ハッピーエンドは年下彼氏と共に歩く未来を願う~前編~
「おはようございます」
正面玄関から懐かしの母校に入り、事務局で受付をしている馴染みの事務員さんに声をかける。
「あら、央守さん。卒業式ぶりね。きいてるわよ~。一応規則だから、この書類に記入してもらっていいかしら」
「はーい」
差し出された書類に必要事項をさっさと記し、来賓用のスリッパに履き替えてから職員室へと足を運ぶ。
まだ、校内は四時限目の最中ということもあって、廊下に生徒の姿は見当たらない。
「まだ卒業して半年なのに、懐かしさが半端ないなぁ」
三年間通っていた学び舎には、結構な量の思い出が詰まっている。
この春から始まった大学生活も目新しいことばかりで楽しいけども、やっぱりまだ、こちらの校舎の方が自分の学校って認識が強い気がしてしまう。
――――半年前に行われた、卒業式が懐かしい。私は大人しく参加しているだけだったが、公の場で正々堂々と喧嘩を仕掛け合った奴らがいたし。
新生徒会長こと宇佐美優真による、意訳すると、はた迷惑な先輩方はとっとと卒業してしまえという内容を華麗にまとめ上げた送辞。
それに対抗する元生徒会長こと黒岩居作哉による、一旦この場は去るけども必ず舞い戻って仕置きをしてやるから覚悟しやがれという暴言を、綺麗なことばで言い直した答辞。
お互いが学校側に提出した原稿とは全く違う内容を当日即興で披露しあい、教師陣が頭を抱えていたのが本当に懐かしい。卒業生、在校生ともに生暖かい目で二人の戦いを見守っていた。そんな殺伐とした会場の空気を、きちんとした卒業式の空気に戻した、校長と教育委員会の方のご挨拶には内容ともども惚れ惚れした。
いやー。本当に濃いい卒業式だった。誰一人睡魔に負けずに参戦できてましたから。
話を通していた渡来先生にご挨拶をし、教師用の更衣室で懐かしの制服に袖を通す。
卒業してからもう一度、高校の時の制服を着用するのってなんだかおかしな感じだな。
タイの色は、赤色。昨年度までは三年生を示す色だったが、今年度は新一年生を示す色でもある。
今まで所持していたけど、めったに着用してなかった学校指定のカーディガンを羽織り、演劇サークルの子に借りたミルクティーカラーのミディアムヘアのウィッグを装着する。黒髪ショートボブな普段の私とは違う雰囲気になっている。もう一つおまけに、ピンクフレームの伊達メガネを付けて完成、かな。目元も多少いじっているので、央守明子とすぐにはバレないであろう。
「よし、こんなもんでしょ」
鏡で確認して、仕上がりに満足する。
「では、参りますか」
四時限終了のチャイムが鳴るのを確認し、最初の目的地へと向かう。
「さーて、どの辺に座ろうかな」
昼休みが始まったばかりなので、そこまで生徒でごった返していない食堂を見回す。
半年ぶりの食堂で何を食べるべきか、思い悩みながら食券販売機の列に加わろうとしたところ、
「ちょっと!!」
と、いきなり肩を掴まれる。
何事だろうかと、振り向くと見知った顔がいた。
「あれ、意外な人物が第一発見者になっちゃったかな」
「こんな所で何してるんですか!? お、」
名前を言いそうになる可愛い口元を軽く抑える。
「はーい、少し落ち付こうね、石居さん」
蔵人くんの非公式ファンクラブ会長の石居幸香さんと、後ろに控える愉快な仲間たちへと微笑みを向ける。
彼女たちと会うのは卒業式ぶりである。文化祭での戦いの後、微妙に仲良くなったご縁でなんと、この子達から豪華な花束を頂いたんだよね。
「あ。卒業式は綺麗な花束ありがとうねー。すっごくステキだったからさ、ちゃんと写真撮ってスマホの待ち受けにしてるんだよ」
