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表現に於ける『賞味期限/消費期限』のようなもの

 『日本語、主語』で検索した際に、かなりの確率で検索結果に挙がってきたのが『雪国(著:川端康成)』でした。特に、『雪国』の冒頭の文章について、多くの方々が論文の題材にされていました。私は、冒頭の文章が有名なのは知っていましたが、読まず嫌いで今まで読んだことがありませんでした。よい機会だと思い、岩波文庫版を購入して読みました。感想は……、とにかく、読み進める中で嫌悪感ばかりが湧き上がって、途中で投げだそうと何度思ったかというほどに読むのに辛い作品でした……。


 『雪国』を読んでの感想は別の機会に譲るとして、『雪国』の冒頭の文章ですが、主語(動作の主体)がありません。状況(状態)の変化を描いているようですが、誰から見た状況なのかが曖昧です。おそらく、客車の中にいる登場人物が窓ガラスを通して客車の外を眺めていた状況なのでしょう。続いて、二番目の文章も何を言っているのか、この文章だけではよくわかりません。三番目の文章では、『汽車』という言葉が出てくるので、列車に関係することはわかります。しかし、『汽車』ですと、『蒸気機関車に引かれた客車列車』なのか『気動車ディーゼル列車』なのかはわかりません(時代的に、『気動車ディーゼル列車』ではなく、『蒸気機関車に引かれた客車列車』であるのは明白ですが、横に置いておきます)。冒頭の文章だけでは何が何だか、全てが曖昧です。冒頭部分について、無理、無茶、無謀を承知で、情景を想像しながら書き直してみたところ、文字数にして約四倍になってしまいました(ここに載せるには相応しくないと思われるので載せません)。


 言葉を切り詰められるだけ切り詰めて表現するか、千変万化の比喩を駆使して表現するか、これらは、アマチュアの身では気にするまでもないのかもしれません(私の目標は、『まずは、書く(書き終える)』ということですので)。いずれにしましても、作品は同じ時代の生きる人間を念頭に置いて書かれるものです。時が経てば、使われた表現の意味は失われていく可能性があります。同じ言葉でも意味が変化し、文字通り読んでは誤読してしまうということも発生するでしょう。果たして、明治時代に書かれた文学作品を今読んだとして、本当の意味を理解できているのかと考えると、怪しいものがあります。理解できないこともあると承知して読む必要があるのでしょう。


 例えば、クラシック音楽では、過去の作品に関する資料と言えば、楽譜と作曲家やその周辺の人間たちが残した記録などになります。再現芸術である音楽の分野で、過去の作曲家の作品を演奏しようとすると、楽譜を基に演奏することになります。しかし、その楽譜は、その作曲家が生きた時代の慣習に基づいて記されています。その時代の演奏習慣は、演奏者にはわかりきっていることとして、楽譜には(ほとんど)記されていません。強弱記号さえ記されていないことも普通にあります。だからといって、当時の演奏家が強弱をつけずに演奏したかというと、そんなことはないでしょう(楽器の性能による強弱の上限下限はあるとしても)。現代の演奏家が当時の楽譜を使用して演奏しようとすると、途端に困難に直面します。果たして、『楽譜通りに演奏してよいものか』と、演奏以前の段階で躓きます。そのため、演奏習慣に言及した文献(自筆譜や当時の教則本など)を参照して、当時の演奏習慣を想像しながら演奏することになります。その演奏が、本当に当時の演奏と同じなのか、誰にもわかりません。


 小説に限らず、文字で残された作品が書かれた当時の姿のまま後世に伝わったとしても、書かれた当時の意味のまま後世に伝わるのかは何とも言えません。『文字通り読んでよいものなのか』をある程度意識して読まなければ、思わぬ落とし穴に落ちるかもしれません。それは同時代の作品を読む場合でも当て嵌まることなのではありますが。


参考文献:


[1]

『雪国』

著:川端 康成

岩波文庫


[2]

『西洋音楽の歴史』

著:笠原 潔

放送大学教育振興会

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