1 ザ・ハウンド
「見たことのない得物だな」
バルガスはアニーシャルカの脚を見る。両腿に二振りの刃物がぶら下がっている。「ああ、コイツか」そう言うと彼女は鞘から得物を引き抜く。刃渡り50センチほどの、片刃の剣。刃は綺麗な曲線をかき、中央から突然せり出す。その形状はさながら斧、切断することに特化した残忍な斧刀だ。
「新技の起点に曲剣を使うんだがよ、その間剣がねえんじゃ心細いからな」アニーシャルカは両手で斧刀を器用に操る。剣は彼女の手の中で、まるで生きてるかのように動く。「血魔喰らいをぶち殺した時に即興で二刀流を試してみたんだが、これが案外しっくり来てな、金も入ったしコイツを買ったってわけだ」
「よさそうだね」ロイクは感心したように剣を眺める。「かなりの業物だ」
「ラザロ鉱脈で取れる蒼鉄鉱から製綱した鋼を使ってる。さらにそいつをオルマのドワーフどもが鍛えた。文字通り最高級の剣だ」そう言うとアニーシャルカは目の前の獣頭を瞬く間に解体した。踊るような剣撃だった。バラバラの肉塊が血を噴く。彼女は刃面の脂血を指で拭う。「切れ味は最高、そして表面にはシュラメールの刻師が彫った魔力濃度強化、魔法発動補助、雷撃増幅の魔方陣。コイツ一本で金貨950枚だ」
「二本で1900か。大きな買い物だね」
「わたし等にとって剣は命と同等だ。金なんか幾らかけたってたりねえよ」
「確かにそうだ」
「新技か」バルガスは足で雪大戌の死体を蹴り払う。「まさか一月で極大魔法を修得するとはな。カルネも驚いていたぞ」
「もともと極大魔法が欲しくてある程度は練習してたんだよ。ただ魔力の練り上げに時間が掛かりすぎて実戦で使い物になんなくてな。禁足地から生還して時間も出来たし、カルネちゃんに手伝ってもらったわけ。やっぱり天才魔術師に指導してもらうと違うぜ。発動時間は大幅に短縮できたし、何より魔法術式の見直しで威力が数倍に膨れ上がった。わたしも学術院にでも通ってりゃあ、さらに強力な魔法剣士になってたかもな」
「今のままで十分化け物だ」
「本当だよ。今の君と闘ったら、私が負けるかもしれない」
「おいおい、剣の腕ならオメーの方が上だろうがよ、ロイク」
アニーシャルカはロイクの顔から視線を背後に逸らす。瞬間、ロイクの腰から曲刀の一閃。獣躰の頭部が雪の上を転がる。
「今のが最後か」
バルガスは周囲を見回す。獣の死骸が雪を埋めている。そのほとんどが獣頭と獣躰のもので、数匹雪大戌の巨体が混じる。獣人族には大きく分けて二種類存在する。獣頭は魔獣の性質が上半身に、特に頭部に現れ、その容貌は人狼に近い。獣躰はどちらかといえば人間に近く、獣の遺伝子は主に尻尾や耳といった、小さな変化として現れる。奴隷として重宝されるのはこの獣躰がほとんどだ。多種族国家オルマに住まう獣人族は温厚であり、またジュルグの中でも亜人の坩堝に属する者は規律をわきまえているが、野生に生きる彼等は極めて凶暴、人間は餌でしかない。
「結局無駄足だったな。もう丸二日魔獣狩りに関する情報無しかよ」
アニーシャルカは斧刀を鞘に戻し、唾を吐く。
彼女たちは獣人族の群れ、通称【獣群】に接触するため、ベルミヤルの雪山に入った。移動しながら様々な場所で狩りをする獣人族の群れならば、魔獣狩りについて何か知っているかもしれないと思ったのだ。狩人であるバルガスの先導のもと雪山を探すこと数時間、ついに彼等は獣群を見つけ出した。だが声をかける前に獣人族は彼等に気づき、襲いかかってきた。結果、獣群は壊滅した。
「他にあてはあんのかよ」
アニーシャルカの問いに
「お手上げだな」
バルガスは肩をすくめる。
この二日間、三人は魔獣狩りを求め、帝国辺境を捜しまわった。渓谷や丘陵を訪れ、帝国闇市場から情報を買い、しかしそのすべてが徒労に終わった。