見てみて~とスマホを取り出す私の手をがしっと掴み、壁際まで引きずって行く。
「喜んで頂いて何よりですっ!! そ、れ、は、さ、て、お、き、私のさっきの問いに答えを頂けませんかね!!?」
「やだな、私がこんなことしでかす動機は聞かなくても、分かるでしょう?」
石居さんが、ちょうど一年前の出来事を思い浮かべたのか、口元を引くつかせる。
「……ま、まさか」
「石居センパイ☆ よ、ろ、し、く、ね?」
胸元の一年生を示すタイに両手を添えながら、石居先輩に可愛くご挨拶してみる。
昨年は同級生として、今年は下級生として登場した私の姿をご覧あれ。
「……で、そんな変装をして食堂にいた理由は?」
「毎週水曜日は、生徒会の面子と会議と打ち合わせがてら食堂でランチするときいたから、こっそり様子見?」
放課後に蔵人くんのところに突撃する予定なのだけど、その前に最上級生として頑張ってる姿を見たくてこうして来た次第なのさ。
今度こそ、お昼ご飯をとその場を離れようとした私の肩を石居さんが再び掴む。
「まさか、一人でランチを?」
「そうだけど?」
何を聞いてくるんだろうと、こてんと首を傾げると、盛大にため息をつかれた。
「一般女子は、基本的に一人で食堂でランチはしません」
「いやいや、そんな馬鹿な。ご飯位一人で食べれるでしょう?」
確かに女子はトイレしかり、昼食しかり、グループになって行動するとは思う。
「特に入学して半年しか経ってない一年生が、上級生が溢れる食堂に一人ではほぼ来ません」
「えー、だって、私、一年生の時から、普通に利用してたよ?」
別に一年生は遠慮しなさいとか言われてないし。お弁当もいいけど、あったかいお昼ご飯食べたかったし。
「陰でご自身が一匹狼といわれてたのをご存知ですか?」
「知ってるよ? おっかしいよねー、確かに単独行動は多少してたけど、明子や栞と結構つるんでたのにねー?」
ちゃんと、とるべきところでは団体行動してましたよ? ぼっちだなんて失礼な。多くはないがお友達はいましたとも。
「ご自身が色々と規格外って自覚ありますよね?」
「まあ、多少はあるけど、そんな改めて褒められると照れるなー」
「褒めてません! 褒めてませんからね!?」
必死に訴える石居さんと、その後ろに控える女子たちも静かに頷く。
「えーと、じゃあ、一緒に私とご飯食べてくれる?」
と、いうわけで石居さん達ファンクラブの面子とランチとなった。
はむはむとから揚げを頬張る私を、石居さんが情熱的な眼差しで見つめてくれる。
「やだ、石居先輩。そんなに見つめられると、食事に集中でいないんですけど」
「食べてますよね!? がっつりと大盛りから揚げ&ビッグヒレカツ定食食べてますよね!! なんで、食べるものまで規格外なんですか。それ、明らかに女子生徒が頼むメニューじゃないですね」
あぁ、どうしよう。石居さんのツッコみスキルが高すぎて、どんどん何かをしでかしたくなってしまう。この子、こんない面白い子だったんだなー。
惜しかった。在校中に知っていれば、もっと絡みまくって喜んで罵られたのに。
と、石居さんのツッコみにほくほくしていると、食堂入り口がざわついてきた。
「……あ、来たね」
目を向けた先には、蔵人くんや生徒会長など含む生徒会メンバー。各々好きなメニューを手に、予約席と確保されていた席に座る。
「いつもと顔触れが違いますわ」
座った面子を見て、石居さんが不思議そうな顔をする。
生徒会のメンバーに加えて、かさねくんや盛沢の姿も見える。
何でも屋も同席、ね。何かあったかな?
