第48話
アイの服装は体操服にブルマというものから、金剛高校のセーラー服(夏服)へと変わっている。
さらにその薄手のセーラー服の上から比叡中学校の女子制服(冬服)をジャケットのように羽織っているのだが、白を主体にしたセーラー服と黒を主体とした制服に加え、自身の髪の毛である赤が加わり、その色映えが非常に良い。
地味フェイスの鉄雄のときは服装に無頓着なのだが、女の子になっているときは、自分の服装が気になってしまうのはどういったことだろう。
また、アイが着替える際の問題として、楓の手を借りなければいけないということがある。
彼女からは『着替えやお風呂は自分でできるようになった方がいいわよ』と言われているものの、どうにもハードルが高く感じてしまう。
それに女の子の裸体をきちんと見るのなら、一番最初は自分よりも楓のものを見たいという気持ちが強いこともあるのだが。
さて、午前7時30分。
アイは食堂で朝餉をとっていた。
異界生活における食事は、朝はビュッフェ(バイキング)方式、昼は普通の学食(注文)方式、そして夜は時間を決めての2交代制で、人数分の料理をお膳で用意する方式となっている。
聞くところによると、昨晩、ダンジョン地下2階の男子禁制(女性専用)通路から無事戻って来た塔子が、集団生活におけるさまざまなルールを『暫定的』に決めて、指示を出していたらしい。
彼女としても昨日はトラブル続きで色々大変だったろうに、それを微塵も感じさせない手腕は大したものだと思う。
「オイオイ、たしかに会長も頑張ってるけどよぉ、料理を担当するオレらのことも気にかけてくれよ」
「もちろんですよ。こうやって美味しいご飯を作ってくれる葉月や調理部の人たちには心から感謝しています」
アイは湯気の立つご飯とみそ汁を前に、こみ上げてくる生ツバを飲みこみながら、エプロンと三角頭巾姿で向かいの席に座っている葉月に答えた。
「これほど見事な料理を作れるのですから、葉月はきっといいお嫁さんになれるでしょうね」
「うぐっ……そ、そういう誤解を招くような発言は気をつけたほうがいいぞ」
何故か目を逸らして指をいじり始める葉月に、「どういうことですか?」とアイは小首をかしげる。
「いや……だからさ、そんなこと言われて"勘違い"するヤツが出てきたらどうするつもりなんだよ……(オレはもう手遅れだけどさ)」
最後の方は蚊が泣くような小さな声だったので、何と言ったか聞き取れなかった。
ハキハキと喋る彼女がどもるのはどうにも珍しい。
「勘違いも何も、私は本気で言ったのですが」
「~~~ッ」
葉月は男のような言葉遣いと短絡思考と"クセ"があるもの、葉月は美少女だし料理も上手いし、結婚する相手としては申し分ないだろう。
アイは本気でそう思ってるからこそ、言葉を"額面通り"そのままの意味で伝えたのだが。
――この比叡中学校で生活を共にする人数は約600名。
高校生のアイと楓を除けば、そのすべてが中学生の少年少女たちだ。
もとより寮生活で料理洗濯掃除などに慣れていた生徒が多いといえ、その全てを自分たちで行うとなると、作業量が激増する。
だが、共同生活を営むうえではいやでもやるしかない。
料理や掃除、洗濯の当番も改めて調整するとのことだが、それまでの間、食事の段取りは調理部が中心となって行っている。
特に葉月はダンジョン探索(含む戦闘)に加えての調理係なので、これまた目の回る忙しさのはずだが、その疲れが料理に影を及ぼすことはない。
むしろ彼女が焼き上げて差し入れてくれたミニプレーンオムレツは、香ばしい香りとプリンのような質感に加え、箸で二つに割ると中から半熟状態の卵がとろりと流れ出るといった、実に手間暇のかかった代物だ。
「はふぅ……あつっ……」
アイがそのオムレツをはじめ、白米や焼き魚などをちまちまと口に入れるたび、葉月の目尻がとろんと下がる。
いや、正しくは葉月だけではなく、周囲の席に座る生徒たちの大半がアイを見て同じような表情となっている。
彼等・彼女等がアイに向ける視線は、まるで仔猫などの愛玩動物を愛でるような視線なのだが、食の細い体で苦労しながら食べているアイは気付かない。
「しっかし、アイさんのときはホント小食だな。オムレツを差し入れたオレが言うのもなんだが、そんなによそっていたら食いきれねえだろ」
