第38話
「う……ぐすっ……あんたが絶対来てくれるって信じてたから、何とかそれまで耐えよう、って頑張ってた……ひっく……のよ」
――あ、ヤバい。
先輩泣きそうだこれ。
楓は気丈に振る舞っていても、ふとしたことでメンタルの弱さが表に現れることがある。
前回――有賀のときはそれで足を引っ張ったと思い込んでしまっていたし、今回は自分が死ぬかもしれない、という恐怖にひたすら耐えていたのだろう。
楓をよく見ると、腕から足から切り傷がつけられ、白の体操着は土埃と血で歪なまだら模様に染まっている。
彼女の猫のように大きな瞳からは焦燥の色が見受けられ、どれほど激しい戦闘が行われていたかが想像できる。
「私が来たからにはもう安心です……と言いたいところですけど、予断はゆるされませんね」
本当なら楓を抱きしめ、無事を喜びたいところだがそうはいかない。
室内中央からさらに向こう側では、未だ塔子が焦げ茶色の毛玉集団の脅威に晒されている。
アイが結果的にコボルトの注目を集めた隙に、葉月が塔子――の守っている少女に急接するも、その非力さ故にコボルトからの防波堤としての役割を果たせていない。
楓もそれを弁えているのだろう。
鼻を1回すするだけで涙声を抑え、凛々しい顔で言う。
「ええ。塔子はあたしよりもずっと長い時間耐えてるんだから、少しでも早く助けてあげないと」
「やりましょう、先輩。俺が"スペース"を作ります」
アイは楓の右斜め前にいたコボルトに狙いをつけ、威力を優先したミドルキックを放つ。
左からの圧力を受けたコボルトは右側のコボルト数匹を巻き込んで吹き飛ばされ、結果として楓の正面140度ほどに扇状の空間ができた。
「これだけのスペースがあれば充分よ。うらあああああああっ!」
楓は脇に抱えた丸太を空いたスペースで勢いをつけるように回し、横に一回転。
あらかじめしゃがみこんだアイの頭上、丸太の軌道上にいたコボルトをまとめてなぎ倒す。
「あー、丸太を思いっきり振り回せるって気持ちいいわ。ダンジョンの通路って幅が微妙だから、結構フラストレーションが溜まるのよね」
たしかに幅3メートルにも満たないダンジョンは、長い武器を振り回すのに不向きだろう。
今更ながら、よくその戦い方でコボルトを倒してきたものだと感心してしまう。
「よし、これで……え?」
アイは我が目を疑った。
いよいよもって体に刻まれた切り傷、刺し傷の数が無視できるレベルを超えた塔子は、顔面だけを庇って体を無防備に晒す。
そのまま何をするでもなく数秒の精神集中。
塔子はその肢体にザクザクと爪や牙などを浴びながらも、致命傷には届かないようだ。
それどころか『利かぬわ』とばかりに、変なルビをつけた【回復1】で自らの怪我を癒す。
「【エリュシオンの雫】ですわ!」
そして状態が万全になったところで、再びサーベルでコボルトをけん制しつつ、耐えの姿勢に入る。
「彼女の防御力は大したものですね」
右手でコボルトの胸を貫き、左手で別のコボルトの首をヘシ折りながらアイは感嘆する。
そう言えば、以前見た塔子のステータスはHPと耐久が頭ひとつ抜きんでていた。
速さに特化した葉月といい、防御に特化した塔子といい、戦闘における得意分野が明確になりつつある。
今後ダンジョンを攻略していくうえで、各自の特色を活かした戦い方ができれば難易度は大きく違ってくるだろう。
もっとも、その『今後』まで辿りつくためにも、"今"を乗り越えなければいけない。
攻撃の発動にさほど"準備スペース"を必要としないアイは、コボルト集団の中に飛び込んで暴風のような連撃を放つ。
正拳、裏拳、手刀、ひじ打ち、頭突き、ひざ蹴り、ハイキック、ミドルキック、ローキック、かかと落とし。
――ギャン。
――ガルルル……ブホッ。
――キャイン、キャイン。
【子都葉月 レベルアップ 5→6 ボーナスAP2】 所持AP:3
アイが前進するたびにコボルトが倒れて煙のように消え失せ、『巨大空間』内の視界が少しずつ開けていく。
【子都葉月 レベルアップ 6→7 ボーナスAP2】 所持AP:5
そしてレベルが2つ上がったことで速さと鋭さを増した葉月のナイフが、これまで以上のペースでコボルトを血の海へと沈めていく。
【葉鐘アイ レベルアップ 8→9 ボーナスAP2】 所持AP:186
アイがコボルトを倒すことによってパーティを組んでいる葉月が強くなり、その葉月がコボルトを倒すことでアイの糧となるという好循環。
「よし来た、レベル10になったわ!」
さらに楓も別パーティ故にレベルアップアナウンスこそ無いものの、アイが確保した十分な"準備スペース"を使い、丸太の一振りで3匹、4匹とまとめてコボルトを倒すなど、好調ぶりを発揮する。
露払いのアイと殿の楓。
2人の少女が塔子たちのところへと辿り着いた時点で、すでに戦いの流れは決まっていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ、お互い無事で何よりです。わたくしとしましても『巨大空間』の中央で取り囲まれた楓さんの安否が気になっておりましたの」