バルガスは空を見上げる。抜けるような青空。身を切るような寒風に、枝葉が揺れ、枯れ葉が蝶のように舞う。澄んだ空気の向こうに薄い満月が見える。ユリシールでは見ることのできない、情緒的な光景。だが足元には血と死体。王都を離れ他国の、それもこんな辺境にまで来たというのに、やっていることはいつもと変わらない。そのどうしようもなさにバルガスは嗤った。「王国も帝国も」バルガスはアニーシャルカとロイクを見ながら「たいした違いはないな。結局俺たちは殺して金を稼ぐだけだ」
「それこそがわたし等なわけだ」
「頼もしい限りだ」
「私はそこまで割りきってないけどね」
山を降りるため、三人は歩き出す。
「もう一度、亜人の坩堝に顔を出すか。アウグストならまだ何か握ってるかもしれない。情報を小出しにして金を稼ぐのは常套手段だ」
「めんどくせーし吐かせるか。たいていの野郎は玉を一個抉られると、テメーのほくろの数まで喋り始める」
「なんて女だ。想像しただけで縮み上がる」顔をしかめたバルガスに「まったくだ」とロイクが同意する。
「デミ・シェイカーはジュルグの中でも大型の闇ギルドだ。当然帝国騎士団とのパイプもある。問題を起こすと面倒だ。平和的に、友愛を欠くことなく、冷静にいくぞ」
「できたらな」
アニーシャルカは肩をすくめた。
「この調子じゃ、サツキくん達も収穫はないだろうね」
「そもそもアイツ等が情報収集できるのか疑問だぜ。聞き出す前に殺しちまうだろ」
「どの口がいうんだアニーシャルカ。お前こそすぐに殺すだろ」
「人聞き悪いこというんじゃねーよバルガス。わたしもこれで我慢ってもんを覚えたんだ。成長してるんだぜ?」
「まさしく、それこそが人に与えられた美徳だ」バルガスは皮肉げな口調で呟いたあと「まあ、お前は人というより獣だがな」
亜人の坩堝が見えた頃には、すでに陽が傾いていた。冷たい風は、身を切るような寒風に変わりつつある。巨大な洞窟の中に亜人ギルドが存在する。入り口の護衛は三人の姿を確認すると、すばやく近づいてくる。
「今ここに来るのはマズイです」唸るように護衛は漏らした。獣頭だ。鼻をひくつかせる。三人の身体に染み付いた同族の血の臭いを嗅ぎ取ったのだろうが、そんなことはおくびにも出さない。訓練された獣だ。
「何かあったのか?」
バルガスの問いに
「猟犬が中にいます」
「おいおい、まさかわたし等を売る気か?」
アニーシャルカの眼が据わる。曲剣に手をかける。
「冗談はよしてください」獣頭はつとめて冷静に彼女の顔を見る。「闇ギルドは横の繋がりが生命線です。国は違えど闇市場関係者が同胞を売ることはありえない。ましてジェラルドさんの知り合いである雷刃ともなればなおさらです。貴方たちもわかっているでしょう」
「ま、そりゃそーか」
「ジェラルドとアウグストは仕事仲間だ。デカい取引を何度も交わしている。俺たちが売られることはあり得ないさ」
「しかしなぜ騎士団が?」ロイクは疑問を口にする。「殲滅騎士団は辺境には配属されていないと聞いたけど」
「現在この一帯は混沌のただ中にあります。事態の収拾に猟犬が駆り出されるのは、なかば自然な流れです。それに亜人の坩堝は殲滅騎士団と太いパイプがあります。・・・それよりこの話は後にしてください」獣頭が焦る。「まず移動してください。他の入り口があります。そちらから入れば猟犬と鉢合わせることはありません」
三人は獣頭に連れられ、歩き出す。
「やけに急ぐね」
「王国の十闘級と第八殲滅騎士団の闘いに巻き込まれたくないんです。クシャルネディアを討伐したと噂される貴方たちの闘いには、特に」
そういって獣頭は笑ったが、三人を見るその瞳の奥には怯えが潜んでいた。
