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家を追い出されます

 秋風が少し肌寒い午後。

 ロザリア・ミラ・アークライドは執務室で仕事の書類に向き合っていた。

 家業であるライド商会の仕事を着々とこなしていくロザリア。傍ではメイドのアンナが紅茶を淹れてくれている。


「奥様、少しご休憩をなさって下さい」

「ありがとう、アンナ。うん、いい香り」


 仕事をしている手を止め、アンナの淹れてくれた香り豊かな紅茶に心が癒される。

 上品な作法でカップに口を付けようとした、次の瞬間、


 バン!!!


「おい!!ロザリア!!」


 いきなり執務室の扉が乱暴に開けられた。

 だが、ロザリアは扉を開けた人物に見当がついていた為、カップに付けるはずだった口から溜め息が溢れる。

 隣にいるアンナからピリッとした空気を感じる。


「扉を乱暴に開けないでください。旦那様」

「ふん、相変わらず、胡散臭い顔しやがって」


 困ったように笑うロザリアを無視して、ドカドカと執務室に入ってくるのは私の旦那様、ファーガス・シーザー・アークライド。

 旦那様の後ろから、旦那様のお母様、つまりお義母様と見知らぬ豊満ボディの女性が執務室に入って来た。

 横と上からピリピリした空気が流れてくる。

 だけど、ロザリアは笑顔を絶やさず、執務机から席を立つ。


「旦那様、お義母様、今日はどういったご用件で?」

「ふん、ご主人様とその御生母様がわざわざ来たのにお茶の一つも出さないのかい?全く不出来な嫁ねぇ」

「まったくだな、気の一つも利かせられないのか、お前は?」


 ロザリアを馬鹿にする様に嘲笑うファーガスとその義母。その後ろでは、ロザリアを品定めするかの様にジロジロと見て何を思ったのか勝ち誇ったかの様に微笑む女性。


「申し訳ありません。アンナ、紅茶を三人分用意して来て」

「ッ、奥様」

「お願いね?」


 紅茶の用意を頼んだアンナは何か言いたげだったが、私が優しく微笑むと、アンナは少し不安そうに視線を落とし、


「畏まりました」


 軽く頭を下げて、執務室を退室した。その時、扉を閉める瞬間、アンナが旦那様を睨んだのを私は見ていた。


「ところで、隣の女性はどなたでしょうか?旦那様」

「ああ、彼女はサンドラ。僕の最愛の女性だ」


 またですか。


 ロザリアは心の中でそう呟いた。

 だけど、こんなに堂々家に連れて来たのは初めてですけど。


「・・・・旦那様、一応私達は戸籍上夫婦のはずですが、その方は旦那様の愛人さんと認識してよろしいで、」

「愛人なんて野暮な呼び方しないで頂ける?」


 ロザリアの言葉をいきなり愛人さんが遮ってきた。


「私とファーガス様は真の愛で結ばれた運命の相手なのよ。お飾りの妻である貴女では足元にも及ばないくらいに」

「・・・・・お飾り、ですか?」

「お飾りでしょ?私の大事なファーガスと結婚しておきながら、5年経っても未だに子を為せない、妻としての役目を果たせない。仕事をするしか能のない貴女が、お飾り以外の何であると言うの?」


 蔑む様に笑う愛人、サンドラさんにお義母様が加わってきた。


 お義母様は、結婚当初から私の事が気に入らないのか、結婚してしばらくして夫婦で暮らしていたこの屋敷にいきなり押しかけて来て、旦那様は嬉々としてお義母様を迎え入れ、ロザリアの意見を聞かず、ずっと同居している。

