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愛に没す人  作者: レナルド・スキナルド
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縁談

 これから皆様にお読みいただきまするは、情報屋でありまする私、レナルド=スキナルド氏の見たり聞いたりを取りまとめた手記でございます。

 情報屋と申しましても、国の政や戦には、無学な私には難しくございますゆえ、いわゆるゴシップというものを扱っております。というのも私の個人が特定されぬのは、この無学さによるものと思うております。政や戦に関することを書かぬ私は、政治的効力を持ちえません。もとより、私の手記により、社会が動くことは望んでおりません。

 ですから、これを目にしておりますあなた方は、くすりと笑えばいい。はあと唸ればいい。ほろりと涙を流せばいい。それが私の望むことでございます。

 では前置きはこれまでにして、お話をお進めいたしましょう。


 ――この物語の主人公は、まだ少年とも呼べる大人になりきれていない年頃の青年。

 身体つきは大人のそれで、成長期も終わりを迎えて、いよいよ仕上げに入る頃合い。だが、顔つきはやはり、何処かあどけない。そんな年頃の青年が、座面が紅く、金色の豪華絢爛な装飾で縁取りされた立派な椅子に座っているとあらば、青年の身の上は誰が見ても一目でわかる。


 彼は王子だ。


 王子ということは、この国を治める王の息子。彼の話題に興味がない者は、おそらくこの国の住民では珍しいだろう。些細な話題を書くゴシップでは、話題の主人公となる人物が些細でないことが何よりも重要だ。

 この国の王の唯一の子息つまりは、次代の王として立場が約束されている皇太子だ。ゆくゆくは皇太子妃を娶って、さらに次代を育むことを務めとする。当りまえのことを述べているようだが、これは大事なことだ。

 なぜならこの物語は、王子である彼の恋から始まるのだから。


「……、皇太子妃候補との顔合わせ?」


 彼の名はシャルル。王子シャルルだ。知っての方も多いだろうが、王家始まって以来の問題児。とにかく型に嵌ったことと言うものが大嫌いで、ご丁寧に持ち込まれた縁談にさえ、頬杖を突きっぱなしで大義臭いと言わんばかりの表情。まるで、自分の未来の花嫁たる女性たちに興味がないかのようだ。

 着用しているのは、彼が鎮座する玉座に似つかわしいものではなく、見かけこそ小奇麗だが、生地は麻の繊維でできている。目を凝らしてみれば、粗い網目が浮き上がってくるのが証拠だ。本来なら、いくら目を皿にしようが網目の見えない、きめ細かい絹でできており、金や銀の刺繍がが施された煌びやかな服こそ似つかわしいはず。にも拘らず、彼はこの麻の衣服を好んで着ていた。


「くれぐれも、そんな品のない衣を着てきてはいけませんよ」


 そう世話役の大臣に小言を言われるが、当の本人はこの言いつけを聞くつもりはない。この大臣は、王家の顔役たるシャルル王子に身なりのことやら、しきたりのことやらを事細かにぐちぐちと注意する。シャルル王子は身だしなみも清潔感さえあればそれでいいと思っている。しきたりも特に必要なければ取っ払ってしまいたいと考えている。


「品のない? 僕にとっては、飾緖がひらひらと邪魔なだけで、金や銀の装飾が悪戯に質量を増しているだけの服などに品など感じないけどね」


 大臣に返した返答。シャルル王子は王子らしい正装などまるでする気がないのだ。これに呆れ果てたくとも呆れ果てられないのが大臣。

 ここで私が、政治的内容を書くのは少し憚れるが、王子の妃となる人物を周りの役人が用意するのは、その妃の家系が王家のパトロン的役割を果たしているという表れ。国の頂点に座する王子の妃となれば、いかなる資産家の娘とて最高の誉れとなる。それを要求するために、国に多額の税金を納めるというのがこの寸法。縁談をむやみに断れば財源を失うとあれば、いかにシャルル王子の興味がなくとも、会っていただかないわけにはいかない。そして、その際に失礼があったのでもいけない。

 それを言い聞かせてもまるでシャルル王子はまるで聞く耳を持たない。

 かと言って私も、この王子の所業に呆れ果てているわけではない。むしろ彼の考え方には納得さえしているくらいだ。彼が麻の服を好んで着るのは通気性も乾きも良いため、動きやすいから。そしてなによりも、汚してしまっても替えが利くほど安価なのだ。彼は格式やしきたりよりも、機能性や合理性を重視する。もちろん面会と食事に、動きやすさも通気性も乾きの良さも必要ないのだが。

 つまりは、彼が皇太子妃候補との面会に正装をして来ないというのは、皇太子妃候補に対して興味がないということだ。


 その遠回しの拒否の対象となったのは、国の長者の中の長者の娘。ジョゼだ。

 そして、彼女が王家のパトロンとなっているのはもはや言うまでもない。これは王子の見合いであり、同時に締結されるはずの政治交渉でもあった。だが、豪華絢爛な大理石の上に、さらに輪をかけた豪華絢爛な赤い絨毯。その上にさらにダメ押しで、銘木から切り出した一枚板が天板に使われた最高級の円卓を、愚かにもシルクのテーブルクロスで覆い隠し、数々の高級食材を使った最高級の料理が並ぶ。高級、最高級、豪華、何度この言葉をこの食事会を記述するのに私は使っただろうか。

 そしてこの食事会は紛れもなく、シャルル王子とジョゼのために用意されたもの。


 ジョゼはこの場に負けぬよう精いっぱいのおめかしをして現れた。

 淡い桃色のドレスはまるで、白があまりにも白すぎるがために、見つめる眼球に流れる血の色が映ったのかと錯覚してしまうほどの控えめな色合い。そこに幾何学的なベジェ曲線が幾重にも絡み合ったレースの装飾が施されている。生地は全て淡い桃色一色なため、鼻先が触れようかという至近距離まで近づかなければ、その装飾には気づかない。だが、それは奥ゆかしさというものを演出するための大がかりな仕掛けのようだった。

 対して、やはりシャルル王子は、この場にとても似合わない麻のシャツを着て現れたのだ。周りの大臣や、役人。そして、ジョゼの親族達も額に右手をついて、左手の指でカツカツと円卓を打ち鳴らす始末。食べる所作だけは王家の行き届いたしつけ通りに綺麗なものだったが、それがなおさら彼の恰好の異端さを際立たせていた。正装をして来なかった彼に対し、周りの者が呆れの視線を差し向ける中、ジョゼだけは少し違う視線を彼に送っていた。

 どこか憂いを帯びたその目は、ただただ真っ直ぐにシャルル王子の瞳を見つめている。

 だが、悲しいかな。彼の目は、彼の目下にある白身魚のムニエルに注がれていた。


 全くもって合うことのないふたりの視線。

 全くもって交わらず、平行線のままのふたりの会話。


 ものぐさなシャルル王子は、同時に言動にオブラートというものをかぶせることができない。

 彼の態度は、あらかじめ用意された縁談に対するあからさまな拒否反応だった。だがそれを、ジョゼ本人は、他でもない自分への拒否反応と受け取ったのは想像するにたやすいこと。


 ジョゼはテーブルの下で、彼に見えないようにしながら拳を握りしめて、肩を震わすのだった。

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