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年下美少年になつかれました  作者: ほのお
高校三年生編
15/28

梅雨の後日談~仔猫は手の内をばらされた~

梅雨の話のすぐ後のお話。

「はぁ~い☆ あなたの心のアイドル、フェアリー・雅でっす」


 予想外の人物の、予想以上のハイテンションに思わず、スマホをソファーに向かって投げつけた。床に叩き付けなかっただけ、理性が残っていたと誉めていただきたい。



 何でも屋仕事部屋兼、私専用の秘密基地となっている空き教室。

 窓際にはパソコンやプリンターなどが鎮座しているお仕事用デスク、壁面には歴代の先輩たちから引き継いでいる膨大な資料が詰まった本棚。そして、教室の中心にはごろ寝用の二人掛けソファーが配置されている。


 そのソファーに、冬休みに機種変更したばかりのスマホが突き刺さっている。


「せ、先輩?」

 私の突然の暴挙に、傍に控えていた蔵人くんは目を白黒させている。

「……ご両親が不在だから、お兄さんに電話したんですよね?」


 そう。

 雨も本降りになってきたし、体調不良なんだから、こんな日は家の人にでも迎えに来てもらった方がいいですよとアドバイスを頂くも、両親は旅行に出ていて不在。

 仕方なく兄のスマホに連絡をとったのだけど、


「もしもーし! 明子ちゃーん! ごめんってば、おふざけが過ぎたのはあやまるから、電話口に戻って来て~っ!!」


 放り投げられたスマホから呑気に聴こえる義姉の声にどっと疲れを感じる。

 なぜに、兄のスマホに義姉が出てるのかという疑問もあるが、どうして人が体調悪い時に無駄にハイテンションなんだろう。

 ……スマホから聞こえる声に、軽く蔵人くんが引いているのが分かる。


「もしもし」

 このまま通話を切ってしまいたい衝動にかられたが、なんとかそれを抑え込み再び電話口に臨む。

「もうっ、明子ちゃんってばスマホを投げるなんて乱暴なことしちゃダメでしょう! 音で分かっちゃったんだからねっ」

 いや、それはあなたのテンションがあまりにもアレだったから思わずやらかしただけです。ちゃんと壊れないようにソファーに向かって投げたんでスマホは無事です。


「ところで、なんで雅さんが兄のスマホに出てるんですか?」

「ハルくんってば、出張なのにスマホを家に忘れちゃったのよ。仕事用の携帯は持ってってるから大丈夫って連絡あったからいいんだけどね。そんなわけで、今は私が代わりに所持してるの~」

「そうですか」

 タイミングが悪いな。

 ちらりと蔵人くんを伺い、迎えは無理っぽいかもと口パクで伝える。

「なら、誰か先生にでも、車が出せないか交渉してきます」

「え? そこまでは大丈夫だって。体調悪いっていっても、歩いて帰れないこともないし」

 いつもより時間はかかると思うけど、ゆっくり帰れば大丈夫なはず。

「でも、家には誰もいないってことでしょう?」

「そうなるけど……」

 別にこのくらいなら問題ないのに、心配性な蔵人くんはとことん私を気にしてくれる。


「なあに? お迎えに行ったらいいの?」


 うっすら蔵人くんとの会話が漏れ聞こえたのか、義姉が会話に加わってくる。

「今日はお仕事休みの日だから、今から迎えに行けるよ?」

「え? 雅さん?!」

「15分くらいで到着するから待っててね~。校門についたらまた連絡入れるね☆」

 と、こちらの返事を確認することなく通話を切られた。

 ツーツーと鳴り響くスマホを握りしめ、沈黙する。


「……先輩、どうしたんですか。迎えに来ていただけるのに、そんな不安そうな顔して」

「いや、雅さんって……あぁ、義姉のことなんだけど、車の運転できたかなって思って」

 遠い昔に、私ってペーパードライバーなのっ☆ていわれた記憶があるのだけど。

 ……そんな人が運転って、大丈夫かな。






「やっほー! お、ま、た、せ☆」


「雅さんって、ちゃんと運転できたんですね」

 スマホに着信があり、校門前にいくと義姉が待っていた。学校まで無事にたどり着いたということは、ある程度の運転はできるという事だろう。……きっと。

「失礼な。これでも少しは運転できるんだよ」

 えへんと胸を張った後に、

「……でも、右折は苦手だし、バックしたり、バックで駐車はできないけどね」

 小さく何か恐ろしいことを呟く義姉。

 要するに、基本的に前にしか進めないってことだよね。


 …………大丈夫なのか、本当に。


 どうしてこんな人が運転免許所を取得してるのだろう。あれって、筆記試験だけでなくて実技試験もあったよね? 教習所という場所できっちり運転技術を習得したんですよね? クランクとかS字カーブとか、縦列駐車とかきっちりやらされてる筈だよね? なのに、バックできないってどういうことですかい。