「文化祭が近いから、その関係じゃないの?」
それだけではないんだろうけど、石居さんの手前下手なことはいえないので、無難なコメントをしておく。
と、テーブルに置いてあったスマホが震える。
「げ」
画面を確認し、思わず唸る。
「どうかされましたか?」
「……かさねくんに気づかれた」
「は?」
ちらりと目線をかさねくんに向けると、いい笑顔をこっちに向けてくる。
『そんなところで、何、遊んでるの?』
スマホのポップアップに表示された文言に、小さくため息をつく。
「気付くの早過ぎ」
「……木屋君は一切気付いてないのに」
「あぁ~、しかも、盛沢も気づきやがった……」
かさねくんの隣に座る盛沢も、こちらに同じようにいい笑顔を向けてきやがった。
そして、おかしな動きをする二人の向かいには、生徒会長と話し込んでいてちっとも気づいていない蔵人くんの真剣な姿。
『後でちゃんと相手するから、見逃して』
ぽちぽちとかさねくんへと、返事を送る。
どんな無茶振りしてくるのか恐ろしいが、運が悪かったと諦めよう。
「石居さんから見て、木屋副会長はどう?」
定食を食べ終わり、お茶をすすりながら、石居さんへ質問する。
石居さんは書類に集中する蔵人くんの姿をちらりと確認し、
「頑張ってますよ。任命された当初は戸惑っていたみたいですが、後輩である生徒会長、他のメンバーとも連携して前年とは違った雰囲気の生徒会を作り上げてると思います」
「それは、ファンクラブ会長の意見?」
少しばかり、意地悪な問いかけをするも、石居さんは一切動じずに言葉を続ける。
「いいえ。一生徒としての飾らない言葉ですよ。ファンクラブ会長としては、そうですね、様々な表情をしてくれる今の方が親しみがあって、好感がもてます」
「一年生の頃は、微笑みが貴重だったもんね」
「懐かしいですね、何度壁際からこっそり見て、その破壊力に打ち震えていたか」
……そうか、壁際で堪能してたのか。
「さーて、そろそろ私は移動するね。一緒に食べてくれてありがとう、楽しかったよ」
トレイを手に、席を立つ。
ふと思い立ち、スマホをささっと操作する。
「今、石居さんのスマホに私の連絡先送っといたから。また、一緒にご飯食べようね」
「は?」
ちゃんと登録しといてね~と、なんで私の連絡先をと騒ぐ石居さんに背を向け、食器の返却口に足を向ける。
「なんで、僕がアイツらの分まで返却を……」
ぶつくさを文句を言いながら、かさねくんや盛沢に押し付けられた食器を返却口に投入する副生徒会長の姿が目前にある。
こんなとこで急接近するつもりはなかったんだけど、これは盛沢に謀られたかな。
突っ立っていても迷惑になるし、少し予定を変更し、蔵人くんにそっと近づく。
「こんにちは、木屋先輩」
声をかけられた蔵人くんは、こちらを振り向くも、
「こんにちは」
と、普通に返事をしてそのまま立ち去る。
が。
立ち止まり、恐る恐るこちらを振り向く。
「……え。あれ?」
「どうされましたか?」
違和感を感じているも、確信がもてないのか食器を返却する私の姿を無言で凝視している。
そうだね、君に一目で気づかれるとは思っていないさ。前髪を少し切ったり、メイクの仕方を多少変えても無反応だもんね。
視界の端で、笑いをこらえてこちらの様子を見守っているかさねくんと盛沢の姿を確認し、心の中でため息をつく。
石居さんも、かさねくんも、盛沢もすぐに気付けたのに、なぜに君が気付けないかなー。
「失礼します」
こんなところで目立ちたくないので、固まっている蔵人くんの横をさくっと通り過ぎる。
ピロリロリン♪
マナーモードにしてる筈の私のスマホが、着信音を告げる。
どんなに設定をしても、着信音を鳴らし、私のスマホに何かを送りつけることができるのは、うちの兄貴ともう一人。
その兄貴との対面を無事に終え、勝負に勝ったご褒美にと兄貴から裏技を教えてもらった我が彼氏さんである。
「それは、反則だろう?」
苦笑しながら振り向くと、スマホを手にした蔵人くんが、信じられないようなものをみるような目でこちらを見つめていた。
その驚きは、私の変装っぷりにかな? それとも、ここに私がいるという異常事態にかな?
「あ、明子さん。なんで、ここに……?」
「さて、なんででしょう」
にこりと微笑んでから、踵を返す。ここでの対面は望む物ではないので、さっさと立ち去るに限る。
「木屋先輩、また、放課後に」
そう。私の本番は、放課後なのだから。
あと一話だけ続きます。