【41】下宿屋のおばちゃん⑦/⑭
襖をスーッと開けて中に入る。
電気は消してあるけど、カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。
義雄さんは、布団の中で横になってこちらを見ている。
「……どないしたんや」
「あ……うん、ちょっとな……ちょっと、話さへん?」
「……ええで」
義雄さんが身体を起こす。うちはおずおずと布団の横まで行き、正座する。
「……」
「……」
ど、どないしよ。ほら、別に……話すことなんて、あらへん
「あ……えっと、な? えーっと……義雄さんは、なんや言い忘れたことは、あらへん?」
「……特に、ないな」
「そ、そやろ? うちもな、特に……」
えー! もう、どないしよ!
あ……そうや……
「義雄さん! ちょ、ちょっと待っててな?」
うちは自分の部屋に行き、すぐに戻る
「こ、これな? 明日の朝、渡そうと思ったんやけどな?」
作っていたお守りを渡す。
「ああ……おおきに」
義雄さんは受け取り、お守りをグッグッと触って首をかしげる
「あ、中な? ふふ、うちの宝物入れといたわ」
「……宝物? 見てもええか」
「あ、あ、そんな大したもんちゃうで? なにしろ宝石類は供出してしもたからなぁ」
義雄さんが巾着になっているお守りを開けて中身を手のひらにコロッと出す
「……これは」
「へへっ。覚えとる?」
「……こんなもんが、宝物?」
「こんなもんて……酷いわぁ。うちにとっては宝物や」
「……こんな……どこにでもある……」
義雄さんはそれを握り締めて俯き、目頭に当てる
「……うちが、綺麗やな、て言っただけやのに、義雄さんがわざわざ拾いなおしてゴシゴシってやってくれてな、うちに渡してくれたんや。この世にひとつやで」
義雄さんは、黙ったまま、動かない
「うちのお守り、効くで〜。あっという間に日本が勝って、義雄さんもすぐに帰ってこれるでな」
「……そうか……そうやな」
義雄さん……なんで動かへんの?
「義雄さん……」
「義雄さん……うち、うちな?」
「義雄さんの、お嫁さんになりたい」
義雄さんは、フッと目頭から拳を外し、小石をお守り袋に戻しながら言った
「何言うてんねん。わしら結婚しとるやないか」
「……そんな意味とちゃう」
「アホ言うとらんと、早よ寝」
「なんでや、義雄さん! ……義雄さんは、うちのこと、好きとちゃうの?」
「子供みたいなこと言いな」
「うちが子供やから!? そやから一緒に寝てくれへんの!?」
「……」
「それとも……やっぱりあれなん? 高木家からの申し出やから、断れんかったん!?」
「……」
「義雄さんが望まへんのやったら、うち、結婚せん言うたやん!」
「……」
「……お願いや、義雄さん。なんか言うて」
「……」
「うちは……義雄さんのこと、好きやで……」
「……」
……話さんければ良かった
部屋に戻ろうと、膝を立てた瞬間、義雄さんがうちを抱き寄せた
「……義雄さん?」
「……」
なんなん? なんで何も言わへんの
「……何も話さんかったらわからへん、て前に義雄さん言うたやん」
「……」
義雄さんは黙ってただ抱きしめている。……あぁ気持ちええ
「……たら」
「え?」
「もし、帰ってこれたら、そん時は……」
「……帰ってくるわ。何言うてんの」
「……そやな」
顔を上げて義雄さんを見る
……なんで、そんな顔してるん?
苦しそうな、泣きそうな……そんな顔、せんといて
うちは、義雄さんの頭を撫でる
「大丈夫や。義雄さんは帰ってくるで」
「そやな……」
ああ、愛おしい……
「……義雄さん。お嫁さんになるんは我慢するから、今日は一緒に寝ぇへん?」
すると義雄さんは急に身体を離して
「勘弁してくれ」
と言った
「なんでなん! やっぱり、うちのことなんか好きやないんや! ただ、一緒に寝るだけやん! そんなに嫌なん! なんでダメなん!」
「好きな女と一緒に寝て! なんもせん自信ないわ!」
……
……え?
義雄さんは、頭を抱えている
え、え?
「もう一回……もう一回言って」
「あぁ、絶対言う思たわ。言わへんで」
「なんでー!」
義雄さんは、困ったような、恥ずかしそうな、初めて見る表情で、うちの頭を優しく、ぽんぽんとした
「千代子」
「……はい」
「……わしは……」
……なに? なんでそんな……笑ってるのに、悲しそうな……
「……約束してくれ。必ず、生き延びるんや。そして……幸せになるんや」
「……義雄さんも、一緒やで?」
「……ああ、そやな」
義雄さんは立ち上がり、うちの手を取って部屋まで連れて行き、黙ってまた、ぎゅうっと抱きしめた。
気持ちええ……
義雄さんは「おやすみ」と言い、自分の部屋へ戻っていった。




