春の後日談~ふいたのは日本茶で、詰まらせたのはミートパイ~
入学式が終わり、新入生たちも少しずつ新しい生活に慣れだした四月中ば。
「央守さん、何か私にいうことあるわよね?」
新年度初の何でも屋の定例会が終わった後、リーダーに名指しで呼び止められた。
「用事があるのは、央守さんにだけだから他は席を外してもらって構わないわ」
意訳すると、さっさと出ていけというお言葉に、私以外の面子は早々に退出していく。しかも、私の方に「お前、今度は何をやらかしやがった?」という眼差しを向けて。
えぇ、私も当事者でなければ指差して笑ってますよ。
「さあ。これで二人きりになれたわね」
我らがリーダー様は、私に満面の笑顔を向けてきた。
……笑顔が大変、恐ろしいのですが。
美人さんの笑顔は、時として凶器となるという噂は真であったか。
「えーと、愛の告白でもすればよろしいのでしょうか?」
蔵人くんほどではないが、自分、リーダのことも大好きなんで語れというのなら、臆面もなく熱く貴女への愛を語れる自信があります。
「央守さん?」
少しでも場の空気を温めようと、検討違いな発言をしたら睨み付けられるし。
いや、なんのことかは分かってるんですよ?
ただね、言わなくても大丈夫かなと、たかをくくってました。
さすが、リーダー。勘づくの早いなー。
先日の生徒会室でのやり取りと、ここ数日の蔵人くんの動きを見て、私の情報漏洩に気づいたか。
バレてしまったものは仕方がない。
「事後報告になりますが、今期生徒会役員の木屋蔵人に、私の所有する校内図面の情報を与えました」
姿勢を正し、正面に座る今期何でも屋の代表者へ、遅ればせながら報告を行う。
「以前も注意したわよね? 事後報告は極力やめろと」
「…………すみません」
一応、形だけ謝っておく。
たいして反省していない姿に、ため息をつきながら説教は続く。
「するなとは、いわないわ。あなたにとって、木屋くんは特別かわいい後輩だもの。助けてあげたい気持ちは十分理解できるわ。ただ、何も相談してくれないと何か突っ込まれた時に巧く庇えないでしょう?」
手に持っていた書類を丸めて、ぽすっと頭を叩かれる。
「私は副生徒会長という役割で生徒会の一員でもあるけども、それ以前に、何でも屋の代表者でもあるのよ。優先順位としては、こちらの方をとる身分なの。会長とはプライベートで付き合ってるから説得力に欠けるかもしれないけど、あなたの味方よ。相談くらいしてほしかったわ」
「本当に、生徒会長より私を優先してくれます?」
はたかれた頭を軽くおさえながら、リーダーに再確認する。
だって、このお方はクールぶってますけど、なんだかんだと会長とラブラブなんですよ?
バレンタインには手作りチョコを用意するくらいに。
「あら、信用できないかしら。今回の徳井かさねの件に関しては、こちらとあちらの思惑が重なった結果よ。もしも、生徒会から何でも屋に喧嘩を売られるようなことがあった場合は、」
リーダーは、静かに笑みを深くする。
「……真正面からつぶしてやるわ」
売られた喧嘩は買うのが基本なのと、かわいくいわれても、私はぷるぷると震えるしかなかった。
気を付けよう。
本当に、気を付けよう。この人も敵に回したら厄介な人だ。
「そうね。特別に会長への攻撃のネタをひとつ教えてあげる」
「えっ!? 本当ですか?」
おいでおいでと呼ばれて、耳元で囁かれた極秘情報は確かに素敵な内容だった。
「……あざっず。お礼に私も情報提供させていただきます。徳井かさねの情報でいいですか?」
短い付き合いだけど、さぞ恨みがおありでしょうから。
かさねくんが押し黙るようなネタのひとつを貢がせていただきますぜ。
「いえ。できれば、木屋くんの情報をちょうだい」
おや。
大型犬ではなく、仔猫の情報をご所望ですか。
まあ、そちらの方が好みというのなら、囁きましょう。ごにょごにょと蔵人くん情報を提供する。
「かさねくんでなく、蔵人くんの情報って。……何か、企んでらっしゃる?」
ちょっと気になったので、確認してみる。
「ひ、み、つ」
ぱちんと、片目を閉じてウインクする姿は最高にかわいいが、私は騙されないぞ!