 それ以降、何かある毎に、子供はまだか?妻としての役目を果たせない。不出来な嫁。などと言われ続けて来た。

 そして、旦那様は、そんなふうに言われている私を助けようともしてくれなかった。


「まぁ、5年も御子様がお生まれにならないのですか?お義母様」

「ええ、愛想笑いばかりで人に取り入るのが上手くて、仕事ばかりで、夫の相手を疎かにし、本当に駄目な嫁よねぇ。サンドラさん」

「まぁ!!ファーガス様がお可哀想に!!」


 本人の目の前にしてよくここまで悪口を言えますね。

 まあ、自身の悪口よりも真上の殺気に気を取られ、あまり気にはならなかったのだが、


「・・・・・・・・・・・」


 流石に、気分が悪い。


「でも、大丈夫ですよ、お義母様。お義母様の悩みはすぐに解決します」

「え?どう言う事?サンドラさん」

「私のお腹の中にはファーガス様との愛の結晶が宿っていますので」


 突然のサンドラさんの爆弾発言にロザリアは思わず固まった。


「え・・・・」

「まぁ!!」


 固まるロザリアと対照的に大喜びするお義母様。

 ファーガスはサンドラさんの腰を抱き、呆然とする私の方へ向き直る。


「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」

「・・・・・・・・・・」


 なぜか勝ち誇ったような顔をする旦那様とサンドラさん。そして、意地悪そうに笑うお義母様。


「旦那様、それは、離縁という事でよろしいのでしょうか?」


 私は、溜息を吐きつつ困ったように小首を傾げる。


「いや、離縁はしない」

「はい?」

「お前は、引き続きライド商会の仕事をしていろ。この屋敷には住めないが、街にあるライド商会の宿があるから、そこで仕事しろ」

「・・・・・・・・・・・・・。随分と勝手な言い分ですね」

「ふん、お前みたいな胡散臭い愛想笑いしか出来ないトロイの女、私の嫁と言う立場に置いてやるだけでも有り難いと神に感謝する事だな」


 はたしてこの人は自分がどれ程高い地位に居ると思っているのでしょう・・・・。

 つまり、私に仕事だけ押し付けて自分達はこの広い屋敷で私の稼いだお金で悠々自適に過ごすと言う事らしい。

 真上からの殺気に加えて扉の向こうからも殺気が伝わってくる。

 そんな殺気を感じつつ、ロザリアは少し息を吸って吐いた。

 そして、私は、いつもと同じ優しい笑顔で、


「・・・・・・旦那様、本当によろしいのですか?」


 そう、旦那様に問い掛けた。


「は?何を言っているんだ、お前は」


 あ、この顔は本当に分かっていないようですね。


「・・・・・いえ、本当に、この屋敷でお暮らしになるおつもりなのでしょうか?」

「当たり前だろ。ここは私の屋敷だ」

「・・・・・・いいえ、この屋敷は結婚前に私がお祖父様から頂いた屋敷です」

「うるさい!!嫁の私物は私の物だ!!」

「そうよ!!嫁なら喜んで夫に全てを捧げるものでしょうが!」

「本当にその通りです。お義母様」


 清々しいほどの自分勝手な理由ですね。


「でも、この屋敷にすぐ住むというのは少し難しいと思います」

「はぁ!?ロザリア、わがままを言うのもいい加減にしろ!!」

「いいえ、違います。この屋敷は明後日工事をする予定なのです」

「は?工事???」


 私の言葉に怪訝な顔をする三人。


「はい。この屋敷もだいぶ老朽化が進んでいますし、お義母様からも古臭い古城だと言われていたので思い切って工事をすることにしたのです。明日には業者が屋敷に入る予定です」