「今回の報酬だ」ツァギールが指を鳴らすと、二人の騎士が一抱えもある木箱を上級鬼人の前に置く。金貨の擦れる音が響く。ツァギールはアウグストが中身を確認するのを眺め「問題ないだろう?」
「何一つ」
アウグストは頷く。
ツァギールは室内に眼を向ける。意匠をほどこされた贅沢な調度品が、あらゆる場所を飾っている。今自分が腰掛けているこの椅子も、アウグストの背後に控える護衛の鬼人が着ている衣服も、すべてが最高級の品々であり、その絢爛さがツァギールの鼻につく。
「まるで貴族のような生活だな」
鼻を鳴らし、嘲る。
「仲介をしただけでそれだけの大金を要求できる。まったくいい商売だ」
「皮肉はよしてくれ。それ相応の仕事はしたはずだ。魔獣狩りとのパイプ役だぞ?誰にでも出来る仕事ではない。それに報酬額はそちらの騎士長と取り決めたことだ。お前が口を挟むことではないと思うがな?」
「亜人が偉そうな口を。貴様は帝国の膿だ。今のうちに稼いでおけ。絞り出されないうちにな」
「ツァギール、お前が我々の事を快く思っていないのは知っている。亜人種が嫌いなのだろう?その眼、ユリシールの人間のそれと同じだ。差別主義者の臭いはすぐわかる。そんなに我々が憎いか?」アウグストは笑う。「ならば亜人の坩堝を潰せばいい。帝国最強の第八殲滅騎士団だろう?我々を皆殺しにするなど、容易いはずだ。どうだ?・・・出来ないだろう?我々の根は深い。デミ・シェイカーが消えれば困る上位層が大勢いる。帝都を中心に、貴族、上院議員、第五戦魔騎士団も私の大事な顧客だ。この辺りならベルミヤルの辺境伯がもっとも力がある客だろうな。いくら猟犬といえど、個人の好悪でギルドをひとつ潰すことは出来ない。そこまで話がわからないほど、副騎士長という役職は軽いのか?」
ツァギールのカミソリのような眼が、危険な光を帯びる。だが、それは形式的な威嚇であり、彼が手を出すことはない。アウグストのいうように、デミ・シェイカーを潰すことは禁じられている。
不気味な沈黙。
「お引き取り願おうか」
アウグストはゆるりと扉を指し示す。
ツァギールは動かない。鋭利な視線をアウグストに注ぐのみ。
「貴様、その眼はなんだ?支配人に失礼だろうが」
護衛の鬼人が獰猛な声を上げた。
だが、ツァギールは涼しい顔で睨むだけだ。
「不遜な人間が。帝国騎士であろうと、マスターへの侮蔑は赦さないぞ」
「よせ」
大股でツァギールに歩み寄る護衛に、アウグストは声をかける。だが彼は声が聞こえないように歩き続ける。この鬼人は先日アウグストに見込まれて護衛に選ばれた者だった。ゆえに張り切り、アウグストへの自分の忠誠心を見せたかったのだ。だが、猟犬の間合いに足を踏み入れるのは間違いだ。
鬼人がツァギールの肩に手をかけようとしたその時
ツァギールの左腕が残像を描いた。
血が噴き出す。鬼人の叫び声。両腕の肘から先が床に落ちる。
血を避けるように、ツァギールは立ち上がる。いつ抜いたのか、左手には湾曲剣が握られている。ギラつく刃に血を吸った痕跡は見られない。だが間違いなくこの剣が、一瞬で鬼人の腕を切断せしめたのだ。
「耳障りだ。女子供じゃあるまい、それぐらいの傷でギャアギャア泣き喚くな」ツァギールは身体を捻り、回転するように右腕を振るった。血を撒き散らしながら鬼人が吹き飛び、壁に激突し、ぐったりと崩れた。意識がない。鼻が陥没し、顔面は血にまみれ、顎が完全に砕かれている。ツァギールの右手には小盾。表面が鏡のように磨かれ、魔方陣が透けて見える。小盾とはいえ鉄の塊、殴られれば重症は免れない。
「手加減したつもりだが、死んだか?」
ツァギールは剣を鞘に戻すと、冷酷にアウグストを見る。
「まあ、この顔じゃあもう女も抱けないだろう。死んでいる方が幸せかもな」
