向日葵の季節は、微笑みの価値を再確認する
大型犬の出番間違えました。次話での登場です。
もうすぐ高校生活最後の夏休みである。
期末テストも先日ようやく終わり、ほっと一息だ。
受験勉強というやつも、ある程度順調にこなしている。夏休みに入ったら、夏期講習や模試など、もっと本格的に取り組もうかなと色々と悩んでいたりもする。
どこのを受けようかなと、珈琲を片手に学食でパンフレットと広げていると、
「先輩?」
生徒会の仕事の途中なのか、ファイルを抱えた蔵人くんに声をかけられた。
「図書室でなくて、こんなところで受験勉強ですか?」
「今日は図書委員会の集まりで使用できないから、ここに陣取ってるの」
「なるほど。休憩がてら、お邪魔してもいいですか」
断る理由もないので、どうぞとお向かいの席をすすめる。
「あ」
「え?」
正面に座る蔵人くんの姿に、思わず声をあげる。
「いや、隣の席をすすめるべきだったなーと、改めて気づいただけ」
クセって怖いな。
「……そういえば先輩って、必ず学校では正面の席をすすめてきますよね。外ではそんなことないのに。……何か、ありますね?」
「………………」
おぉぅ。
最近、やけに勘がいいじゃないか。
そうだね、正面をすすめていたのには、その方が都合がよかったからですな。
「先輩?」
にこやかに、さっさと白状しやがれと笑顔で脅す蔵人くん。
ここは誤魔化すべきか、素直に告げるべきか、悩むところである。
「あれー? 央守じゃん。図書室行くっていってたのに、こんな所でどしたの」
と、声をかけられて振り向くと、今ここに最もいてほしくない人物がいた。
「……うわぁ、このタイミングで声かけてくるとか、どんだけ狙ってやがる」
「あら、結構ないいようね? ……っと、彼氏も一緒だったね。邪魔してごめんね」
分かってて声かけてきやがったのに、あたかも今、気づきましたかという風で蔵人くんに挨拶をする眼鏡の女子生徒。
「どうも」
蔵人くんの反応の堅さに、思わず確認してしまう。
「蔵人くん、報道部の部長と顔見知り?」
「生徒会関係の仕事で、何回か一緒にさせていただいたのと、……まあ、ちょっと色々」
「やだ、央守ってば、やきもち? 大丈夫、木屋くんとはちょっと仕事上で絡んだだけだから安心しなさいな」
「いや、やきもちとかいう話ではなくて……で、どうしたの、わざわざ声かけてくるなんて」
蔵人くんの浮かべる複雑な表情に何か引っかかるものがあるけども、取りあえず、さっさと退場を願おうと、向こうの用件を確認する。
「今学期で三年生は部活を引退するじゃない? 新部長にさ、ダメ元でいいからもう一度、例の取引を再度持ちかけてくれないかって頼まれちゃって」
……やっぱり、あの件か。年度末を区切りにお断りしたんだけどな。
「私としては、以前に比べてだいぶ価値がなくなってるって言ったんだけどさ、どうもやっぱり、」
ちらりと、蔵人くんの方を確認して、部長がにやりと笑う。
「表情の甘さが違うらしいわよ?」
「そりゃどうも」
本人の前でコメントしづらいことを言わないでくださいな。
「木屋くん」
蚊帳の外だった蔵人くんに、部長は急に矛先を向けてきた。
「生徒会役員としての君に相談……というか交渉だね。今学期で代は変わるんだけど、新部長になっても報道部と仲良くしてくれるかな? 了承してくれるなら、央守がうちと取引した愉快な交渉内容を教えてあげるけど」
「は?! ちょっと、何をっ」
私でなく、蔵人くんから攻めるとは、どんだけ新部長に甘いんだ!
「生徒会役員としては、すべての部活動へ公正な立場を貫かなきゃいけないので、その交渉はお断りさせていただきます」
驚く私とは正反対に、蔵人くんは冷静に部長へ回答するが、
「ただし、僕個人としては大変気になる内容なので、個人的にある程度仲良くするという内容でしたら快諾させていただきますが、どうします?」
素直な美少年から、そこそこやり手の美青年へと進化中の蔵人くんは、部長に別の交渉を持ちかける。
その成長っぷりは大変喜ばしいが、今、この件についてはいらない要素ですよ?