この人、かわいいのは本当に見た目だけなんだからね!!
お互いに美味しい情報を得て、満足げに笑みを交わす。
うん。なかなかに有意義な時間でした。
最初にリーダーに居残り発言された時は、冷や汗ものだったのだけど。
「……そういえば、リーダーって、なんだかんだで生徒会長に結構な量の情報流してますよね。あれって実際のところ、大丈夫なんですか?」
かたや生徒会長。かたや副会長兼何でも屋のリーダー。そして恋人同士でもある。
お互いがそれぞれの貴重な持ち札を開示し合って、すっごく強力な共同戦線が張られているのが、今期の生徒会と何でも屋である。
当初は先生方もあまりよろしく思ってなかったが、協力体制が強固になってからの華々しい実績の数々に、現在では生徒会と何でも屋間の情報共有は黙認されている。
「あらあら。央守さん、私に喧嘩を売りたいのかしら? いくらでお買い上げすればいいかしらね」
うふふっと笑ってはいるが、目がまったく笑ってない!
やばい、このネタは駄目でしたか。
でも、さっき私を似たような件で嗜めてたのあなた様ですよね!?
「ちょっと、きいてみたかっただけですってば! 謝るから、その怒りをお鎮めくださいませ!!」
自分のことは華麗に棚上げして、怒りを向けてくるのってどうなんですか!
何でも屋の他の奴らも知ってますよ?
あなた方が情報交換を頻繁にしてるって。本当に大事なところは譲ってないのも知ってますけど、気になってたからきいただけなのにーっ!
「そうね、うっかり私の触れてほしくないところに手を出したことは水に流してあげるから、その代わりに私のお願いきいてくれる?」
「え?」
数日後。
放課後の学生食堂にて、ちょうど探していた人物の姿があったので声をかける。
「蔵人くん、ちょっといいかな?」
「どうしましたか?」
と、近寄ってきた蔵人くんが、テーブルにいる面子を確認して、うっと小さくうめいたのが聞こえた。
うん。その気持ちは大変よく分かる。
「……これ、なんの集まりですか」
窓際の一角に座るのは、私、生徒会長、副生徒会長という見る人が見れば納得するが、そうでない一般生徒にとってはよく分からない組み合わせである。
一応、副会長とは同じクラスというくくりではあるのだけど。
「副会長とお互い時間もあるし、お茶でもしようかと学食に来たら、なぜか生徒会長まで同席してきて、現在私にも説明つかない状況」
「そこに僕が加わったら、さらにカオスな状態になりますけど、本当にいいんですか」
逃げてもいいかと、蔵人くんが目線できいてくるが、答えはノーです。
「大丈夫大丈夫。副会長が君に直接確認したいことがあるって言い出したところに、いいタイミングで君が通りがかったから声をかけたわけ」
あまりのグッドタイミングに副会長の引きの強さをみたよ。
巧いこといって、とある話題から彼女の興味を逸らそうとしていたのに。
「副生徒会長が? 生徒会室でも会えるのに、どうされましたか?」
蔵人くんが副生徒会長に視線を向ける。
「個人的な用事だから、生徒会室では話しづらくて、どうしようかと思ってたのよ。わざわざ呼び出すのも悪いと思って……」
副会長は頬に手を当てて、首をかしげる。
この人本当に見た目だけは美人なんだよね。
そんなポーズも絵になるわー。
どうしようかなんて、本当のところたいして困ってないくせに。
「……個人的な、用事ですか」
蔵人くんは何かめんどくさそうなものを察したのか、顔を少し顰める。
うんうん。だいぶ、危機管理能力が上がってきたな。でもそこ、表情に出すのは減点です。
「そう。央守さんには許可をもらってるから、あなたにも確認をしたくて」
やっぱりあの件か。
蔵人くんになんて切り出そうか悩んでいたから、ご本人から話していただけるのら、話が早くて助かる。
