夏休み前は、後輩たちに喧嘩を売られる
大型犬、久々の登場です。
夏休みまであともう少しという時期。
「先輩、これを徳井から預かってきました」
学食で夏限定の鶏そぼろ蕎麦を食べ終わり、のんびりと食後の韃靼そば茶を嗜んでいる時に、蔵人くんから差し出された一通の手紙。
その表書きを見て、思わず沈黙してしまう。
……おいこら、食後の優雅なひと時を見事にぶち壊すとは何事か。気まずげに麦茶をすする蔵人くんに、かすかな怒りを覚える。
「ちょっと、蔵人くん! なんでこんな面倒くさそうなものをほいほい預かってくるわけ!?」
「……こちらにも色々と事情がありまして、」
「色々ってなんだ、色々って! 私が納得できる理由を、今すぐ明確に説明しなさいなっ! まだ、ラブレターの方が対処が楽なのに、どうして私の元までこんなものを運んできやがった!! 自分の所で留めてしまえ!」
「そんな厄介そうなもの、僕だっていりませんよ! まさかこんな形状になんて僕だって予想外ですって!?」
「ほほう。その、自分だっていらないようなものを、君は私に押し付けるわけかい」
……覚えてろよ。必ずや、この仕打ちの報復を近いうちにしてやるからな。
真っ白い封筒の表書きには、「果たし状」と書かれた文字。
国語の先生が見たのなら、惚れ惚れするぐらいの美しい筆文字である。そして、ほんのりと香る墨の匂いが、何かの情緒を無駄に醸す出す。
……えぇ、無駄に。
「かさねくんってば、本当に何から何まで器用にこなしやがって……。しかも、中の文字も縦書きで筆で書いてるし。どこの武将の書いた書状ですか」
才能の無駄遣いだ! このようなところではなく、もっと別の場所でこれにそそいだのと同じくらいの情熱を見せやがれ。
しかもこんな時代錯誤な手紙! どうせくれるなら、愛らしい丸文字で書かれたラブレターを寄こしやがれ。恋文ならば、高校生活の素敵な思い出にもなろうが、果たし状はネタにしかならないでしょうが。……やばい、栞や和子の笑い声が聴こえる。
「で、これを私に渡すってことは、蔵人くん公認なわけね」
横でちびちびと麦茶を飲む蔵人くんは沈黙を貫く。一体かさねくんと、どんな取引をしたのやら。
中身を確認して、その内容にさらに顔をしかめてしまう。
確かに、果たし状にふさわしい呼び出しの旨が書かれたものでした。
「なんの準備もなしに、かさねくんの相手をするのはしんどいんだけどやるしかないか」
もうすぐ一学期も終わる。いい機会だろう。
向こうが何を仕掛けてくのか不明だが、久しぶりに全力でお相手してやろうじゃないか。
凶悪な笑顔を浮かべる私に、隣の席に座る蔵人くんはぷるぷると怯えていた。
安心してね、蔵人くん。
かさねくんの件が終わったら、真っ先に君の元へ、今回の報復のために向かうつもりだから。
――マジで覚悟しとけ。
放課後。
指定された温室の中ほどにある、噴水広場へと足を運ぶ。
噴水の四方に配置されたベンチのひとつに、呼び出した張本人は座っていた。私の姿を見つけると軽く手をあげて挨拶してくる。
「明子姉。時間通りの登場だね」
「呼び出すなら、もう少し穏便に呼んでくれてもいいんじゃない?」
かさねくんの真正面に立ち、例の手紙をひらひらと見せる。
「気合いを入れたらそうなっちゃったんだって」
へらりと悪びれなく笑う姿にため息をついてしまう。
どのように気合いを入れたら、最終的にこの形状になるのかを説明していただきたい。
「はい。これ、本日分のレポート」
すでに三冊目に突入した、交換日記という名のレポートを受け取る。
試用期間はすでに終わったはずなのに、かさねくんと私の交換日記は続けられている。ぱらぱらと中身を見て、三冊目もあと数ページで終わりを迎えることを確認する。
「このノートが終わる頃、ちょうど私が何でも屋を引退する時期だね」
副会長には二学期も続けてくれていいのにといわれたが、さすがに学業に専念したいので私の何でも屋としての活動は一学期で終わることが決定している。
高校一年の中頃から何でも屋として行動しているので、約二年間その役目をこなしてきたことになる。
人より少し優れた運動神経を請われ、部活の助っ人として色んな部の試合へと顔を出していたら、ある日見たことない先輩に声をかけられた。
