第36話
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こうなった以上仕方ない。
どの道、中学生は全員レベル6以上にする必要があるのだから、早いか遅いかの違いと割り切るか。
アイたち5人は比叡中学校の昇降口からダンジョンに入り、タブレット上のマップを見ながら、踏破したところを中心に進む。
こちらの入り口から入ったダンジョンは、最初の赤い部屋を越えれば北、南、そして東に通路が伸びている。
北側は『広間』がある方、南側はアイがやって来た金剛高校方面。
そして東側には体育館もかくやという巨大空間があるのだが、塔子から『その部屋には絶対入ってはいけませんわ』と釘を刺されている。
昨日、真っ先にダンジョンに突入し、かろうじて逃げ帰ってきた生徒の話によれば、その東側の『巨大空間』で数百名が犠牲になったとのこと。
抑えきれない冒険心を胸に、ゴールドラッシュのごとき勢いでダンジョンに入り、赤部屋で入れ替わり立ち代わりタブレットを手にした生徒たちは、そのまま集団で東側を探索。
そしてほとんどの生徒が狭い通路から『巨大空間』の大広間に入りきったところで、異変が起こった。
室内に数十匹のコボルトがいきなり沸き、生徒たちに襲い掛かったのだ。
生徒たちの大部分はなす術なくコボルトの歯牙にかかり、一部の生徒は『巨大空間』の中央に存在していた"下り階段"の先へと逃げ、残りの一部は来た道を引き返そうとした。
しかし、『巨大空間』の外側にいたおかげで難を逃れた生徒の証言によれば、室内にいた生徒は絶望に染まった表情で出入り口の空間をドンドンと叩き、『なんで入口が消えて土壁になってるんだよ!?』と叫んだらしい。
外側からは何もない空間で通り抜けができ、内側からは壁となって外に出ることができない。
RPGで言う一方通行のトラップ。
"いかにも"な巨大空間と下り階段で誘い込んで、敵が集団で襲い掛かってくる。
――ホント、タチの悪い罠だとしか言いようがないよな。
そんな訳でアイたちは南方面に向かい、既に探索して安全を確かめた場所を歩いていた。
*
行けども行けども周囲は発光する土壁だけで、時間的な感覚がどうにも麻痺してしまう。
「チッ、コボルトのヤツ、どこにもいねーな」
舌打ちをする子都に、周囲の気配を伺いながらアイが答えた。
「ここら辺で先ほど二匹倒したので、そう遠くない場所にいるとは思うのですが」
昨日の『広間』などの例外を除き、一度倒したコボルトの再出現地点は明確に定められていない。
出現して徘徊するからということもあるが、半径数百メートルほどはリポップに誤差があるようだ。
――ヴルルルルルル。
「ようやくいましたね」
コボルトが現れたのは通路の十数メートル先。
この辺は結構歩いたつもりだったが、地図で言えば、たまたま"塗りつぶしていない"場所から姿を現し、こちらを威嚇している。
「それでは皆さん、安全のために私の後ろに……」
「っだらあああああああああ!」
パーティメンバーに注意を促すアイの横を、コンバットナイフをドスのように腰だめに構えた子都が駆け抜ける。
「なっ……ちょっと待ってくだ……待てってばオイっ!」
子都の速度はかなりのものだが、あくまでレベル1にしては、だ。
加えて勢い任せて一直線に突進する手段は、リーチの短いコンバットナイフ向きではない。
弱いコボルトならあれで倒せるだろうが、技量が高いコボルト相手なら爪でカウンターを喰らうか、避けられて牙の餌食になるだろう。
「ええい、くそっ!」
(味方に)不意を打たれたといえ、レベル差と戦闘用義体のスペックはそれを埋めるに十分だ。
アイは超がつくほどの速度で子都の背中に追いつき、このまま自分がコボルトを仕留めるのがベストと判断。
しかし、
――技能【罠感知】発動――
――通路の5メートル先に罠があります――
げ、またこのパターンかよ。
速度に乗ってる以上、急ブレーキをかけても間に合うか微妙なうえ、もし自分が踏み止まって罠を避けたら子都が餌食になってしまう。
昨日くらったような麻痺ガスのトラップか、それとも別の何かか。
『巨大空間』のようなデストラップじゃないと信じたいが、
――ええい、いずれにせよ迷ってる暇はない。
罠があるのなら踏み抜けとばかりにアイはさらに加速。
そして何も実感のないまま、手刀でコボルトの胸を刺し貫いた。
「うらああああああああ……っと、うおっ!」
子都はターゲットを失ったばかりか、アイに攻撃を当てそうになったことに焦り、慌ててコンバットナイフを明後日の方向に放り投げる。
しかしそれ以上はどうしようもできず、振り向いて受け止めようとしたアイの大きな胸にぽよんと飛び込んでくる。
「ふも……ふ、ふはへへ……」
「バカ野郎! 何考えてるんだよ!」
アイは胸の中でふがふがもがく子都を引きはがし、両肩をわしっと掴んで真正面から見据えた。
「俺が守ってやらなきゃ……なんておこがましい事を言うつもりは無いが、一歩間違えればお前、死んでたぞ!」
「すまねえ。敵を見た瞬間、カッとなってブワッときてガーってなっちまってよ」
すごく抽象的だが、言いたいことは分かる。
分かるのだが、命は大事にして欲しい。
「もしかしてお前……」
――有賀に乱暴されたことで、ヤケになってないよな?
