【1】写真を見てただけなのに
【内弁慶の主人公、美羽は心の声だけは立派です。優柔不断でオロオロしていたり、自覚なしに我儘で甘えん坊。だけど少しずつ成長していきますので、温かい目でお付き合いください】
※第一話は拡大版です
「美羽ー! 早よ起きなさーい!」
……ん〜
「美羽! もう早よ朝ごはん食べてや、片付かへんわ!」
ん〜……ハイハイ、朝からそんな大声出さないでよ
体を起こして、シンプルな水色のカーテンをジャッと開ける。いい天気だ。
ゴソゴソとベッドから降りてリビングに行く。
「おはよぉ……あれ? お父さんは?」
「おはよう! お父さんは、お得意さんのところに顔出すとかで早めの出社なんやて」
フーン
「お兄ちゃんはちゃんと朝ごはん食べてるやろか……」
ブツブツと言いながらお味噌汁とご飯をよそってくれる。
「もーまたー? 大人なんやからちゃんとやってるって」
2年前に就職で東京へ出たお兄ちゃんのことを毎日心配してる。
私は社会人4年目の実家暮らし。別にやりたいこともないから大学も行かなかった。
たまたま近所にある会社が事務の募集してたからなんとなくそこに就職した。
週休2日だし残業も少ない。お給料は高くないけど私はお兄ちゃんと違って奨学金の返済もないから、家にお金を入れてもやっていける。
「美羽! ご飯のときはスマホは触らない!」
あ、また無意識で触ってた。画面を消して横に置く。
お母さんはパタパタと片付けや身支度をしながら1人でずっと喋ってる。適当に相槌を打ちながら朝ごはんを食べる。
「美羽! スマホ!」
……あ、また無意識。
「は〜い」残りのご飯を食べてささっとリビングを出る。
すっぴん風メイクをして髪を梳かす。うふふ、この前、髪質改善したから黒髪がツヤツヤのピカピカだ。アイロンで前髪を通して……よし。最後に鏡の前で髪を揺らしてみる。サラサラ! 気分上がる!
パンツスタイルにシンプルな白いシャツ。仕事のときは基本的にスカートは履かない。
出社する準備を終えて、上着を羽織りながら玄関に向かってるとお母さんが追いかけてきた。
「明日はおばあちゃんの家で晩御飯やで。忘れてへんやろな」
ああそっか、誕生日だ
「何歳になるんだっけ? ……78?」
「そやで。明日はお母さんパート休みやから先におばあちゃんちで準備しとくわ」
「はいはーい。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
毎年、おばあちゃんの誕生日、11月10日にはお祝いに行っている。お母さんは三姉妹で、その中でおばあちゃんちの一番近くに住んでいる私たち家族は必ず行く。たまにお母さんのお姉ちゃんや妹がくることもある。
おばあちゃん、元気でよく喋るんだよなぁ。でも優しいから大好き。
マンションの駐輪場に停めている自転車に乗って会社へ向かう。自転車で10分かからない、でも雨の日は歩きになるから晴れの日は嬉しい。
朝はひんやりする。秋だなぁ
会社に着いてロッカールームでスマホチェック
LINEがきてる。
ああ、またか
半年前に別れた彼氏、拓海からだ。
なんとなく性格が合わずに私から別れを切り出した。
すんなり受け入れてくれたんだけど、たまにご飯に誘ってくる。断る理由もなく何度もご飯に行った。
お母さんに『今日は柚希とご飯行ってくるから晩御飯はいらないよ』とLINEを送る。
そして柚希にも『今日は柚希とご飯ってことにしてるから』と。
半年前に別れたことをお母さんにも話してるけど、そのあと何度かご飯行ってることは内緒だ。
柚希から『もー! また? いい加減会うのやめなって!』
ハイ、わかってます……わかってるんだけど……
ロッカーの鏡で前髪チェック。よし
デスクで仕事を始める。
しばらくすると電話が鳴った。取ろうとしたら誰かが取った。
「松本さーん! お家の方から電話やで!」
ん? お母さんかな?
「はーい」と言いながら受話器を上げた。
「はい? もしもし?」
「美羽! おばあちゃんが!」
心臓がドクンと鳴る
「え、なに」
「おばあちゃんが倒れたって! 病院! 病院!」
「ちょ、ちょ、落ち着いて! 病院? どこ?」
「○○病院! お母さん先に行くから! あんたも早く!」
プチッと切れた。
え、おばあちゃんが倒れた、え、どうしよう
え、おばあちゃんが倒れたくらいで会社出ていいのかな? 仕事が終わってから……? え、どうしよう
小さい会社だ、会話は周りに筒抜け。
「松本さん、病院って? ご家族に何かあったんか?」
「あ……あの……おばあ、祖母が倒れたらしくて……」
「! 早く! 早く行ってあげて! 誰か! タクシー拾ってあげて! あっ、タクシーで行ける距離?」
「あ、はい、あ、でも、自転車……」
「自転車は置いて! 急いで行かないと!」
周りの人たちのほうが慌てて動いてくれてる。大人ってすごい。
なんだか訳がわからないまま荷物を持ってタクシーに乗り込む。
……乗っている間おばあちゃんの顔が浮かぶ。
うちから徒歩で10分くらいの一軒家に住んでいる。古いけどいつも綺麗に掃除がしてある。
お母さんが心配して何度も一緒に住もう、と言ってたけど頑なに一人暮らしをしている。
とっても元気いっぱいで友達も多い。料理や編み物も得意で小さい頃はよく遊びに行って色んなことを教えてもらっていた。
ここ何年かは半年に一回くらいしか会ってなかったな……
倒れた、て……え、まさか死んじゃったりしないよね?