「ねえ、ちょっとそこの器用貧ぼ……でなくて、えーっと、ある程度なんでもそつなくこなしちゃうオーラを出してる君。面白おかしい高校生活に興味はないかい? きっと君にとって、いい人生経験になること間違いないんだけど」
なーんて、不可解な問いかけをされたのがはじまり。いや、あれは微妙にけなされていたよね、うん。……どちらかというと、口の悪いお人だったからなぁ。
話をきいて、試験を受けてみて、色んな事件に引っ張りまわされて、確かに以前に比べて面白おかしく過ごさせていただきましたとも。
その先代が卒業する際に、
「なんかさ、学生のうちらしいよ? バカなことに全力出しきれるのって。社会に出たら時期と面子に余程恵まれない限りなかなか難しいらしいから、君も残りの学生生活を悔いのないように全力で楽しみきりなよ」
そんな言葉を投げかけてきた。
先代は、進学はせずに地方の職人さんの元に弟子入りするらしく、学生生活を最後まで大いに楽しんでいた。……卒業式の際に、迷惑をかけられた先生方が肩を抱き合って、あの先輩が卒業することに涙を流して喜んでいた姿がなんともいえなかったが。
短い期間だったが、この人に巻き込まれた日々は、本当に今でも笑ってしまうほどバカをやっていたと思う。巻き込まれたからこそ、経験できたことが多々あり、それは今の私をつくる大事なものでもある。
私もこの人みたいに、後輩には学校生活ってすごく楽しいのだと、今しかない貴重な時間なのだと感じてほしいと願っている。
目の前にいるこの後輩はどうだろうか。
中学生の時は、関わり方が中途半端になってしまった後輩。
しかし、高校では嫌というほど、あの手この手で色んな事に関わらせている。
何でもの屋の試用期間の三か月も終わり、かさねくんに改めて聞いた時に、何でも屋をやってみたいと言われた私の嬉しさは半端なかったと思う。最初はどうかと思ったが、こちらの思惑通り、かさねくんは何でも屋という役割に何かを感じたらしい。
こちらを見上げる顔は、中学生の時と打って変わって、本当に学校を楽しんでいるように見える。
春先は不平不満で埋められたレポートには、いつしか生徒会長や蔵人くんに勝っただ負けただなどのささやかな勝負の行方、何でも屋として関わった人たちからお礼をしてもらったことなど、多種多様な内容が日々書かれるようになった。
「一学期の終業式の日に、ちょうど明子姉からの返事を最後のページにいただくように計算したからそうなるね」
やっぱり、狙ってたか。
無駄に頭がまわるとこういうことしてくるから、この子の相手は油断大敵なのだ。今回は、特に害がないからいいけども。
六月下旬に中途半端に三冊目に突入させて、キリがいいところまで続けたいと言ってきたのはわざとだったわけね。
ノートを丸めて、ぺしっと大型犬の頭をしばく。
「痛って、なにすんの!?」
「本当に、頭いいくせにバカだよね」
結構強くしばいたせいか、かさねくんは本気で痛がっている。
おおいに痛がるといい、愛のムチだ。
「ノートなんかなくても、声をかけていいんだよ」
身体が昔に比べて大きくなっても、未だに私に対しては中学生の時と同じように不安げな表情で見上げてくる姿に苦笑してしまう。そんな顔して確認してこなくても、遠慮なく近寄ってきていいのに、何をためらっているのやら。
生徒会長や、他の生徒会メンバーに、何でも屋の個性豊かな面々、そして私や蔵人くん。春先から色んな人間と触れ合って、多少は受身なところを直せたかを思っていたけども、そうでもなかったか。
「今日の果たし状みたいにさ、どんどん君から行動しちゃえばいいんだって。あまりにも一方的すぎるのは駄目だけど、待ってるだけだと何も変わらないって何度私に言わせたらいいのかな」
ぶすっと口を尖らせる姿に、しょうがないなと笑ってしまう。
ならば君の心にきっちり届くまで、私は言い続けよう。
「何度でも言ってあげる。君はもう少し、自分から行動しなさいな。他人よりもいっぱい優れた所もってるじゃない。その賢い頭を使って行動起こしたら、学校生活がもっと楽しくなるよ?」
時間は有限なもの。
私がここで過ごせる時間も、刻一刻と減ってきている。
ここでしかできないことがある。今しかできないことがある。
その事に気づいて、もっと貪欲に、学校生活を満喫してほしい。
