拳銃が使えるお仕事
勉強、学校、射撃訓練のサイクルで毎日過ごして一週間近くが過ぎた。毎日夕方に出かける僕のことを母さんは心配しているようだけど、今のところは何も言ってこない。
金曜日の射撃訓練が終わった時点で大型拳銃を買ってちょうど一週間になる。あれだけあった銃弾は残り三十発になっていた。正直心細い。
この週末は魔物駆除の依頼を引き受けた。山の中で魔物が大量発生する前に、一定期間ごとに間引くという仕事なんだ。
第二公共職業安定所の職員さんに主導されて僕達は朝にバスへと乗り込む。誰もが既に強化外骨格などの装備を身に付けているので座席は狭い。
バスの後ろの方の座席に座った僕は、マイク越しに職員さんの説明を聞きながら半透明の画面に表示した資料を眺める。
「拳銃があれば充分っていう仕事だからなんだろうけど、弱い魔物だけが相手か」
”不慣れなジュニアハンターに比較的安全に実戦経験を積ませるには最適ってことね。アタシも優太に試してほしいことがあるからちょうどいいと思うわ”
頭の中に響くソムニの言葉を聞きながら僕は事前に伝えられていたことを思い出した。今回は実際に動く敵を狙う訓練を兼ねている。
現状の僕は、強化外骨格とソムニの支援がないと二十メートル先の動かない的に当てるのが限界だ。動く敵相手だとどうなるのか不安で仕方ない。
現地に到着するとバスを降りた。職員さんを先頭に今回参加するジュニアハンターや老人ハンターが続く。
バスの中で取り決めは済んでいたので、みんな割り当てられた担当区域にそれぞれ向かって行った。二人組、三人組の人達がいれば、僕のような単独の人もいる。
「本部とは連絡をとってるけど、ハンター同士の連携はなさそうってのが不安だなぁ」
「基本的に魔物討伐ってこんなものみたいよ。記録を見ると、討伐指定されてる魔物とか数がやたらと多いときでないと連携は密にしないみたいね」
「魔物討伐支援のときもそんな感じだったっけ?」
元渓流釣り場だったらしい川縁を歩く僕は以前引き受けた依頼を思い出した。その横を半透明な妖精がふわふわと浮いている。
今の僕はタクティカルヘルメットを被って強化外骨格の上からボディアーマーを装備し、左の腰に大小の対魔物用鉈を佩き、背中にナップサックを背負っていた。散々練習した大型拳銃は右手に持っている。
「次は拳銃用のホルスターを買わないといけないね」
「お金がなかったんだから仕方ないわ。それと、軍用背嚢もね」
活動を始めてから必要な物が全然ないことに僕は気付いた。春休みで稼いだお金は大型拳銃だけで使い切ったけど、もちろん他にも買うべき物はある。
ソムニはそれを初期投資と呼んでいて、一つずつ買わないといけない。問題なのはどういう順番で買っていくかだ。
僕はその点何もわからないんだけど、幸いソムニがそこを考えてくれているので助かっている。ただ、追いかけるのがきついけど。
まだまだ先は長いと思いつつ歩いていると、はるか前方に小さい赤枠が二つ現れた。赤枠の右下に小鬼と表示されている。距離は二百メートルちょっと。
「あ、こっちに気付いた」
「向かって来るわね。ちょうどいいわ。その拳銃で仕留めましょう。改めて言うけど、未来位置を予測して白い線とアイコンが表示されるから、実際の位置とずれてても気にしないこと。いいわね?」
「わかった」
赤枠が少しずつ大きくなるのを見ながら僕はうなずいた。
腹の出っ張った小柄な醜い魔物が二匹、声を上げながら近づいてくる。川縁で大きな石も転がっている場所だから、動く相手の姿は激しく前後左右に揺れていた。
相手との距離が百メートルを切ると僕は銃を構える。何度も繰り返した動作なので淀みはない。並んで向かって来る右側に銃口を向ける。アイコンは赤くNGのままだ。
