第5話「授業と親友」①
2026年4月10日 金曜日 晴れ
少し早めに目が覚めた。これといった理由は思いつかなかったけど、新学期になって環境が変わったせいか眠りが浅い気がする。今のクラスになってまだ数日しか経っていないし、慣れていないだけかもしれない。
いつも通りの時間に家を出て、電車に乗っていつも通りの駅で降りて学校への道を歩く。信号で止まると、同じ道をゆく生徒が多くみられた。立ち止まっているこの時間も、1年生の頃は上級生たちへの緊張や、同級生に話しかけられるんじゃないかといった不安があり、少し怖い時間だった。でも実際は誰かに話しかけられるなんてこともないし、今はなんの不安もなく、ただ黙々と目的地へ向かって歩くだけの道になっている。友達との登下校もそれはそれで楽しいだろうけど、毎日話す話題を探すのは大変そうだし、登下校くらいは1人で過ごしたいという気持ちが勝ってしまう。
教室に着いてからは、昨日と同じように静かでゆっくりとした時間が流れていた。挨拶を交わす声や、誰かの席を立つ音が混ざる中、自分の席に座って1日の準備を始める。この時間の落ち着いた雰囲気は、やはり嫌いじゃなかった。でもどういうわけか朝は時間が経つのが早く、ショートホームルームも終わり、気が付けば1時間目の時間になっていた。
1時間目は現代文。私の得意な科目で、1年生の時からテストでも良い点数が取れていた。昔から本が好きなこともあってか、文章を読むということが苦ではなかったので、どちらかといえば楽しいと感じる授業でもある。ただ、やっぱり前の席が気になってしまう。授業中、姫野さんは机に小さな鏡を置いていて、時折それ越しに姫野さんの顔が見える。こちらも目が合うと気まずいので気をつけながらチラチラと鏡を見ていると、ぼーっとしているような、にやにやしているような何とも言えない顔をしていた。私もその顔を見て、つい面白いと思ってしまった。さすがに声には出てなかったと思うけど、笑いをこらえて変な顔になっていただろうから、周りの人に見られてないことを願った。
2時間目は数学Ⅱだった。初回ということもあり、授業の進め方や板書の仕方、課題などについての説明がほとんどだった。後半の数十分で少しだけ授業内容に触れていたが、去年と比べると少し難易度が上がっているように感じた。そんな授業の中でも、姫野さんが鏡をいじっている時間は多かった。髪型とかメイクとか、いろいろと気にしないといけないことが多いんだろう。ただあまりにも頻繁に触るものだから、私も気になってつい見てしまいそうになるのを何度も我慢した。ただでさえ親しくない人と目が合うとおろおろしてしまうのに、鏡越しなんて余計に気まずいから気をつけようと思った。
3時間目は英語。科目としては苦手ではなかったけど、英語というと何かにつけて周りの人とかALTの人と会話させようとしてくるので、そういう意味では苦手かもしれないと思った。今日はそこまで踏み込んだ内容ではなかったので良かったが、いつかはそういうときも来るんだろうなと、勝手に気分が落ち込んでいた。
午前最後の授業は世界史。今日はどの授業も初回なので説明や話を一方的に聞くだけの時間が長くて集中力が落ちていたのか、周りのことがやたらと気になっていた。メモを取る手を止めたとき、またしても前の席の鏡に意識が向いた。もちろん姫野さんは自分を見るために鏡を使っているのだが、なぜかこちらを見ているのではないか?という気持ちになり、少しだけ不思議な感覚になった。ただ、見られていたとしてもそれはそれでいいか。と思えたのは自分でもよくわからなかった。
昼休みになると、今日は足早に席を立った。目の前の席に人が集まって食事をする環境は、私にとっては少し騒がしくて、それと同時になんとも言えない疎外感を感じてしまう。なので今日からは別のクラスにいる友達のところで食事をとることにした。
廊下に出ると昼休み特有のざわつきが広がっており、いろいろな人の声が混ざっていた。新しいクラスになってから日が浅いせいか、別のクラスで食事をする人が意外と多いようで、私のようにお弁当を持って移動する人がたくさんいた。ここで、今日のお昼のことを天に連絡していなかったことを思い出した。スマホを取り出して「早川 天」の名前を探してメッセージを送る。
「今日のお昼ご飯一緒に食べませんか?」
文章を送るとき、ついつい堅苦しい言葉使いになってしまう。天には昔からこの癖を笑われるが、私としては特に困ることはなく、むしろ社会人になったときのことを考えると、これのほうがいいだろうと自分に都合の良い理由をつけてこの癖を治すことから逃げているのだ。とはいえ、友達に対してこれはさすがに硬すぎるか…?と自分の送ったメッセージを眺めていると返信が返ってきた。
「いいよーどこで食べる?」
続けて私もいつものように硬いメッセージを返す。
「そっちの教室に行くので、待っててください。」
「OK」
3組の教室のドアを開けると、天が自分の席から手を振っているのが見えた。別のクラスに入るのが気がかりだったが、天の姿を見たらそんな不安もどこかへ消えていた。できるだけ目立たないようにそそくさと天の席へ向かった。その途中で、天がクラスメイトに声をかけた。
「ゆずちゃーん!友達とご飯食べるのに席借りるねー!」
どうも私が座る席は天のクラスメイトの"ゆず"という子の席らしい。ゆずという子が何席か離れた場所から「いいよー」という返事とともに、こちらに向かって手を振ってきたので、私も軽く会釈をして返す。私と違って、天にはもう仲のいい友達が何人もいるようだった。
「せっかくなら、その子も一緒に食べようよ」
先ほどのゆずという子がこちらを見ながら話しかけてきた。私としては、天がいるとはいえ知らない人とご飯を食べるのは気乗りしなかったが、天の交友関係を壊すことだけはしたくなかった。心の中で一緒に食べる覚悟を決めていたとき
「親友を取られたくないから、今日は2人だけで食べるー!」
天が大きな声で返事をした。私に気を遣ってか、冗談混じりに一緒に食事をするのを断ってくれたみたい。覚悟は決めていたが、いざ断ってくれると非常にありがたかった。席に座りながら
「ありがとう」
と、天に小声で感謝を伝えた。
「案外本音だから、気にしないでよ"親友"」
親友という言葉を強調されたのが恥ずかしくて微妙な顔をしてしまったけど、親友という言葉は想像していたよりもずっと重く、少しこそばゆい気がしたけど嫌な感じは全くしなかった。実際、天とは小さい頃からの友達だし、本とかによく出てくる腐れ縁というやつだと思う。これはある意味、親友と呼んでもいいと思った。昔から趣味もやることも、好きなものも全く違ったけれど、なぜ馬が合って仲良くなった。2年生になってからはまだ会えてなかったけれど、お昼ご飯を食べながら新学期のことや、春休みのことなどで自然と会話が弾んだ。
いろいろと話していく中で、天はもう新しいクラスに友達がたくさんいるし、陸上部にも後輩が入ってきて、そちらとも仲がいいみたい。さすがのコミュニケーション能力だし、こういうところも私とは真逆だなと思った。彼女の口から知らない名前が出てくるたび、どこか寂しさを感じながらも、なぜか誇らしくもあった。不思議な感覚で、文字にするのはちょっと難しい。
まだまだ話し足りなかったが、昼休みも終わりが近かったので自分の教室に戻ることにした。戻る前に天から
「次からも私のクラスでご飯食べる?それかそっちのクラスに行こうか?」
と次のお昼ご飯についての提案があった―――