「帰れ」
憤怒をたたえた声が、アウグストから漏れ出る。
「怒るのはお門違いだ。先に手を出したのはこの亜人の方だ。僕が行使したのは正当防衛だ。少しやり過ぎたが」
「お前のような差別主義者に語る言葉などない。さっさとこのギルドから出ていけ。できれば二度と顔を見せるな」
アウグストとてこのままツァギールを帰したくはない。目の前で部下をなぶり殺されたのだ。腸が煮えくり返る。だが、手を出せばこの男の思う壺だ。正当防衛という大義名分を与えてしまえば、ツァギールは亜人の坩堝を皆殺しにする。相手は第八殲滅騎士団 副騎士長、その実力はユリシール王国ギルド十闘級に比肩しうる。化け物の部類だ。ギルドの長として、そのような者と争うことは出来ない。
「帰れ」
決然としたアウグストの様子に鼻を鳴らし、ツァギールは人差し指を一本立てる。
「いわれなくても帰るさ。だがその前にひとつだけ僕の質問に答えろ」
有無をいわさぬ調子で、ツァギールは冷たくいい放つ。
「雷刃が帝国に侵入したのか?」
「なんの話だ」
「十闘級魔法剣士 アニーシャルカ・デュム・ルガルとおぼしき人物の目撃情報がこの近辺から上がった。あの女は王国の闇市場 最重要人物のひとりだ。もし雷刃が侵入しているなら、帝国の闇ギルドと接触を持ったと考えるのは、思考の帰結として当然じゃないか?アニーシャルカはここを訪れたか?」
「そんな話は初耳だ」
「しらを切るのか?」
「耳が聞こえないのか?知らないといっている。まあ、たとえ知っていたとしても、貴様のようなクズには答えんがな。さあ、帰ってもらおう」
数秒にらみ合いが続き
「亜人が」ツァギールは吐き捨てると、両腕の無い鬼人の前に行く。潰された顔面から折れた歯が落ち、血溜まりの中に沈んでいく。ツァギールは足元に金貨を数枚投げる。「見舞金だ。いや、葬式代と言った方がいいのか?」残忍な顔をアウグストに向け、口元だけで笑う。「それじゃあ、失礼する。寒いとはいえ血は臭う。ここは客人を迎える部屋なんだろう?死体はすぐに片付けることだ」
部下を引き連れ、ツァギールは退室した。
入れ替わりに、数人の鬼人や獣躰が現れる。
「丁重に葬ってやれ」
アウグストの言葉に頷くと、彼等は死体の処理を始める。
「酷い有り様だな」
背後からの声に、アウグストは振り返る。三人の男女が立っていた。
「貴様等か。まだ生きているということは、ガルドラクには会えずじまいか」
「そういうこと」
アニーシャルカは軽やかに歩き、血に濡れた床を踏む。
この部屋には複数の扉が存在する。三人はツァギールたち殲滅騎士団がいる場所とは真逆の通路からこの部屋に入った。
「さっきの野郎は誰だ?」アニーシャルカはゆっくりと左腕を振り上げ、次にすばやく降り下ろす。それが先ほどツァギールの放った剣筋の再現だと、ロイクだけが気づいている。アニーシャルカが今見せた軌道を限りなく速く行うと、ツァギールの剣術となる。「スゲー剣捌きだ。あの野郎が本気を出せば、一瞬で鬼人を解らしてるだろうよ。ロイク、オメー並みの使い手だぜ」
「確かに凄まじい腕前だね。彼は一体何者だい?」
「第八殲滅騎士団 副騎士長の片割れ、ツァギール・イリュムヴァーノフだ」アウグストは苦々しげに呟く。「十三才で殲滅騎士団入団という快挙を成し遂げた、筋金入りの猟犬だ。私はヘドが出るほど奴が嫌いだが、あれは帝都に侵入した六属性魔術集団を壊滅させた男だ。実力は認めざるをえない」
「あの実力で副騎士長か。予想以上に騎士団の層は厚いらしいね」
「もうひとりの副騎士長 ゲルマン・チャコフも相当な化け物でな、巨躰の重騎士と呼ばれ、その拳は岩をも砕き、素手で巨人を殺したこともあるという。ひとたび獲物を振るえば大地が割れ、轟音が轟き、人間の四肢が宙を舞う。正直、どちらが騎士長の座についていてもおかしくない強者どもだ」