「ねえ、明子姉にとってオレは……『赤の他人』? 『ただの後輩』? それとも、『遠い親戚の子』?」
いつかのホワイトデーにいたずらに書いた貼り紙の内容を口にするかさねくん。
あまりのボケた質問に、再びノートでその頭をぱかーんとしばきあげる。
「痛って! 明子姉?! 今の本気過ぎだろう!」
確かにいい手ごたえだった。無論、今のも間違いなく愛のムチだ。
狙った以上の攻撃ができて大変満足です。
ふんっと、その抗議を鼻で笑って、さっきの質問への回答をする。
「本当に、おバカさんだよね。そんなの『かわいい後輩』に決まってるでしょうが」
ぽかんとこちらを見上げる、かさねくんの頭をぐりぐりと撫でまわす。
おかしいな。一か月の接触禁止期間が解除されてからは、これでもかと構い倒したのに、私の後輩への愛が伝わっていないのか。
自信がある時はこれでもかと大きな態度ができるのに、何もとっかかりがないと身動きがとれなくなんて、本当に見た目からは誰も想像できないに違いない。
「あとは、『何でも屋の後継者』……かな」
「え?」
「え? じゃないでしょう。副会長からも了承を得てるし、いい機会だから少し早いけど済ませちゃうよ」
先代から引き継いだ、何でも屋の証。
校章をあしらったシルバーのストラップを、かさねくんの掌にのせる。
「はい。徳井かさねに、央守明子から何でも屋の役目を譲渡するね」
「え? はい?」
「試験も、生徒会でのお手伝いも、試用期間も、予想以上に頑張ってくれたかさねくんに、私が引き継いできた何でも屋の権限を、今、君に託すね」
本当は、まだまだ渡すものはあるのだけど、持ってきたほんの一部の書類や鍵などの商売道具を、ぼけっと呆けてるかさねくんの手に渡す。
「第57代目何でも屋、隠密・情報収集担当央守明子は現時点をもって、第58代目徳井かさねにすべての役割と権限を譲渡します」
「ちょっと、明子姉、」
「はいはい、文句は一切受け付けませーん。さあて、先代である私が安心して引退できるような返事をちょうだい、後継者くん」
なんとも情けない顔でこちらを見上げてくる顔に思わず笑ってしまう。
いつもの自信満々な顔はどこいった。
「……卒業しても、ちゃんとフォローしてくれる?」
ぼそりと呟かれた、かわいい後輩からの弱音に、仕方がないなと苦笑する。
その場にしゃがみ、ベンチに座るかさねくんの顔を覗き込む。
「だから、何度も言ってるじゃない。待ってるだけじゃダメっだって。変な遠慮なんてしなくていいんだよ。かわいい後輩が困ってたら、例え卒業してても駆けつけてあげるから、安心してヘルプミーとメールでも電話でもしなさいな」
心配性でさみしがり屋な後輩へ、役割を譲渡したからといって、関係が絶たれるわけではないのだと、いつでも頼っていいんだよと何度でも伝えてあげる。
中学校卒業の時には伝えきれなかったものを、遅くなってしまったけども、かさねくんの心の奥にちゃんと届くように。
「本当?」
「本当。もしも、私自身が身動きとれなくても、蔵人くんとかに協力をいただいて必ず助けてあげる」
「……それは、嫌かも。それなら、自分で乗り切るし」
「そう? ま、相談だけでもどうぞ。ってことで、安心した?」
引継ぎしたからといって、卒業したからといって、一度結んだ縁はそうそう切れるもんじゃない。先輩後輩、何でも屋の先代次代以外にも、かさねくんとは親戚という他の人には真似できない繋がりがある。
「うん」
小さく頷く、実は弱気な大型犬に再度きいてみる。
「さて、後継者くんよ。そろそろ、私に返事をくれるかな?」
かさねくんは、私から渡されたストラップや、書類、鍵の束などをぎゅっと胸に抱きしめる。私の方を真っ直ぐ見据えるその顔には、今まで見たことないような何か満足げな笑顔。
うん、大変素敵な笑顔に、お姉さんは大満足です。
「任せて。明子姉が嫉妬するくらいの働きっぷりで、活躍してあげるから期待しといてよ」
あらら。大きいこと言ってくれるじゃないか。
かさねくんは、そうでなくちゃ。
「よく言った。任せたよ、後輩!」
お互いどちらともなく、腕をあげて軽くハイタッチをかわす。
こうして私の何でも屋の役割は、一人のかわいい後輩へと受け継がれた。
もうすぐ秋。
昨年同様、主人公が色々やらかしてくれる季節が近付いて参りました。




