拳銃の射撃訓練
背負ったナップサックの重みを感じながら僕は第二公共職業安定所に続く坂道を登った。
正門を潜ると右手に本館、左手に駐車場が見える。僕が今から向かうのは駐車場の奥にある射撃場だ。
広い駐車場を挟んで本館の正面にある射撃場は横幅が本館並と大きい。その横幅一杯にいくつもの出入り口が並んでいて、何人も出入りしていた。
向かって右側にある銃の販売店を眺めながら駐車場を突っ切って僕は射撃場に入る。すると、会話や足音に交じって発砲音が聞こえるようになった。
細長いエントランスホールのすぐ向こう側に見える受付カウンターに近づくときに、ソムニから念を押される。
”さっき言った通りにオーダーしてね”
僕は手の空いていたおじさんの前に立った。こちらに顔を向けたのを見ると受付カウンター越しに話しかける。
「すいません。自分の銃で射撃訓練したいんですけど」
「初めて見る顔だが、銃を撃った経験はあるのかな?」
「ないです」
「だったら最初はインストラクターをつけた方がいい。我流で変な癖が付くより、最初からしっかり型を覚えておいた方が後々苦労せずにすむからね」
「わかりました。それで、射撃訓練だけじゃなくて、掃除についても教えてもらえますか」
「お、初回でそこに目が届くってのはいいね。わかった、伝えておくよ。登録証を確認させてくれ」
おじさんの言葉に促されて僕はパソウェアを操作した。半透明の画面が目の前に現れて登録証を表示させる。そして、射撃場のシステムに接続させた。
ちなみに、ジュニアハンターだと射撃訓練とインストラクターは無料になる。だからお金のない今の僕でも安心して利用できるんだ。
一瞬で作業が終わるとおじさんがうなずく。
「ありがとう。それじゃあっちの端から奥へ行ってくれ。表示されている番号と同じ番号のインストラクターが君の担当だ」
「ありがとうございます」
受付での手続きが終わると僕は射撃場の左端にある通路から奥に進んだ。通路を抜けると等間隔に仕切られたブースという空間が並んでいる。その奥には仕切りのないレーンという広い空間が広がっており、人型の絵が描かれた的があちこちにあった。
僕が珍しげに周囲を見ていると、一人の若い男の人が近づいて来た。頭上に二番という半透明のアイコンが表示されている。
「おはようございます! 大心地さんですね。私はインストラクターの向井です」
「初めまして」
「今日は持参した拳銃で射撃訓練と銃の清掃を学びたいということですよね?」
「はい。どちらから先にするんですか?」
「射撃訓練からにしましょう。清掃は使ってからの方がいいです。あちらの九番ブースへどうぞ」
やたらと爽やかなお兄さんに連れられて僕はブースと呼ばれる銃を撃つ場所に移った。
ブースと人型の的があるレーンを仕切るところにベンチという台があるので、ナップサックから大型拳銃と銃弾一箱、そして予備弾倉をそこに置く。
「これです」
「デザートイーグルですか。触っていいですか? お、結構使い込まれてますね。銃を撃ったことがないと聞いていますけど?」
「中古品を買ったんです」
「なるほど。状態は良さそうなんで問題ないですね」
それから拳銃の講座が始まった。
拳銃は危険な武器で冗談でも人に向けないことという道徳的な注意事項から始まり、次いでセーフティのかけ方や弾倉の取り出し方など拳銃そのものの扱い方へと移る。
弾倉に弾を込めることを教えてもらった後は、拳銃の構え方を指導してもらった。大きく分けて二種類あり、両方の利点と欠点を考えた上で最後に自分で選ぶよう教えてもらう。
そうしてようやく実際に撃つところまでたどり着いた。
爽やかなお兄さんが笑顔を向けてくる。
「それじゃ、実際に撃ってみましょう。まずは教えた通りに動作を一つずつ確認して構えてください」
うなずいた僕は銃を右手で持ってブースから目の前のレーンに体を向けた。十メートル先には人型の的がこちらに向けられている。
足を開いて少し腰を下ろすと右手の拳銃を的に向けて左手を添えた。セーフティを外して照門から照星を見る。狙うは的の真ん中だ。
これで良しと引き金を引きかけると、右後方に立っているお兄さんから声がかかる。
「いい感じですね~。パソウェアの防音機能が起動していることを確認したら撃ってください。耳を痛めるとつまらないですからね」
すっかり忘れていた僕は少し恥ずかしい思いをしながらパソウェアを操作した。拳銃を撃つことに集中しすぎて手順を一つ飛ばしちゃったよ。
気を取り直すと僕は再び照門と照星に集中した。そして、今度こそ引き金を引く。
防音機能のおかげか発砲音は本当に控えめだった。けど、撃った反動は予想以上で驚く。手首に強い衝撃があったかと思うと肩まで一気に伝わり、腕が跳ね上がった。
少しのけぞった上半身を元に戻すと拳銃を見る。
「こんなに衝撃が強いの?」
「大口径の銃ですからね。でも、的を見てください。ちゃんと当たってますよ」
お兄さんの言葉に従って僕は十メートル先にある的へと目を向けた。すると、四重の円のうち一番外側の線に一つ穴が開いている。
「当たってる?」
「ええ、当たってます。これからあの円の中にいつも命中するように練習しますよ」
「はい!」
悪くない結果だと知って僕は喜んだ。それからはお兄さん指導の下で一発ずつ撃っていく。そうして弾倉二本分を撃った。
その後、僕は一旦ブースを離れていくつかあるテーブルの一つに座る。お兄さんがカウンターから色々な道具を持って来てくれると説明してくれる。
「それじゃ、次は銃の清掃についてお話しますね。銃は引き金を引くと火薬を爆発させて弾を前に押し出すという仕組みですので、銃身内は必ず燃えかすで汚れます。この汚れを放っておくと銃身の劣化が早まり、命中精度が下がります」
ということから銃の清掃の講座が始まった。
清掃するためには道具が必要で、一般的には銃口内の燃えかすを取り出すブラシ、布きれ、クリーニングロッド、そしてガンオイルを使う。
教えてもらいながら僕はやっていく。最初はブラシを銃口内に入れて押し出した。すると、黒い煤のようなものが出てくる。燃えかすだ。
次いでクリーニングロッドの先に布を付け、更にガンオイルを付けて銃口内を掃除する。
「そですね。そんな感じでいいですよ。最低限の清掃ならそんな感じですですね。しっかりと掃除をする場合は分解してからになりますが」
「大変そうですね」
「でも必要なことですから。本格的な分解整備は専門店に任せるとしても、一通りのことはできるようになった方がいいですよ。今から教えますのでやってみてください」
お兄さん指導の下、僕は大型拳銃を分解した。初めてなのでなかなかうまくいかず、かなり時間がかかってしまう。それでもどうにか分解し、そして組み立ててお兄さんに合格をもらえた。
頭の中でソムニがささやいてくる。
”やり方は今のでアタシも覚えたわよ。後で練習しましょう”
「本格的な分解整備は専門店に任せてください。どの程度でお店に診てもらうかは扱う銃、使う弾、使用頻度によって違います」
目安も一緒に教えてもらえた僕はうなずいた。
尚、ジュニアハンターの間は、この射撃場に来る限りにおいて銃を清掃するクリーニングセットを無料で使えることも教えてもらう。
こうして一通りのことを教えてもらった僕は、組み上がった大型拳銃を手にすると再びブースへと向かった。