 来ていただいたのは大変助かるのだけど、無事に家に帰れるのか、ものすっごく不安なんですが。

 我が家に帰るには、右折もあるし、結構狭い道を通らなければならない。もしも、前から車が来た時に、この義姉はどんな対処をするのだろうか。



「ねね、そっちの子は、明子ちゃんの彼氏? こんにちは、明子ちゃんの義姉の雅です。よろしくね☆」

「あ、はい。木屋蔵人といいます」

 私と仲良く肩を並べている蔵人くんがどういう存在なのかなんとなく察して、にこやかに挨拶をする雅さん。

「カッコいい子捕まえたんだね。……って、ん?」

 雅さんが、蔵人くんの顔を見て不思議そうな顔をしている。

「雅さん、人の顔を凝視するのはあまりよろしくないですよ。美形なら兄の顔で見慣れてるでしょうに」

「うちの旦那様が一番素敵なのは変動しないから大丈夫。……うーん、ま、いっか。ほら、明子ちゃん、乗って」


 蔵人くんにエスコートされて、車の後部座席に乗り込む。

「蔵人くんも送ってもらう?」

「……遠慮します。慣れない道をこんな雨の日に運転させるのは酷ですよ」

「だよねー。うん、今日は本当にありがとうね。助かったよ」

「どういたしまして。先輩も、今日はゆっくりと休息してください。しっかり睡眠とってくださいね」

 ドアを閉めて、邪魔にならないように一歩下がる蔵人くん。


「よし、できた」


 運転席でがさがさと何かをしていた義姉が、窓を開けて蔵人くんを声をかける。

「木屋くんだっけ? これ、うちの住所。本日、明子ちゃんはうちにお泊りさせるね。こんな顔色悪い子をひとりになんてできないし。それでね、明日暇ならお見舞いついでに、このメモにある物を買って届けて欲しいんだけどいいかな?」

 蔵人くんは差し出されたメモを受け取り、中身を確認する。

「え?」

「はい。先にお金を預けておくから、よろしくね。金額的に余裕がありそうだったら、何か適当に見繕ってもらっても構わないから~」

 窓を閉め、外で固まっている蔵人くんを放置し、雅さんは車を発進させる。



「……雅さん。いつ、私が雅さんちにお泊りする流れになってるんですか」

 確かに、誰もいない家に帰るよりは、誰かがいるとこのが安心だけど。しかも雅さんの美味しいご飯にありつけるし。

 後部座席で呻く私を、バックミラー越しに確認し、雅さんはけらけらと笑う。

「だって、明子ちゃんもだけど、彼氏くんともゆっくりお話ししたかったんだもーん。あとはー、」

「なんですか」

「やっぱり、言わなーい。ささ、明子ちゃんは彼氏くんにフォローのメールでも入れておいてあげてね」

 何かを言いかけて、含み笑う義姉の姿に何かを感じながらも、蔵人くんへメールを打つ。ほとんどがお詫びの文言で埋め尽くされ、送る方も、受け取る方も切なくなるしかない内容にため息をつきながら送信ボタンをそっと押した。







 翌日。

 兄と義姉の家でごろごろと過ごしていたら、訪問者を告げるチャイムが鳴った。


「こんにちは」


 玄関に迎えに行くと、ひどく複雑な顔をした蔵人くんがビニール袋をふたつ携えて立っていた。

「それ、お使いの品?」

「えぇ。よくあの短時間でこれだけのオーダーを書けたものだと称賛しますよ」

 中身をちらりと覗くと、野菜やら肉やらがごっそり入っていた。


 会ったばかりの高校生男子に、返事をきかずに食事の買い出しを頼む義姉。

 あの兄と結婚するだけあって、やっぱりこの人も、色々と一筋縄ではいかない御仁だと再確認する。


 居間の方に案内すると、台所から雅さんが顔を出して迎えてくれる。

「いらっしゃい。昨日ぶりだね」

 蔵人くんの持ってきた袋を受け取り、中身を確認する。

「うわ、満点じゃない」

「え?」

 驚く義姉に近付いて、何事かを確認する。

「……すごい。あんな簡単にしか書いてなかったのに、こちらの意図をくみ取ってちゃんと必要なものを買ってくるなんて。しかも、賞味期限も長めの物をチョイスするあたりさすがね。書き忘れたけど、隠し味になる調味料やサイドメニューで使えそうな品をさりげなく予算内で入れ込んでくる応用性。普通の高校生男子には到底無理なレベルだわ」