「ふーん。さすがあの生徒会長様に日々しごかれてるだけはあるね。いいよ、個人的で結構。新部長には後日正式に挨拶させるから、まずはこちらの手札を見せてあげようか」
止める間もなく、報道部部長は私の方に面白そうに視線を向けてから、蔵人くんへとある情報を暴露する。
「君が誰かさんに向けてた、いつものとびきりかわいい笑顔。実はこっそりと誰かさん以外にも、提供されてたんだよ」
「は?」
「あとの詳しい話は、そこの片棒担いでいた央守にでも確認して。約半年、本当にありがとうね。いい目の保養になってたよ」
どういうことかと、蔵人くんが問いただす前に部長は颯爽とその場を去る。
残された蔵人くんと、私。
邪魔者に退場いただいて、恋人同士の甘い会話を楽しむ方向になるわけもなく、蔵人くんは無言で私にさらなるプレッシャーをかけてきた。
「……黙秘、とかは」
「却下ですね」
頬杖をつき、きらきらの笑顔でこちらをみつめてくるが、その笑顔はお仕事用の顔じゃないかなー。まさに何かを強要する時に浮かべる表情ですよね、それ。
えっと、私ってば君の彼女にあたるのだから、もっと甘くてとろけるような笑顔が欲しいんですが。
「先輩?」
うわー、うちの彼氏が怖いよぅ。美人さんの笑顔が怖いって思ったの副会長以来だし。微笑みながら圧力をかけるなんて高等テクニックとか、マジで勘弁してください。
…………仕方がない。
ここは素直に話すか。春先から生徒会長や他の生徒会役員の曲者たちに色々とご指導いただいて、かなり図太……いや、逞しくなったことだし、今の蔵人くんには話しても大丈夫、だろう。
きっと、広い心で許してくれる筈だ。
「実はね、」
そして私は、約一年前、報道部部長である鈴鹿女史に持ちかけられた、とある話を蔵人くんに打ち明けることにした。
「央守ってさ、今、例の美少年になつかれてるよね」
三時限目が終わり、次の授業の準備をしていると隣の席に座る鈴鹿に声をかけられる。
報道部に所属している鈴鹿とは、同じクラスということ、何でも屋として何度か絡んでることもあり、教室では雑談をするような仲でもある。
「不本意ながらなつかれてるけど、改めてどうしたの?」
春先からはじまった、木屋蔵人の私への抱きつき行為。
すでに学校の名物と認識されて、そこまでの目新しさはない、筈である。
怪訝な表情で鈴鹿を見つめるも、彼女はそんなことお構いなしに話を続ける。
「今、央守が取り扱ってる案件、あんたにしては珍しく苦戦してるよね?」
「よくご存じで」
副会長からも、請け負う時に難しい案件だからと言われていたように、現在抱えている仕事には少しばかり苦戦している。もう少し情報が出そろえば、押し切れそうなんだけど、なかなかこれが、難しい。
さすが、報道部エース。多岐にわたって情報収集してるようですな。
つーか、マジでどっから拾ってきたその情報。
……顔とか普段の行動には、極力出してない筈なんだけどね。
「央守にも、ある程度は情報のツテがあるの知ってるけど、別方面であるうちのツテ、有効活用したくない?」
報道部の情報は、何でも屋とはまた違った目線と交友関係で独自の情報網を使っている。たまに、うまく取引できた時はその情報に助けていただいたりもしている。
「それ、何が取引条件になるかな」
今回の件でも、こんなことを切り出すということは、こいつは私が欲しいと思っている情報を握ってるに違いない。
鈴鹿は少しだけ、声のトーンを落とす。
「氷結の王子様のキュートな微笑み、かな」
ほほう。
そりゃ、報道部にとっては美味しい餌だな。確かに目の保養にはうってつけですし、女子の皆様の需要がさぞあるでしょうよ。
しかし、それを私が用意できるわけないだろう。
頼む相手を間違ってますよ。
「場所の指定をするから、央守はそこで王子と会話してくれるだけでいいよ」
「で、その場面を写真にでも残すって? お断りします」
私に寄ってくる際に浮かべている、あの表情をご所望ってか。
「あら? 迷惑がってるクセに、お優しいじゃない」
「微笑みってそんな簡単にいくわけないだろう。あの子、意外と周りの雰囲気に敏感だよ」
なんだかんだと、私のまわりに人の気配がない時にしか近寄ってこないし。