僕の手元に半透明な大型拳銃が表示されている。手にする大型拳銃をそれに合わせていると銃口から白い線が表示された。すると、現れたアイコンが魔物の動きに合わせて緑のOKと赤のNGがめまぐるしく変化する。
距離が五十メートルを下回るとほぼ緑のOKのみが表示されるようになった。僕は迷わずに引き金を引く。強化外骨格で筋力が何倍にもなっているから拳銃の反動はほとんど感じない。
撃った銃弾は狙い通り小鬼に命中した。胸を撃たれた方はもんどりうって河原に転がる。
「次!」
ソムニの声が耳を打った。その言葉に合わせて僕は銃口をもう一匹に向ける。がなり立てるような叫びとともに突っ込んで来た。距離は三十メートル。
白い線が小鬼と重なると緑のOKアイコンが表示されたから迷わず撃つ。すると、一瞬の間を置いてもう一匹も地面に転がった。
しばらく銃を構えたまま二匹の死体を眺めていると右側から声をかけられる。
「は~い、よくできましたー! ちゃんと一発ずつで仕留められたわねー!」
「そうだね」
「おや? もしかして放心しちゃってる? ま、パソウェアの戦闘支援機能だけだったらこうはうまくいかないわよねー」
「射撃場で練習してるときとあんまりかわらなかったよ」
「でしょー! これがアタシのサポートよ!」
僕が顔を向けると自慢げに胸を反らせた半透明な妖精が浮いていた。実際その通りなのだから返す言葉がない。
本部に二匹倒したことを伝えると僕は再び川縁を歩き始める。視界が良い川沿いを割り当てられたのは幸運だったな。
今度は一匹の小鬼を見つけた。同時に相手も僕を発見したようでこちらに向かってくる。
「優太、今度はアタシのサポートなしで仕留めてみて」
「ここで? うーん、できるかなぁ」
ちらりと漂う半透明な妖精に目を向けてから真正面に向き直った。
パソウェアの戦闘支援機能である標高、方位、簡易身体情報、簡易武器一覧は表示されるけど、枠線やアイコンはない。センサーがないから外部情報を取得できていない状態だ。
近づいてくる小鬼を見ながら僕は改めて大型拳銃を構えた。けど、ここで自分と相手の距離がどのくらいかはっきりとわからないことに気付く。
でもそれだけじゃなかった。足場が悪いせいで僕に向かって来る小鬼の姿が大きく揺れて全然狙いが定まらない!
遠距離での命中を諦めた僕は近づいて来てから撃つことにした。さっきの感覚を思い出して三十メートルと思えるところで撃つ。
外した!
反動を抑えて再度構えて撃つ。
また外した!?
もうすぐ目の前だ。怒り狂った見にくい顔がはっきりと見える。僕はその頭に銃口を向けると引き金を引く。
当たった!
後頭部から色々と吹き飛ばした小鬼は地面に崩れ落ちて転げた。
それを見て僕は大きく息を吐き出す。
「全然当たんないや」
「んー、こんなものなのかしらねー? 七メートルくらいかぁ」
僕の横を漂うソムニは腕を組んで目をつむっていた。強化外骨格を装備して射撃場で撃つと三十メートル先なら命中してたんだけどなぁ。
「やっぱり動く標的は全然違うなぁ」
「まぁ、色々様子を見ながら練習しましょ。せめて三十メートル以内では当てられるようになっとかないと、近接武器に切り替える時間がないわ」
「そうだよね。僕もさっきそれで焦った」
最後は対魔物用大型鉈を使おうか一瞬迷ったけど、すぐに無理だと思えたからね。
この次はもっとましな対応をしようと意気込んで再び歩き始めた僕は、その後魔物に絵会うことはなかった。何となく消化不良ぎみだったけど仕方ない。
けど、明日も同じ魔物駆除の依頼に応募しているから、そこで結果を出そう。