 雅さんが、食材を取り出しながら何かに感動している。

「そ、そんなにすごいんですか?」

「明子ちゃん、鶏肉ってメモに書いてあったら何を買ってくる?」

「え。何って、鶏肉……ですよね」

 お肉の売り場に行ったら、普通に並んでるんだよね? 何か、迷うようなトラップでもあるのでしょうか。

 しかし、雅さんが何かとても悲しい視線をこちらに向ける。

「むね肉とか、もも肉とかあるの。もっというと、手羽とか種類がいっぱいあるし。料理によって使うお肉が違うんだよ。……明子ちゃん、料理とかしない派ね」

「うっ」

「もう少し、お義母さんのお手伝いしましょうね」

 いいんですー。私は食べるの専門なんですー。



 お昼に雅さん特製ランチを頂き、ご機嫌で食後の珈琲を味わう。

「ごちそうさまでした。片付けは僕がしましょうか?」

 蔵人くんが席を立とうとするのを、雅さんが押しとどめる。

「大丈夫。食器洗い機があるから、片付けは楽チンだから気にしないで」

 手早く食器を台所へと片付け、雅さんは改めて席に着く。

「それよりも、木屋くん」

「な、なんですか?」

 身を乗り出して顔を覗き込む雅さんに、蔵人くんは身を引く。



「私たち、会ったことがあるよね?」



 使い古されたどこぞのナンパの誘い文句を堂々とのたまう義姉、それを受けて固まる彼氏。

 そんな二人に挟まれて、ぶふっと珈琲を軽く吹き出した私に罪はないと思う。



「バレンタイン前に、私のお勤め先で会ってるよね?」

 雅さんが、時間や場所まであげて再確認してきた。

 蔵人くんはちらりと私の方を確認し、何か言い出そうとするも、口を閉じて複雑な表情で押し黙っている。


 雅さんのお勤め先とは、女性向けの雑貨などを扱うとあるブランドのショップである。私自身も、ここのブランドのファンでもあるのでタオルや鞄など購入させていただいてたりする。


「あ。分かった」

 未だに解けてなかった謎のひとつの解答に思い当たる。

 どこの情報筋から頂いたのか分からなかった、例のバレンタインのチョコレート情報。

「雅さん、名前も知らない男子高校生に義妹の大好物をばらしたでしょう?」

「え~、そんな大事じゃないでしょう? 珍しくうちのお店に男の子が一人で来たから、ちょっと雑談しただけだもん」

「雑談?」

「明子ちゃんの学校の子って制服見て分かったから、思わず声かけちゃったのよね。あの時期は、店に大きく冬季限定チョコ予約中のポスター貼っていたから、うちの義妹もこのチョコが大好物なんだよって話をしただけ~」

 うん。情報漏えいの源は間違いなくこの人だ。


「先輩から頂いたハンカチのブランドが二枚とも同じだったので、そこのブランドが好きなのかと思って見に行ったんですよ」


 蔵人くんがテーブルに肘をつき、そっぽを向きながら口を開く。


「で、時期が時期だったのでチョコレートとかプレゼントとしてどうかなと悩んでいたら、店員の方に声をかけられたんです。……で、名札を見たら央守って書いてるし、僕の格好を見ながら義妹も同じ学校だとおっしゃってたので、きっと先輩の関係者だと思ったんですよ」 

 そして、雅さんの大好物発言。

 そりゃあ、そこでチョコレートを買うに至るだろう。私でも、そんなシーンに遭遇した場合は、迷わずその情報の恩恵を受けて購入する。


「そして、バレンタインの勝負に向けての特上の武器をゲットか」

 そんなことがあっただなんて、誰が予想しようか。

 情報源がどこかなのか、私に分からない筈だ。蔵人くんと雅さんが顔を合わしたことがあるなんて、誰が想像できますかい。


「動揺した先輩の顔が見れて、大満足の結果でしたけどね」


 開き直って、そんなことを言ってくる蔵人くんに思わず笑ってしまう。

「大満足だったんだ?」

「色々と。まさか、こんな風にバレるだなんて、予想外でしたけど」

 そこだけはご不満らしく、蔵人くんはそっぽを向いたままである。



 そんな私たちのやり取りを、「青春ね~」と雅さんはにこやかに眺めていた。






兄貴登場ならず。

次回は、大型犬の出番かな?

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