そう言いかけて止める。
コボルトに襲い掛かった子都から発せらていた"殺気"は、アイがよく知るものだったからだ。
――相手を殺してでも自分は生き延びる。
結果として自分自身の命を賭してしまったが、彼女からは自分や楓と似た『何が何でも強くなってやる』という断固たる意志を感じた。
「ホント、アイさんには迷惑かけちまってすまねえ。けどよ、さっきも言ったようにオレは一刻も早く強くなって、みんなの役に立ちてーんだよ……だから……」
ああ、その瞳にも見覚えがある。
楓が、『次は自分にコボルトを殺させてくれ』と申し出たときの眼差しだ。
「……分かった。ただし、もう少しレベルを上げてからにしてくださいね」
アイはようやく落ち着きを取り戻し、咄嗟に出た男言葉から女の子用の口調に切り替える。
正直なところ、敵を"殺せる"仲間は多いにこしたことはない。
今回は緒戦ということで暴走したが、自分を刺さないよう、とっさに武器を投げ捨てる判断力はあるのだ。
上手く手綱を握って成長させれば、自分や楓がやっているみたいに、けん引役として中学生全員をレベルアップさせる大きな助けになるだろう。
どうやら彼女自身もそれを望んでいるみたいであるし。
「ちなみに攻撃手段は何がいいか希望があ……」
「コレ(コンバットナイフ)が一番性に合ってるから【短剣】の技能を覚えてーんだが、いいか?」
皆まで言い終わる前に返事をされた。
「たしかに武器は魔法とちがってコストパフォーマンスに優れてますが、その分扱いは難しいですよ」
第3班の塔子と晃は魔法攻撃が主体。
魔法は放てばコボルトを一発で倒せるほど強力で楽な反面、MPには限りがある。
そのため、有賀が持っていた日本刀やフェンシング部のサーベルを借用して、【刀】や【剣】の技能を習得して使っている。
先ほど学校で聞いた話では、それでも魔法抜きでコボルトを倒すのに、多少なりとも手こずっているらしい。
「それなら大丈夫だ。オレは調理部だから、包丁みたいなこのテの長さの刃物の扱いにゃ慣れてんだよ」
……いや、さっきの戦い方には、調理部らしい包丁さばきはかけらすら見られなかったが。
「ともあれ今のでレベル2になったはずですから、レベルを4まで上げて【短剣】を習得してからコボルトの相手を……あれ?」
子都をはじめとした残りのメンバーのレベルアップアナウンスが頭に流れていなかったのに気付く。
「どういうことでしょう?」
確認でステータス画面を開いてみると、たしかに組んでいたはずのパーティ状態からソロになっている。
パーティ離脱の誤操作は有りえない。
何かのバグ? いや、考えられるのは……さっきのトラップか。
強制的にパーティを離脱させることで、敵を倒した経験値が全員に行きわたらないようにする。
とても地味だが発動しても気付きづらい分、イラッとさせられる。
これで2回目。罠があるのを分かっていても、発動させてしまっては意味がない。
たしかAP30で買える技能に【罠解除】があったはずだし、学校に帰ったら楓や塔子、晃とミーティングを行って、技能を増やしていくべきかもしれない。
*
「オラッ! くらいやがれっ!」
子都は土埃を舞い上げながら銀閃を疾らせ、コボルトに的確なダメージを与えていく。
目を傷つけては距離を取り、獣毛にまみれた腕を刺しては反撃をもらう前に後方へと飛びのく。
「よし、いけっ! そこっ!」
そしてアイはというと、手に汗を握りながら応援に徹していた。
――レベルが上がるにしたがって顕著になったことだが、子都は『速さ』の伸びしろが大きい。
少なくともレベル4の現時点で、レベル6の楓に匹敵するほどの素早さを見せている。
その反面、力の伸びが悪いために、アイや楓のような一撃必殺は厳しい。
故にヒット・アンド・アウェイの戦い方を進めてみたのだが、がっちりハマッたようだ。
「っだらあっ!」
――グルル……ル……ル。