だってすごい元気で……明日は誕生日で……
10分もかからず病院に到着してスマホで支払いを済ませる。
自動ドアを通って受付に向かい、尋ねる
「あの、山本幸子の病室はどこですか?」
看護師の方がすぐそこだから、と案内してくれる。
「今、集中治療室にいらっしゃいます。お母さまも中にいらっしゃいますよ」
後ろをついて行き、中へ入るとお母さんの後ろ姿。その向こうにたくさんの管に繋がれ寝かされたおばあちゃんがいる。
「……お母さん」
お母さんが振り返り手招きする。
「声をかけてあげて」
近づくと弱々しく小さくなったように見えるおばあちゃんが寝ている。
「……おばあちゃん?」
自分の声をきっかけに涙がボロっと出た。
「おばあちゃん! 頑張って! 美羽だよ! おばあちゃん!」
どこを触ったらいいのかわからず肩のあたりに手を置く。するとおばあちゃんが薄くゆっくりと目を開けた。
「おばあちゃん!」
「……ああ、みう……みう、ほんま、おおきに、」
口元が少しだけにっこりとして、すぐ元に戻る。周りにいたお医者さんや看護師さんが何やら調べたり触ったりしている。お母さんが横で泣き出した。
「……10時13分、お亡くなりになりました」
お医者さんが静かに告げた。
すると静かに泣いていたお母さんが
「お母さん!」
と言っておばあちゃんに抱きついて泣いてる。
お母さん? ああそうか、お母さんにとっておばあちゃんはお母さんか、いつもおばあちゃんって言ってるから……でもそうか、お母さんのお母さんか……
そんなくだらないこと考えていた。実感が湧かない。
そこからは周りは慌ただしくなっていった。
お父さんは死に目には間に合わなかったけど、すぐに駆け付けてくれてお母さんと色々話してる。
私は何をしたらいいかわからず、ただボーッと座っていた。
「美羽、会社に電話して忌引き休暇を取ることを伝えなさい」
お父さんに言われ、ハッとして病院の外に出て電話をかける。
電話を終えて、あ、今日約束してたんだった、と思い出して拓海にLINEする『おばあちゃんが亡くなったから今日は行けなくなった』すぐ既読が付いた。
しばらく待ったけど、返事がない。
モヤモヤしながら柚希にもLINEを送ってからお母さんたちのところへ戻る。すると、お父さんとお母さんが、知らないおばさんと話してる。
私は少し離れたところで待っていた。
しばらくすると2人がおばさんにお礼を言ってこっちに向かってきた。
「誰?」
「おばあちゃんの友達でな、今日約束してて家に行ったら庭で倒れてたんやて。それで救急車を呼んで、お母さんにも連絡くれたんや」
なるほど
「美羽はどうする? みんなで残ってても何もすることないし……家に帰っててええで?」
うーん、確かに私が居たってなにもできないな
「じゃあ、帰っとく」
帰りはバスに揺られながら思い返す。
おばあちゃん、おおきに、て言ってた……私、何か感謝されるようなことしたっけ? あんまりよくわかってなかったのかな? 意識ってあったのかな?