「六属性魔術集団を皆殺しかよ」アニーシャルカは口笛を吹く。「対魔術戦に長けた凄腕の騎士か。わたしと殺り合ったらどっちが勝つかね」
「それは好奇心かい?それとも血に飢えた君の願望?」ロイクの言葉に「両方さ」
「お前の悪い癖だ」バルガスが嘆息する。「もし俺たちが殲滅騎士団と交戦するような事があれば、それは考えうる限り最悪の状況を意味する。そうならないことを俺は願ってやまない」
「貴様等は馬鹿か」
アウグストは呆れたように三人を見た。
「貴様等の目的は『魔獣狩り』だろう?奴を、ガルドラクを殺そうなんて考えている時点で、すでに『最悪』なんて状況は、とうの昔に通り越している。十闘級の肩書きなど、ガルドラクの前では何の意味もなさん。飛竜を餌にするような獣は、世界広しといえど奴だけだ。挑めば全員死ぬ」
「そういわれてもな、こっちも仕事なんだ。途中で放棄するわけにはいかない。何か他に魔獣狩りに関する情報はないか?奴の行きそうな場所、餌場、何でもいい。金なら払う」
「思い当たらんな。悪いことは言わん、今すぐ国に帰れ」
「それで帰れりゃ苦労はしねえ」アニーシャルカは冷たい眼でアウグストを見る。「オメーも昔はユリシールで仕事してたんだ、ならわかるはずだぜ?十闘級ってのはいわば王国ギルド最大の看板だ。敵前逃亡なんか赦されねえ。勝って生きるか、負けて死ぬかだ。単純だろ?」瞬間、アニーシャルカは斧刀をアウグストの首筋に押し当てる。血が滲む。室内に緊張が走り、護衛たちが牙を剥く。アニーシャルカはもう一本の斧刀を護衛たちに突きつける。先端に魔力が集中し、蒼白い火花が散る。「黒焦げにされたくなきゃ一歩も動くな。わたしはコイツに質問してるだけだ」
「アニーシャルカ、やめるんだ」
「そうだ。冷静にいくと決めただろ」
「わたしは冷静さ。ガキの頃からこれがわたしのやり方だって知ってるだろバルガス。いや、正直な話これでも抑えてるんだぜ。成長してるんだ。昔なら指の一二本切り取ってる」
「噂以上に血の気が多いらしいな雷刃。ジェラルドが信頼を置いている気持ちがわかる。しかし貴様等を匿ってやっている私にこの仕打ちは、いささか礼儀に欠けるな」アウグストは一切の恐怖も見せず、淡々とアニーシャルカの瞳を覗き込む。「その眼、ツァギールにそっくりだよ。狩りに飢えた猟犬の眼。よほど血が見たいらしい」
「オメーが素直に答えれば血は流れずにすむんだけどな」
「話は通じないようだ」
「あいにくな」
しばしの沈黙。
アニーシャルカとアウグストの視線が交差する。
「悪いがガルドラクの居場所は本当に知らん」
アウグストが口を開く。
「ガルドラクに縄張りはない。奴は好きな時に喰い、好きな時に眠り、そして好きな時に殺す。序列第二層の超越魔物の思考回路など理解できない。だからガルドラクが何処にいるかわかる奴などこの世に存在しない。ただ、そうだな」アウグストはアニーシャルカではなくバルガスに向け親指で人差し指を擦ってみせる。鬼人が金を要求すると時によく使う仕草だ。バルガスはそれに頷いて答える。
「まあ、金を払うならいいだろう。ガルドラクの居場所は知らないが、奴が何に惹かれるかはわかる」アウグストは首筋の刃を、自ら強く押し当てる。血が一筋流れ、鎖骨の窪みで溜まりをつくる。「そう、血だよ。血の臭いが奴を誘き寄せる。そして熱気。死闘が生み出す戦場の熱気が奴を魅了する。この二つがガルドラクを引き寄せる餌だ。奴に会いたければ、戦場を見つけろ。無いなら作れ」
アウグストはアニーシャルカに嗤いかけ
「ためになったかな?」
「とてもな」
そう返すと、アニーシャルカは斧刀を鞘に戻した。