「貴女、また勝手な事を!!」

「申し訳ありません。最近旦那様もお義母様も屋敷に帰ってくる事がなかったもので、伝えられなかったのです」

「また、貴女はそんな言い訳を言って!!」


 困ったように笑うロザリアに義母は目を吊り上げる。

 だが、


「いや、待ってくれ、母上。確かにこの屋敷は古い。どうせなら綺麗に建て直したほうが外観もいいし、これから子供を育てるサンドラにも都合がいい」


 ファーガスが、サンドラの腰を抱いたままそう言うと、義母は少し不満そうにするが、すぐに納得した様に


「まぁ、確かに……。そうだわ、ファーガス、工事が終わるまでサンドラさんと二人で旅行にでも行ってらっしゃいな」

「まぁ!!それは、素敵ですわ!!お義母様」

「ええ、若い者同士楽しんでいらっしゃい。私はのんびり買い物でも楽しんでいるから」


 なんか、私そっちのけで勝手に盛り上がっているようだが、そのお金もこの家から持っていくんでしょうね。


「おい、ロザリア。工事の期間はどれくらいだ」

「そうですね、7日くらいでしょう」

「ふん、そうか。おい、今日からサンドラと旅行に行ってくる。10日で戻って来るから工事はちゃんと終わらせておけ」

「・・・・・・・はい。確かに業者に伝えておきます。それと、旦那様」

「なんだ」

「私が、屋敷から出る際、使用人を数人返してもらいますのでご了承下さい」

「は?使用人?」


 その時、漏れていた真上と扉の向こうの殺気が一瞬揺らいだ。


「はい。メイドのアンナ。使用人のルイス。庭師のテオ。執事のヨハネス。料理人見習いのキノ。この五人は私が連れて行きます」

「ふん、あの常日頃お前に媚を売るあの使えない使用人共か、好きにしろ」


 興味もないと言いたげな旦那様の言葉に私は満足して微笑み、


「ありがとうございます。では、私は出て行く準備があるので、失礼します」


 そう言って、ロザリアは執務机にある資料を集め、執務室を出て行った。

 背後で、3人が私を嘲笑う声が聞こえた。


 執務室の扉を開けるとそこにはアンナと執事のヨハネスが心配そうな顔をしていた。

 使用人のルイスが怖い顔で執務室を睨み付け、ヨハネスに抑えられていた。


「奥様、いえ、ロザリアお嬢様」

「大丈夫よ、アンナ。さぁ、私に部屋で荷物をまとめるのを手伝って」

「・・・・・・畏まりました」


 私は、アンナ、ルイス、ヨハネスを連れて自室へ向かう。

 自室に3人を招き入れると、険しい顔のアンナが私に駆け寄って来た。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ、多少イライラはしたけど、まさか、こんなに早くあの人が行動に出るなんて、ちょっと予定が狂ってしまったわね」

「お嬢、なぜアイツらを野放しにするのですか。やろうと思えばいつでもやれる奴等なんですよ!?」


 怒り心頭といった風に怒るルイス。


「そんなに、怒らないでルイス。あの人の頭の足らなさは今に始まった事ではないわ」

「そうですよ、ルイス。毎回キレそうになるお前を抑え込む我々の身にもなって欲しいものです」


 ヨハネスがかけている眼鏡のレンズをハンカチで拭き、今にも暴れそうなルイスを睨みながら少し疲れた風に言う。


「3人共ごめんなさい。世間的に見たらただの夫婦のゴタゴタにみんなを巻き込んで。・・・・・・・・ランも護衛をありがとう」


 私が天井に向かってそう言うと天井の一部が外れ、何かが落ちてきた。


「・・・・・・・・・」

「ラン」


 落ちて、いや天井から下りてきたのは黒尽くめの服とターバンをまとった小柄な少年だった。


「お嬢様、なんで、止めた」

「あの場で誰かが怪我をしたら、あの人達の事だもの、きっと慰謝料と称してお金を要求してくるわ」

「・・・・・・」

「ランが天井裏で私の事を見守ってくれてとっても心強かったわ。ありがとう、ラン」


 私がそう言うと、ランはターバンを少しずらして顔を隠してしまった。だけど、隙間から赤くなっている頬が見えちゃってます。


「さぁ、あの人は愛人さんと旅行。お義母さんは多分街の高級宿で豪遊と言ったところでしょね。ヨハネス、仕事をしているテオとキノを呼んできて」

「畏まりました」


 ヨハネスは執事らしく恭しく私に頭を下げる。


「さあ、今日からちょっとだけ忙しくなるわね」


 目を細め、楽しそうに微笑んだ。

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