはあるよ。それ以来、人選には慎重なんだ」
何となくわかるけど実感のない話だった。仕事だから多少はと思うけど、どうやらそういう問題ではなかったらしい。
とは言うものの、僕としては当面ミーニアさんと一緒に活動することになる。目的が達成されるのがいつの日になるのかはわからないけど、それまでは他の人とは組めないなぁ。
他の人に呼ばれた大海さんがそちらに振り向いた。返事をしてから僕へと向き直る。
「ちょっと他の子に呼ばれたから行ってくるね」
「うん、色々と教えてくれてありがとう」
「あはは、こっちこそ楽しかったよ!」
楽しそうな笑顔を向けてくれた大海さんは、小さく手を振ると呼んだ他の生徒のところへと向かった。相変わらず人気のある人だ。
何気なく机の上に目を向けると、僕はお弁当の容器をまだ片付けていないことを思い出した。手早くまとめると鞄の中に入れる。
それから残りの休み時間をどう過ごそうか考えた。