こちらのペースを見ていた葉月が、見たままのことを言う。
「大丈夫ですよ。この後、鉄雄に戻って残りを食べますから」
その瞬間、周囲からため息やら舌うちやらが聞こえてきた。
一昨日のように、美少女の食べ残しを野郎共が虎視眈々と狙っていたのだろう。
いやまあ、同じ男としてその気持ちは分からないでもないが、そういう態度は露骨に見せない方がいいと思うぞ。
女の子の目線で見れば明らかに"引く"から。
「クソッ、せっかくアイさんと間接キスできると思ったのに」
「お前も狙ってたのかよ!?」
どこまで本気か分からない葉月にツッコミを入れながら、アイは鉄雄に姿を戻す。
と言っても、鉄雄という少年がアイという少女に変身しているわけではない。
鉄雄(男)とアイ(女)の肉体が別々に存在していて、鉄雄の魂がそのどちらかに宿っているだけにすぎないのだ。
だからいくらアイで食事をしても、鉄雄としては米一粒、パン一かけらすら食べたことにならない。
……ならないのだが。
「うっ、やべえ。全然腹が減ってねえ」
アイとして活動しているときは、鉄雄の肉体は"時間が止まった状態"でタブレットに収納されていることを失念していた。
とどのつまりいまの鉄雄は、夕食を食べてから一時間と経っていない状態だということで。
「うっし、それじゃ今度こそオレがいただくぜ」
そう言いながら伸ばしてくる葉月の箸を防ぎ、鉄雄は無理にご飯を口に入れ、味噌汁で強引に流し込む。
「うぅ……そんなにオレに間接キスされるのがイヤなのかよ」
仔犬モードに入った葉月が、拗ねたように唇を尖らせる。
その表情に罪悪感を覚えながらも、鉄雄は言う。
「いや、お前がせっかく作ってくれた料理なんだから、残すのは失礼だと思ったんだよ……ゲップ……」
一昨日の夕食時。
最終的には楓に食べてもらったと言え、食べ残しを出したことは鉄雄としても気がかりだった一件だ。
まして今日は、料理を作ってくれた葉月が目の前にいるのだ。
彼女がどれほど苦労して皆の食事を作ってくれているかを考えれば、無碍に残すことなどできるはずもない。
「っかー、嬉しい事言ってくれるな、オイ。ますますもって鉄雄さんのことが気に入ったぜ」
いや、そんな好感度を上げるようなことをしたつもりはないのだが。
*
朝食を終えた鉄雄は生徒会室へ赴いていた。
昨日、地下2階で別れた後に何があったかを聞くためだ。
今現在、部屋にいる人間は5人。
鉄雄、楓、塔子、晃、葉月――早い話が、昨日お泊まり会をしたメンバーだ。
「さて、それでは……」
と、塔子が口火を切ろうとしたそのタイミングで鉄雄のタブレットが着信音を奏で始めた。
電話(便宜上の呼称)をかけてきた相手は確認するまでもない。
鉄雄は視線で仲間の確認を得て、相手との通話を始める。
「もしもし、鉄雄です……あ、はい。昨日はお世話になりました、桜さん」
相手の名前を出した途端、楓の表情がこわばった。
姉も妹も口では相手を悪く言うものの、心の底では互いに気づかっているのを知っている鉄雄は「ちょっと待っててください」と、楓にタブレットを差し伸べる。
「イヤよ。なんであたしがアイツと話をしなきゃいけないのよ」
難色を示してそっぽを向く楓だが、ちらっ、ちらっとタブレットから意識を切り離せないあたり、その挙動が可愛く思えてしまう。
そして最終的は「しょうがないわね」と、嬉々としてタブレットを奪い取るように手に取り、通話を始めた。
悪態をつきながらも生き生きとした表情で、ここからダンジョン経由で10数キロ離れた相手と会話をする楓。
その楓をどこか温かい眼差しで眺めながら、塔子は改めて話を始めた。
「ダンジョンの地下2階で鉄雄さんと分断されたわたくし達は、鉄雄さんがレバー操作をしたことで新たに開けた道を通ったところ、地下1階へ戻ることができましたの」
「んで、拠点に戻ったオレたちは、アキラと合流……まあ、そのときはまだコイツは晃だったんだが」
と、銀髪セミロングの少女を顎で指し示す葉月。
自分が男のときは『鉄雄』、女の子のときは『アイ』と呼び分けるように、晃も男のときは『晃』、女の子のときは『アキラ』と呼び分けることにしたのだろう。
……いや、微妙な発音の違いでしか無く分かりづらいのだが、それはさておき。