私が最もつるんでいる、栞や和子が近くにいる時も駄目だ。
そんな子が、赤の他人、ましてや報道部関係者の気配がするような場所に来るわけがない。
「そこはうまいことやるから、ご心配なく。やり方は色々とありますから。基本無表情のあの美少年が、唯一表情筋を活用して会話してるお相手が、自分だけって自覚まだないわけ?」
「いやー、あるっちゃあるけど、あれって、ほら、作り物の笑顔でしょう」
甘くなついてくる仔猫、その顔に浮かべている笑顔は、いつも、同じ顔だ。
無表情ではないが、単に笑顔という表情の仮面をいつも、かぶってるだけ。
背中から抱きつくのは、セクハラ云々もあるが、私から表情を少しでも隠したいのもあるんじゃないかと思う。
なのに、笑顔でわざわざ近づいてくるのは無理してるのか、作戦なのかがイマイチ読み切れないので本人には確認してないけど。
「一般生徒にはその違いは分からないって。ただ、見る分には目の保養になるじゃない」
あの、笑顔がね。
……あんな無理して作ってる笑顔ですら美形はチヤホヤされるのか。
「あと、写真とかも撮らないって。単に、央守と王子との対話を遠目に眺めて、その微笑を愛でるツアーをするだけだから」
「……パンダか何かか、私らは」
ようは、陰からこっそり観察されるという事だよね。
木屋蔵人の表情筋ねぇ……。言われるほど、堅くはないと思うのだけど。
あれは、ただ単に……ま、ここはひとつ利用されつつ、こちらも思い切り利用させていただきますか。
「どうする?」
鈴鹿の問いに、にやりと笑う。
報道部の情報網を使い倒せるのも結構おいしい取引だけど、それだけでは足りない。美少年の微笑みはお高いのですよ、鈴鹿女史。
「報酬を、もうひとつ加えていいのなら前向きに考える、かな」
短い休憩時間も終わり、四時限目開始のチャイムが鳴り響く中、私はとある条件を口にした。
蔵人くんが、こちらをかなり胡乱な表情で見つめていた。
知らない間に、自分の浮かべていた微笑みなんぞが、女子生徒にこっそり提供されてた事実はさぞ衝撃であろう。
しかも共犯者は、私。
「……たまに、先輩が学食とかの人目につくような場所にいたのって」
「わざとだね。鈴鹿……報道部の部長に、場所と時間の指定をいただいてね」
月に一度くらいだったかな。
美少年の微笑は、極上の情報に化けましたとも。うん、いい商売でした。
「ありがとうね☆」
「にこやかにお礼言われても、困るんですけどっ!!」
今でこそ、表情豊かに会話してるけど、去年の今頃って本当にこの子大丈夫かなって少し心配してたと言ったら、どう思うのだろう。
整い過ぎた美貌のため、見知らぬ女子から騒がれたり、注目の的だったりと、色んな視線にさらされてきた噂の美少年。
無表情の下で、どんなに彼が他人を怖がっていたかは知る由もないけども、経験値を積んでここまで人と付き合えるようになったのは、彼自身の努力の賜物だ。
少しずつ、浮かべている表情が柔らかくなっていくのに気付いた時、私がどんなに嬉しかったなんて気づいてないのだろう。
「いいじゃない。昔はそんだけ君の微笑みが希少だったということだよ」
ぎりぎりとこちらを睨みつける顔も、たまにひょこっと見せてくれる甘い微笑みも、今は決して希少などではない。
「ね?」
同意を求めるため蔵人くんに微笑みかけるも、仔猫ちゃんの機嫌はなかなか戻らず、ご機嫌をとるのが実に大変だった。
そんなことすらも、きっといい思い出に変わるのだろう。
報道部という、情報操作に長けた面子からもぎ取ったもうひとつの報酬。
それは、木屋蔵人ファンへのちょっとした牽制。
無表情の仮面を自身の前でもはぎ取りたいのなら、適度な距離感から行動をせよと。顔面偏差値が恐ろしいほど高いけど、芸能人などではなく彼はただの一生徒であるとマナーの徹底を指導してもらったという事実は心の隅に閉まっておこうと思う。
思う存分、美少年の稀な微笑み見学したいのなら、普段の行動を改めよ。
そんな感じに鈴鹿女史にも協力していただいて、少しは彼の周りのギャラリーが沈静化したのは、この微笑み見学ツアー開催がきっかけなのだけど。
さて、彼がこの秘密にも勘づくのはいつのことだろうか。
さ、次こそ大型犬の出番ですよー。