「今度の休日、私とデートしてくれない?」
ぶはっと、副会長の横で生徒会長が飲んでいた日本茶を吹き出した。
そのナナメ向かいに座ってる私も、機嫌よく食べていたミートパイをぐふっと喉に詰まらせる。
「デデデデデデデデデデデートッ!?」
「あら、ダメかしら?」
横で盛大にむせ返り、会話に参戦できない私と会長を軽く無視して、副会長は話を進める。
「以前から興味があったのだけど、誘うにしてもいい人がいなくて」
「は、はあ?」
やばい、変なとことに入って、かなり苦しい。
水を飲めば解決するのか、この状態は。
「やっぱり、年上なのって気が引けるわよね」
副会長は少し、表情を曇らす。
「いや、その、年とかの関係ではなくてですね。問題はもっと、」
「なら、了承してくれるのね? 嬉しいわ、ずっと憧れてたのよ」
副会長が、珍しく年相応に素直に喜んでいる。
おう、レアなお顔ゲットだぜ。
「木屋と、デートだって?」
むせていたのがようやく収まったのか、会長がどす黒いオーラをまき散らしながら会話に参戦してくる。
私の方もなんとか収まったので、この場を収拾させるために、参加する。
「副会長、ことばが足りなさすぎですって! ちゃんと説明してください。でないと、そこの会長様にうちの子が殺されてしまいますから!!」
蔵人くんは、会長の怒りのオーラの凄さににぷるぷると怯えている。
「会長、落ち着いてください。こんなに堂々とした浮気ないですから!」
副会長が、うふふーとにこやかにほほ笑んでいる。
わざとか、わざとこんな公共の場で、誤解を招くように浮気っぽく誘いやがったのか!
この前、副会長に喧嘩売ったお返しがこれですか?! 私を通り越して、蔵人くんを巻き込むとか私の弱点よく御存じですね!!
マジですんません!!
もう二度と喧嘩を売ったりしませんからっ!
っていうか、水に流すっていってたのに、嘘つきぃ!!!!
「会長。副会長はですね、私と蔵人くん、そして会長と副会長で一緒にお出かけしたいそうなんです」
「……四人で?」
「はい。えーと、アレな言い方すると、ダブルデートみたいな?」
蔵人くんがこっそり目線で、勘弁してくださいとSOSのサインを出しているが、ごめん、無理。
すでにこれは決定事項だ。
いつ、という時間を延ばすしかない逃げれない案件である。
「木屋と、央守くんの二人と一緒に?」
「ダメかしら? 前から興味があったのだけど、私たちと付き合ってくれる子ってなかなかいないでしょう」
そりゃ、あなた方みたいな面倒なカップルと一緒にお出かけしようなんて、普通思いませんから。
副会長が、ようやくご自身の彼氏さんへとお伺いをする。
「木屋くんと央守さんとなら、楽しいかなって思うんだけど?」
「君がしてみたいのなら、別にいいよ。……ふーん、ダブルデートか」
会長が、ちらりと私と蔵人くんに目線を向ける。
「それは、楽しそうだね」
ひいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃっ。
なに、その不敵な笑い。
ダブルデートって、もっと、こう、きゃっきゃっうふふっていった感じの青春炸裂で素敵なもんですよね?
なんでこんなに背筋が凍る思いをしなくてはならないのか。
「じゃあ、今度の週末なんてどうだろう」
「いいんじゃないかしら。楽しみにしとくわね」
学校で一番、権力をお持ちなカップルに絶対に拒否できないお誘いをされて、私は泣きたくなった。
準備期間が一週間とか短くないですか?
できればもう少し時間的に余裕が欲しいんですが。
あ。蔵人くんが横で茫然としてる。
……本当に、ごめん。
そして、二人でマジで頑張ろう。
次回はどきどきのダブルデート☆