度重なる生傷と出血で動きが鈍ったコボルトの喉笛を、子都のコンバットナイフが掻き切り、勝敗は決した。
「よっしゃあ! アイさん、オレの戦いぶりはどうだった!?」
「お見事でした、子都」
『他人の戦いを見守るっていうのは、自分で戦うより緊張する』と思ったものの、わざわざ口に出して彼女の初勝利にケチをつける必要もない。
「へへっ」
子都がスッと手を上げ、アイもそれにならう。
――パァン。
そしてハイタッチ。
ちなみに他のメンバーは、空気を読んで拍手を送ったり、1対1でコボルトを倒した彼女に『すげー』という視線を送るが、そこが限界。
さすがに『自分もコボルトを倒したい』と言いだす剛の者はなかなか現れないようだ。
「っと、そうだ。オレのことは名字じゃなく名前で呼んでくれよ。親しい奴は皆そうしてるからよ」
たしか葉月というのが彼女の名前だったか、なら今後はそう呼ばせてもらおう。
……それにしても。
「ん、どうした? オレの顔に返り血でもついてんのか?」
こちらの視線をいぶかしんだ子都……いや、葉月は自分の顔をぺたぺたと触る。
無造作に束ねているといえ、長い黒髪はきめが細かい。さらに切れ長の瞳にすらりとした鼻梁。
塔子が西洋人形なら、彼女は日本人形と表現するのが相応しい整った容姿だ。
胸が楓クラスという事実も、和服の着用を前提としてみればさほどマイナスに働かないかもしれない。
……しかし、彼女の言葉遣いや雰囲気が、大和撫子然としたそれを台無しにしている。
ともすればその肉体は義体で、中身はアイと同じ男ではないかと錯覚するくらいだ。
「考えてることが何となく想像ついたけどよ、これでも生まれつきの女だぜ」
「ああ、悪い……じゃなくすいません」
しかし葉月は気を悪くする様子はなく、逆にガシッと肩を組んでくる。
「まあいいさ。それよりホントにありがとな。これでアイツ等に少しは顔向けできるかもしれねえ」
「アイツ等?」
「オレと一緒に有賀に手ゴメにされちまった連中だよ」
葉月は寂しそうに笑う。
「オレがもっと強けりゃアイツ等はあんな目に逢わなくてすんだかもしれねえ、なんて考えたら、いてもたっても居られなかったんだ」
「それはお前のせいじゃないだろ!」
葉月と話していると、どうにも地が出てしまう。
気の置けない男友達と会話してるような感じだ……いや、マトモな男友達なんていた試しはなかったが、それはさておき。
「けどよ、オレが有賀の奴に屈しちまったのは事実なんだよ。暴走したアイツに真っ先にヤられたのはオレなんだけどよ……」
葉月はそこで顔を歪めた。
「自分はどうなってもいいから奴をブッ殺す、って気合がハナッからありゃ、ヤられてる間にあいつの玉を潰すとかできたかもしれねえんだよ」
――アイさんみたいにさ、と葉月は続ける。
「けど、コボルトのエサにされるのが怖くてそれができなかった。ただ、有賀の性的な責め苦に耐えるので必死だったんだよ」
「そう自分を卑下するなよ。耐えれただけでも十分凄いことじゃないか」
少なくとも、他の女の子たちが心を病んでしまうほど酷いことをされたんだ。
こうして正気を保っているどころか、彼女たちのために強くなろうとしている時点で"強い"と言えるのではないか。
「頑張った、お前はホントに……頑張ったんだよ。スゲェよ」
「う……アイさん……オレ……頑張った……頑張ったんだぜ……誰かに褒めて欲しくて……ぐすっ……だれかに認めて欲しくて……うっ……うああああああああああん」
葉月なりの"戦い"を肯定したことで、これまで彼女を支えていた『張り詰めた何か』がぶつりと切れる。
罪悪感に苛まれて精神を病むことすら許されず、一人孤独に耐えて戦っていた少女は感極まり、アイの胸に顔を埋めて泣きだしてしまった。
こうやって他人を慰めるのは初めてじゃないが、胸を貸すときだけは女の子になって良かったと、アイは心の底から思った。