そこからは家中バタバタで、お母さんの姉妹の家族たちが来たり、お兄ちゃんも東京から戻ってきた。お父さんの家族は九州でさすがに遠すぎるから、今日は来れなかったみたい。ほとんどお母さん側の親戚が一気におばあちゃんの家に集まった。
お母さんたちは、みんなのお茶を入れたり軽食を作ったりしてる。
私たちは写真と睨めっこだ。
「おばあちゃんの一番可愛い顔にしようね!」
遺影をどれにするかみんなで選ぶのだ。
そう言いながらも盛大に脱線する。
「えー! これお母さん? 若い!」
「ねね、このおじさん誰?」
「え! これおばあちゃん? 綺麗!」
「また旅行写真だよ! どんだけ行ってんだよ!」
「わ! これ! おじいちゃんじゃない?」
私はおじいちゃんとは会ったことがない。私が生まれる前の年にガンで亡くなったそうだ。
写真は亡くなる年のやつか
印象は……可もなく不可もなく、だ
強いて言うなら、優しそう、それだけ
みんなで集まるのは久しぶりで、つい騒いでしまう。
そんな中お茶を飲むふりしながらスマホチェック……
柚希から、大変だったね、とかお葬式の日時を教えてね、とかいう内容のLINEが入っていたから即レスした。
拓海からは……まだ何も返事がない。既読スルーかよ
ため息をついてお茶を飲む。
さて、写真を見よう
アルバムは大量にある。なんとなく仏壇に目が行く。
そういえば昔、私がまだ保育園の頃。
おばあちゃんが毎日お迎えに来てくれて、お母さんのパートが終わるまでおばあちゃんの家で遊んでた。
おばあちゃんの家は珍しい物がいっぱいで仏壇もその中のひとつだった。
チーン! として手を合わせる真似事をしたり引き出しを開けては中を探ったり……
そうそう、そのとき奥の方からくしゃくしゃのビニール袋が出てきたっけ。その中にはなんだか古臭い、よくわからない形の小さな編み物が出てきた。
なんだか下手くそで、少し汚れてるような変なモノを見つけて、「うぇーなにこれー。おばあちゃーん! ゴミが入ってるー!」て言ったんよね。
そしたらおばあちゃんは、優しく笑って
「それは靴下やで」
て。笑ってるのに、なぜか私には泣いてるように見えて居心地が悪くなったことを覚えてる
そのあとどうしたのか、なんでそんなものがあるのかを、聞いたかどうかは全く記憶にない
とにかくあのときのおばあちゃんの顔がいつまでも忘れられなかった
仏壇の前に座り、そんなことを考えていると、お母さんが話しかけてきた。
「その仏壇なぁ、おばあちゃんの両親のお位牌が祀ってあるやんか。うちらのご先祖さまやからな、うちらの誰かが引き継いでいかなあかんな」
そうなのか。あんまりよくわからない。
仏壇の引き出しを開けてみた。
くしゃくしゃのビニール袋は……ごそごそ
あった、まだあった。中身は記憶の通りだ。
小さな靴下。編み物はおばあちゃんに習ったからよくわかる。この靴下はとんでもなく下手くそだ。
そしてなぜか片っぽだけ。
結局これがなんなのか、なんで大事に取ってあるのか、今となっては何もわからない。
よくわからないからとりあえず戻しておこう。
アルバムを見てるみんなのところに戻る。
まだワイワイやってる。
思い出話は尽きないよね。
おばあちゃんは一人っ子らしく、本当の両親を亡くして叔母さんに育てられたらしい。
あまり昔の話をしてくれなかったみたいで、娘であるお母さんたち3人ともそれ以上はよくわからないらしい。
「育ての親のな、おばあちゃんの叔母さんが亡くなったときには、一緒にお葬式に連れて行ってくれたんやけどねぇ。親族の方とは軽く挨拶するだけで、すぐ帰っちゃったんや。誰が誰だかなーんにも説明なし!」
お母さんの妹が教えてくれた。
「あら? でもいとことは連絡取ってるって言うてなかった?」と、お母さんのお姉ちゃん。
「そういえば……あらぁ、じゃあその方にも連絡入れなあかんな。おばあちゃんのスマホに連絡先あるやろか……誰か名前わかる?」とお母さん。
大変そう。おばあちゃんってめっちゃ元気でめっちゃ喋る人やったけど、その辺のことになるとあんまり教えてくれへんかったんよなぁ
だけど写真を見る限りではとにかく友達が多かったみたいだ。
最近の写真も友達と4人で旅行に行ったやつ、白黒写真もたくさんの人たちがみんな笑顔で写ってる。
写真を貼り付けるタイプのアルバムには、集合写真に写ってる人たちの名前が写真の横に書いてある。
弘子、友子、勝、清、節子、和子、典子、豊、茂
なんか、女性は子がついてて男性は漢字一文字が多いな……昭和はみんなそうなのか?
そういえばおじいちゃんの名前も漢字一文字で実だな、ふふ
最近の写真は……
あー、少し人数が減ってるな。なかなか集まれなくなったのかなぁ
みんなでそんなことを話してると誰かが
「……みう?」
と言った。
呼ばれたと思って顔を上げるとお兄ちゃんが
「この写真、ほら、名前、端から2番目の所」
昭和っぽい色合いの古い写真を指さしながら私に見せてくれた。
当時書いたであろう文字は少し掠れていたけど昭和の名前の中に紛れてひらがなで「みう」と書いてあるように見える。
え? 昭和にそんな名前の人いたの?
どんな人かと写真のほうを見てみるけど、集合写真だからか顔がよくわからない。女性ってことはわかるけど……
「ちょっと貸して」
お兄ちゃんにその写真を外してもらって、よく見てみることにした。
手に取った瞬間、ぐにゃ、と視界が歪んだ。
ミーンミーンミーンミーン
蝉の声
暑い日差し
膝の辺りには砂の感触
「……え」
周りを見渡すとそこは公園。
え? え? ええええー!
見たことのない公園に座ってる……
な……に……? どういうこと?
おばあちゃんの家にいたよね? みんなは?
私、靴も履かずに公園に居る! どういうこと?
混乱してると後ろから女の人の声がした
「あんた……誰?」
始まりました! よろしくお願いします。
関西弁はコテコテにならないように気をつけています。
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