「んもう、言ってくれるじゃない」
未だ襲い来るコボルトを撃退しながらも、笑顔を見せ、軽口を叩き合える余裕ができている。
「っと、そうだ。コイツは無事なのか?」
「ええ、気絶しておりますけど、大事には至っておりませんわ」
葉月が迫りくるコボルトの爪を弾き、隙だらけとなった顔面に塔子のサーベルが突き刺さる。
アイ、楓、塔子、葉月。
1対1ではコボルトを圧倒できるまでに成長した四少女たち。
対するコボルトは、唯一の優位だった数の暴力を少女たちの連携によって崩され、一体、また一体とその数を減らしていく。
「この状況だと、地下2階への階段まで余裕で辿りつけそうだけどどうする?」
「けどよぉ、優先させるべきは"コイツ"を学校まで送り届けることだよな」
「ですが、未だ一方通行の罠は解除されてませんよね」
楓の問いに葉月が答え、アイが問題点を指摘する。
それに対して解決案を出したのは塔子だった。
「でしたら、コボルトを全滅させてみるのはいかがでしょう? 何かが変わるかもしれませんわ」
それ以外に解決方法は無さそうなので、アイたちはその意見に従い、残り数匹となったコボルトを"狩り"はじめる。
もはやここまで来れば消化試合のようなものだ。
塔子は錯乱した少女のガードを最優先として動かないものの、楓の丸太が子供のような背丈のコボルトをさらに低く押し潰す。
葉月のナイフが茶色い毛玉をばっさりカットするかのように動き、アイの蹴りが白いコボルトの胸を抉る。
――更なる深淵に逃げ込むことなく、闘技場に踏みとどまって我が眷属を根絶やしにしたか、時空の罪人共よ。だが、我……グハッ!
「……え、白いコボルト?」
「ねえアイ。そいつ、他のコボルトを全滅させたら沸いてきたんだけど……」
楓が指さしたのは、他のコボルトより一回り大きく、他のコボルトより威厳に満ち、人間の言葉を喋り……胸に瀕死の重傷を負った純白のコボルトだった。
「沸いた直後に瞬殺かよ、アイさんぱねーな」
「何か前口上的なことを話していたみたいですが……」
え?
悪いの俺!?
いやまあ、たしかに雑魚を蹴散らしたらボスが登場、という流れを想像してなかったのは悪いかもしれないが。
だが、ただの一撃で致命傷を受けるフロアボスの方が悪いのではないだろうか?
「そこはホラ、あんたの戦闘スペックって反則じみてるんだから、それを考慮しないと」
アイのやるせなさを漠然と読み取った楓がツッコミを入れてくる。
むう、最近は男から可愛い女の子になったことだけが着目されているが、改めて考えると戦闘用義体の能力値1.5倍ってシャレにならないよなあ。
――で……ヒューヒュー……が……ゴホッ……。
白コボルトは何かを言っているのだが、胸に開いた風穴が呼吸を乱して聞き取れない。
ただ、消え去る間際の、
――機械仕掛けの神によって。
という言葉だけは、ハッキリと聞き取ることができた。
*
【ファストアクション フロアボス撃破~狭間の牢獄B1F~ ボーナスAP10】
【葉鐘アイ レベルアップ 9→10 ボーナスAP2】 所持AP:198
【子都葉月 レベルアップ 7→9 ボーナスAP4】 所持AP:19
*
――狭間の牢獄地下2階。
「うーん、ボスからの大量経験値とファストアクションボーナスは勿体ないことをしましたね」
「突発的な事故によって、PTを編成する余裕がなかったので仕方ありませんわ」
先頭を歩くアイのぼやきに、錯乱した少女を背負った塔子が反応した。
「それに、貴重な情報源をむざむざと殺してしまうとは……申し訳ありません」
「アイのせいじゃないわよ。誤作動でメッセージスキップが発動したうえ、バックログ機能のないクソゲーみたいなもんだしね」
「各階層にボスがいて、そいつが日本語を喋るってんなら、この地下2階にもそういうのがいるかもしんねえしな」
――結局『巨大空間』の一方通行は、フロアボスを倒しても解除されなかった。
そのため、アイたちは唯一残された道である下り階段を進んで探索を行っている。
階段を下りた先は通路が前後に広がっており、アイたちは前進を選択。
数百メートルほど歩いたが、今のところそれ以外に分岐はないようだ。
「その反省からパーティを1つにまとめて階段を下りたのに、地下2階に到達したというファストアクションがもらえなかったのは残念ね」
と、最後尾でバックアタックを警戒する楓。
地下2階は道幅が地下1階より若干広く、丸太をふりまわし易い為、言葉とは裏腹にあまり残念そうには見えない。
「ところでよ、さっきの『巨大空間』だけど気付いたか?」
「沢山の生徒が犠牲になったはずなのに、死た……亡骸が一体もありませんでしたね」
アイはずっと気になっていたことを口にする。
仮に犠牲になった生徒たちがコボルトに喰われたにしろ、骨すら残ってないのはおかしい。
「っと、おいでなすったようだぜ」
アイに次いで2番目を歩いていた葉月が、敵影を察知して臨戦態勢に入った。




